・新しい人生 - この仕事が終わったら俺―― -
「手が回っていない魔王軍に代わって、この元勇者の勇者屋キュルクレインが皆さんの問題を解決します!! 強いですよ、勇者様はっ、だって勇者様なんですからっ!!」
「ありがとう、魔王代理!! さて……今なら開店特別価格!! 銀貨1枚でドラゴンの討伐から犬探しまで、この元勇者キュルクレインがなんでもお受けしましょう!!」
「ええええーっっ、そんなお値段じゃ赤字になっちゃいますよ、勇者様ーっ!?」
あたしが驚くと広場の人たちが笑ってくれた。ううん、熱い視線で勇者様を見る人たちも確かにいた。
魔王城には困っている人たちが陳情に集まる場所だ。勇者の手も借りたいくらい困っている人が何人もいるはずだ。
というかこの話、よく考えてみたらすごく助かる!
あたしに回ってくる荒事を勇者様が受け持ってくれたら、あたしはお店に集中できる! この商売、絶対軌道に乗せなきゃ!
「本当に私たちを助けてくれるのか……?」
一人の魔人族の若者が屋台の前に立った。年齢は勇者様と同じくらいに見えた。
「ああ、聖剣を質に入れて手に入れたこの魔剣ダークブリンガーに誓って、俺は君たちコラプサー共同体の助けになると約束する!!」
えっと、コラプサー共同体って、なんだったっけ……。
「雰囲気がロベール様に少し似ている……。貴方は信用できそうだ」
「光栄だ。俺は彼を尊敬している。彼は俺に足りない物を沢山持っている」
水を差しそうな質問を喉の奥に飲み込んで勇者様の横顔をのぞいた。勇者様は裏切られたというのに、ロベールさんとの友情を忘れていなかった。
「実は……故郷が神出鬼没のモンスターに悩まされている。魔王軍がやってくるとなりを潜め、魔王軍が去ると途端に暴れ始める……。そんなイタチごっこがもう2年も続いている……」
勇者様はその怪物に心当たりがあるようだ。表情を厳しく引き締めて戦士の顔をした。
「もしかして人や家畜を丸飲みにするやつか? 何かがはいずった痕が見つかっていたりしないか?」
「な、なぜそれを知っている……!?」
「足跡はあるか? もし足跡が無いなら、俺の知っている怪物だ」
「おおっ、おおおぉっ、勇者様!! ぜひうちの里にきてくれっ、そいつだっ、そいつにずっと悩まされているんだ!!」
あたしは勇者様の知らない顔を見た。勇者様は社交界を離れればモンスター討伐のプロで凄腕のハンターだった。
「前払いで銀貨1枚だ」
「ああっ、とにかく里にきてくれ!! 里にきてくれたらみんなを説得してちゃんとした報酬を払うよ!!」
勇者様は銀貨1枚を受け取ると、見慣れない硬貨を不思議そうに見た後に、隣のあたしに振り返った。
「初仕事が見つかったのはいいのだけど、もう少し君と一緒に居たかったよ」
「勇者様がすごいからですよっ、あたし尊敬し直しましたっ!」
「君が今日まで築いてきた信用のおかげだと思うな。ああ、それより雑用を頼まれてくれないか?」
「ここのお片付けですねっ、任せて下さい!」
もう夕方だ。魔界の夜はサジタリウスの目のおかげで明るいとはいえ、寒くなる前に勇者様も動きたいだろう。
「チウル商会はこれをしまう倉庫も斡旋してくれてね、その倉庫というのが魔王城なんだ」
「わぁ、便利ですね! 牢屋のコボルトさんには、勇者様は出かけたって伝えておきますねっ!」
「ああ、帰ってきたらまたあの牢屋に戻りたい。あそこは暗くて、何もなくて、それが落ち着く。……それに話し相手になってくれる見張りもいる」
え、でも、コボルトさんはすごく迷惑そうにしてたような……。
「じゃ、あたしはしまっちゃいますね!」
「待ってくれ」
「はい、なんですかー? わ……っ」
屋台を引いてお城に戻ろうとすると、勇者様に両手で右手を握られた。
「月曜日が定休日というのは、本当か……?」
「うん、お休みだけど、この魔界では、月曜日のことを赤の日って言うんですよー」
「一緒にどこかへ遊びに行かないか? その赤の日までに帰ってくるから、君と出かけたい」
「それっ、いいですねっ、もちろん行きます!!」
勇者様が辺境の粉挽き小屋に乗り込んできた時のことを思い出した。あの時は楽しかった。白馬の後ろに乗せてもらって、色んなところに連れて行ってもらえた。
「あ、でも勇者様はまだこの辺りには詳しくないですよねっ、行き先はあたしが決めましょうかっ!?」
「い、いや……それでは男の立場が……」
「そんなの気にしなくていいですよっ、ユーパトリウムが古くさいんです!」
「く……っ、デートの誘いだと、思われていないのか……っ?」
勇者様が口をもごもごさせた。絶対楽しいお休みになるのに、何が不満なんだろう。
「では、また赤の日に……」
「うんっ、サンドイッチ作って待ってる! いってらっしゃい、キュルクレイン様!」
勇者を止めた勇者様の名前で呼ぶと、嬉しそうに彼は笑った。彼は依頼人と並んで、うちのパン屋のある大通りの方へと向かっていった。
「今の、デートの誘いだよな……?」
「おう、そうとしか見えなかったが……あっちはわかってねぇな?」
「罪作りな魔王様ね……」
「おい余計なこと言うなっ、勇者はロベール様の恋敵だぞ!」
あたしは勇者様の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。勇者様はやっぱりすごい人だと思った。
あたしはロベールさんの力を借りたのに、勇者様は裸一貫からたくましく立ち上がろうとしている。それってなんてすごい決意だろう。
「意外と脈ありか……?」
「ロベール様があんな男に負けるわけないだろ!」
「どうかしら……ロベール様もかなり鈍いお方よ」
赤の日が今から楽しみで楽しみでしょうがない。楽しい気持ちを胸いっぱいに抱えて、あたしは屋台をお城の倉庫に運んで、それから地下牢のコボルトさんに一声かけた。
「地下牢はアンタのホテルじゃないワンッ!!」
「あはは、キュルクレイン様がごめんなさい」
「アイツ、仕事中に話しかけてきて気が散るワン……。それで、アイツ、いつ帰ってくるワン……?」
「うん、赤の日までには帰ってくるって」
「短い平穏だワン……」
気のせいでなかったら、コボルトさんは言葉とは正反対に少し寂しそうだった。
今の勇者様は牢屋暮らしをしたがる変わり者だ。だけど立場に縛られていた昔よりずっと自由で、明るくて、あたしは今の開き直った勇者様の方が昔の彼より好きだった。
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