・新しい人生 - 勇者様の黒い剣 -
螺旋階段を上り切ると、勇者様の前にとある二人組が駆け寄ってきた。それは忘れもしない、うちの店の内装工事をしてくれたネコヒトとコボルトのお二人だった!
「お買い求めの品一式を手配したワフ!」
二人は勇者様にお辞儀をしてあたしの方に目を向けた。
「お久しぶりミャ、聖女様」
「久しぶりワン! 僕らが内装したお店が大繁盛してくれて鼻高々だワフ!」
「わぁぁーっ、久しぶりーっ!! すごくいいよーっ、あの内装ーっ!!」
いつかお礼を言いたかったから、この偶然の再会に感謝だった。
「あれ? でもお買い求めの品って……?」
「昨晩、彼らと知り合ってね、必要な物全てを用意してくれるというから、調達をお願いしたんだ」
そう勇者様が説明すると、ネコヒトさんが勇者様の胸にすり寄った。勇者様はそれにやさしく笑って、白いネコヒトさんの頭を撫でる。
う、羨ましい……。
あたしもあんなふうに……擦り寄られたい……!
「あれ? お二人はリフォーム屋さんじゃなかったんですか?」
「僕たちチウル商会は何でも屋さんだワン」
「ミャーたちが仕事を取ってきて、その仕事ができる仲間を仕事に誘うミャ。だからなんでもできるミャ」
「こっちだワン勇者様、必要な物は全部、お城の前の広場に用意しといたワフ」
白いネコヒトさんは勇者様がよっぽど気に入ったのか、歩き出しても隣から離れなかった。ネコヒトさんの喉がゴロゴロと鳴っていた。
「会長、カップルの間に無理矢理入り込むのはよくないワフよ?」
「ミャーン♪ だってこの人、撫でるのとっても上手だミャァ……♪」
カップル扱いされた驚きよりも、白いふわふわのネコヒトをかわいがる勇者様が羨ましすぎてそれどころじゃない。
「なんだワン、聖女様……?」
「ごめん、ちょっと触らせてっ!」
「ワフッ!? ワンはワンコじゃない――わふぅんっっ♪」
勇者様はネコヒトを。あたしはコボルトを。撫で撫でしながらお城を出た。
「わぅぅーん……もうお嫁にいけないワフ……」
「男が何言ってるミャ」
広場の一角に小さな屋台が建っていた。その隣にはペンキと無記の看板が置かれていて、もっとよく見ると紫色の鞘にしまわれた剣が屋台の中にしまわれていた。
勇者様はまっすぐに剣を取りに行って、鞘から剣を抜く。真っ黒な刀身に勇者様は満足したようにうなずいた。
「いいね、気に入った。さすがはロベールお墨付きのチウル商会だ」
その黒い刀身からは勇者様の決意を感じた。勇者様はユーパトリウムの男の子なら誰もが憧れる勇者の地位を捨てて、困っている人たちを助ける存在になろうとしている。
「コムギちゃん、早く看板を描いてほしいワフ」
「へ……っ?」
「ミャーのプロデュースミャ。次期魔王にして都一番の人気店のコムギさんが看板を描いてくれたら、軌道に乗ったも同然ミャ!」
「あの……聞いてないんですけど……?」
勇者様は剣を腰に吊すと、悪びれもせずに微笑む。
「頼むよ。君が看板を描いてくれたら、この先もくじけずにやっていけそうなんだ」
ネコヒトさんとコボルトさんに押されて看板の前に座ると、さあこれで描けと筆を握らされた。
「あの、お店の名前は……?」
「【勇者屋 棄てた聖剣】と描いてほしい。コムギ・ブランウィードのサインも添えて」
「簡単に言ってくれますねっ!?」
白地の看板に黒いペンキを滑らせて、言われた通りに【勇者屋 棄てた聖剣】と描いた。
「サインも大きめの字でお願いするミャ」
「自分の名前、描かなきゃダメ……? 下手くそなのに……」
「下手だからいいミャ」
「それ軽く酷いっ!」
看板の右下にコムギ・BWと記した。
「上出来ミャ! 後は任せてミャ!」
あたしの下手くそな字で描かれた野暮ったい看板が、凄腕リフォーム業者でもあるネコヒトさんによって華やかに飾り立てられていった。
あたしの署名の隣にはジャムパンとバゲットが描かれ、反対側には黒い剣を持つ勇者様が怪物と戦う絵が加えられた。
たった数分で色とりどりのペンキを使った華やかな看板が完成していた。
「では、毎度ありミャァ♪」
「今度飲みに行こうワン、勇者屋さん」
チウル商会の人たちはペンキと筆を回収して、明るく元気に大通りの方へと立ち去っていった。
「さて、まだ空も明るい。魔王代理の君がいるうちに商売を始めたいのだけど、付き合ってくれないかな?」
「え、今からですか!?」
「昼間は君も忙しいだろう? 大丈夫、君がいればすぐに顧客が見つかるよ」
「どういう根拠かわかんないですけど……はいっ、わかりましたっ! もっとお手伝いしますっ!」
そう答えると勇者様が屋台に立って深呼吸をした。お手伝いのあたしも屋台の隣に立った。そうするとなんか、一緒に商売をしているみたいで楽しい気持ちになった。
「俺の名はユーパトリウムの勇者キュルクレインッッ!! お前たち魔族を討つ者だっっ!!」
「ちょ、ちょおぉぉーっっ?!!」
だけどいきなり勇者様がおかしなことを言い出した!!
広場の人たちは驚き、偏見まみれのことを言う勇者様に敵意の目を送った。
「はははっ、すまない、今のは先日までの俺の中にあった言葉だ!! だが今の俺はここサジタリウス・ハレーにやってきて、自分たちこそ悪であることを悟った!!」
「まぎらわしいこと言わないで下さいよぉーっ!?」
勇者様がとんでもないことを言うから、広場の人々の目線はあたしたちに釘付けになった。彼らはあたしたちの頭上にかけられた看板にも目を送った。
そこにあるのは【勇者屋 棄てた聖剣】の文字と、黒い剣を握る勇者様だ。勇者様が国を棄てて魔界に亡命してきたことを、口で説明するよりもわかりやすく看板が示してくれた。
「今日から俺は魔界の人々の助けとなろう!! 困っていることがあったらなんだって言ってくれ!! 城の魔王軍のように無償でとはいかないが、ドラゴンの討伐から猫探しまで、どんな依頼にも全力を尽くすと約束しよう!!」
勇者様が宣言すればするほどに、隣にいるあたしに注目が集まった。みんなパン屋のコムギが今、魔王代理補佐としてサジタリウス=ハレーを任されていることを知っている。
「ええっと……皆さんっ!! あたしこのキュルクレイン様に何度も人生のピンチから救ってもらったんです!! いい人ですっ!! あたしの恩人です!! あとカッコイイです!!」
あたしが後押しすると風向きが少し変わった。遠巻きに様子を見るのではなく、興味を持って屋台に近付いきてくれる人が増えた。




