表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/76

・新しい人生 - 牢獄の勇者の場合 -

「やっときたワン!! 早くあの人をどうにかしてほしいワン!!」


 奥に進むとコボルト族の兵隊さんが駆けてきた。どうにかしてと言われても状況が飲み込めなかった。


「えっと、どういうこと……?」


「仕事の邪魔だワン! さっさとお引っ越しさせてほしいワン!」


 案内されると、牢屋の寝台に勇者様が寝そべっていた。勇者様はあたしに気付くと立ち上がって、牢屋越しに立った。


「やあ」


「あの……何をやってるんですか……?」


「見ての通り収監されている」


「嘘だワンッ!! この人昨日からここで寝泊まりして僕らの仕事の邪魔をしてるワンッ!!」


「と、言ってますけど……?」


 親分さん、勇者様のためにスペシャルスィートを用意したって言ってたはずだけど、ここがスペシャルスィート……?


「国に戻れないとはいえ俺はまだ勇者だ。それを自由に歩かせるわけにはいかないだろう」


「牢屋、なんか開いてますけど……?」


「何度もお願いしているのに閉じ込めてくれないんだ……」


 そこでアムリスちゃんの言葉を思い出した。アムリスちゃんは勇者様のことを『頑固を美徳とはき違えている』と辛辣なことを言っていたけど、この状況を見せられるとちょっと納得だった……。


「あのー……コボルトさんは迷惑だって言ってますけど……」


「そこは俺を牢屋に閉じ込めてくれたら解決する話だ」


「牢屋番の誇りにかけて断るワンッ!!」


 コボルトさんは断固拒否して地下牢の奥に行ってしまった。暗い地下牢で魔法のかがり火が勇者様の横顔を照らしていた。


「アムリス嬢の様子は?」


「治る病気だって……。心配ないって……」


「そうか……」


「うん……本当かわかんないけど、本人はそう言ってる……」


 深刻に受け止める勇者様の顔を見たら、あたしもすごく不安になってきた。


「一人の貴族として言う。彼女を赦してやってほしい。貴族の女性というのは、力のある家に嫁ぐのが役目なんだ。嫁ぎ先一つで人生が変わってしまうのが彼女たちなんだ」


「赦すよーっ! でも赦すって言っても本人が納得してくれないの……」


「はははっ、まるで今の俺のようだな」


「わかってるならコボルトさんに迷惑かけないであげて下さいよぉーっ!?」


「落ち着いて考えられる場所がほしかったんだ」


 落ち着いて考えられる場所が地下牢。人それぞれかもしれないけど、それはちょっとおかしいような……。


「昨晩からずっと考えていたのだが……」


 そこまで言って勇者様は言葉を詰まらせた。


「俺は勇者を辞めようと思う」


「ええっ、辞めちゃうんですか!?」


 それはちょっと困る。だって勇者様が勇者様を辞めちゃったら、これからはなんて呼べばいいのだろう。


「魔界で暮らすことにした以上、勇者を名乗るわけにはいかないだろう」


「えっっ!? それってここに残ってくれるってことですよねっ!?」


 話を最後まで聞いたわけでもないのに、もう嬉しくてあたしは舞い上がってしまった。


「せっかくこちら側にきたのに、君のパンを食べられない場所に行くわけがないだろう」


「嬉しいっ、すごく嬉しいですっ!!」


 いなくなられたら恩返しどころじゃない。これからは魔界暮らしの先輩として、勇者様の力になりたい。


「勇者を辞めてこちらに亡命するなんて絶対にないことだと思っていた。だけど君のおかげで、帰るに帰れない状況が出来上がった」


「あ……。あたしが勝手にビームを出したせいでごめんなさい……」


「いいんだ! 何度も言うがあれは痛快だった! おかげで俺は辞められたんだ!」


「へ、へへへ……」


 でも大丈夫かな、コルネル王子様……。

 一晩明けたら、なんかやっぱり悪いことをしたような気がしてきた……。


「昼間、城の図書館で学者をしている若者と話した」


「あ、出入り自由の牢屋ですもんねっ」


 出入り自由の牢屋暮らし。考えようによっては家賃もいらないしすごく優雅……?


「俺の信じていた勇者伝説は大嘘だったよ」


「え、そうなんですか?」


「先の大戦でユーパトリウムは魔王軍の侵攻を受け、その後奪われた東部の土地を勇者と共に奪還したと教わってきたが、それは大嘘だったんだ」


「あ、はい……?」


 突然難しい話が始まってあたしは首を傾げた。


「魔界に侵略したのはユーパトリウム側で、東部の土地は元々は魔界の民が暮らしていた土地だったそうだ。当時のことを知るご年輩の方はまだ恨みに思っている」


「あっ、それなら心当たりあります! そういえばヨブお爺ちゃん――今の魔王様がそんな理由ですごく怒っていたような……」


 勇者は正義の味方じゃなかった。悪い国と結託して侵略戦争を起こした側だった。だから勇者様は勇者様を辞める。勇者様はそんな感じの話をしてくれた。


「人間代表として、魔王ヨブ・アガートラムには謝罪しなければならないだろう……」


 あ、難しい話がまた始まっちゃいそう……!


「あ、あのっ、とにかくあたしは勇者様の移住に大賛成です!! でもこれからどうするつもりなんですかっ!?」


「ああ、まずは生計を立てないといけない」


「じゃあお城の兵隊さんになって下さい! そしたらご近所さんですよ!」


 そしたらロベールさんと勇者様の接点もできる。昔みたいに仲のいい二人に戻ってほしい。


「いや、商売を始めようと思う。名付けて勇者屋だ。陳情に集まる人々を見て思い付いた」


「勇者、屋……? あのー……勇者を辞めるのに、勇者を売るんですか……?」


「哲学的だな」


「言い出しっぺの勇者様が言わないで下さいよぉーっ!?」


 大きな声を上げると勇者様がまたおかしそうに笑った。


「広場に勇者屋の屋台を建てる。狙いは陳情にきた人たちだ。国に代わって俺がその人たちの問題を解決する」


「あっ、ああそういう……!」


 すごく素敵なお仕事だ。あたしは感動して勇者様に駆け寄った。


「わっっ?!」


 だけど思わぬことになった。鉄格子越しに勇者様に手を取られてしまった。勇者様の手はしなやかだけど手のひらに豆があってゴツゴツとしていた。


「あ、あの……急に、なんでしょうか……?」


「もしこれで生計を立てられたら、君に伝えたいことがある」


 すごく真剣な顔だった。真剣な勇者様があたしに顔を近付けてきて、こういうのがよくわからないあたしは大混乱した。


「は、はい……っ、待ってます……っ!」


 あれ? この返し方、変かな……?

 こういう時、どう答えるべきだったの……!?


「あっあっ、えっとっ、お金っ、お金貸しましょうかっ!?」


「ありがとう。しかし資金の問題はもう片付いているんだ」


「どうするつもり、なんですか……? 屋台にしたって、結構しますよ……?」


 誰かがお金を貸してくれたのだろうか。でも貸すと言ったってあたし以外の誰が……。


「聖剣を質に入れた」


「……へっっ?」


 確かそれは歴代の勇者から勇者へと託されてきた特別な剣だ。ピカピカでカッコイイすごく強そうな男の子たちの憧れだった。


「質屋は店に箔が付くと言って喜んで金を貸してくれたよ。いい剣だがもう戻ってこなくても別にいい。あれは非道な征服者が握っていた悪の剣だ」


「わ、わぁぁぁ……すごーい……」


 昔の勇者様はもっと立場とか役目とかに縛られていた。そんな彼がまるで別人のように爽やかに笑って『聖剣を質に入れた』と言うのだから心変わりに驚かされた。


 聖剣を質に入れちゃうなんてすごい思い切りだ。あたしは勇者様を尊敬の眼差しで見つめ返した。

 だけどそうしているとなんだか無性に恥ずかしくなって、視線を勇者様からそらしてしまっていた。


「て、手伝います……っ、勇者様への恩返しに、お手伝いがしたいです……っ」


「ありがとう。ではお言葉に甘えて……今から少しいいかな?」


「はいっ、思い立ったがラッキーデイって言いますもんねっ! なんでも言って下さいっ!」


 勇者様はやる気だ。勇者様にパン屋の道へと導いてもらったあたしは、彼の転職のお手伝いをしないといけない。


「ただ隣にいてくれるだけでいいんだ。君はサジタリウス・ハレーの人たちにとても信頼されているようだからね」


 勇者様と並んで薄暗い螺旋階段を上がった。螺旋の外側を上る勇者様の足取りは軽くて、まるで少年のように元気で生き生きと弾んでいた。


 勇者様の新しい人生がこれから始まる。勇者を辞めると決めた彼の横顔は、ユーパトリウムで暮らしていた頃よりもずっと自然体で魅力的に見えた。


もしよろしければ、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ