・新しい人生 - アムリスちゃんの場合 -
魔王病が悪化してしまったのだろうか。午後になってもアムリスちゃんはうちの店を訪ねてきてくれなかった。
お医者さんは『症例が少ないのでわからない』と言うばかりで、具体的なアムリスちゃんの状態を教えてくれない。心配を胸にパンを捏ねていたら、パンじゃなくてレモンちゃんを捏ねていた。
「ぷりゅぅぅ……っっ(> <)」
「あ、ごめん……」
「ぷりゅ……?(・ ・)」
「あのね、妹がなかなかきてくれないから、色々考えちゃって……」
レモンちゃんを胸に抱いて、撫で撫でしてあげていたわった。働いて暖まった身体にはひんやりしたレモンちゃんが気持ちよかった。
「わたくしならずっとここにおりますけど?」
「わぁっっ?!」
ところが背後からアムリスちゃんの声がした!
「ア、アムリスちゃんっ、いたのっ!?」
「あのコウモリの翼のある方に、姿を見えにくくする魔法をかけていただきましたの」
「ええええーーっっ、なんでそういうことするのーっ!?」
「お邪魔をしたくなかったから……」
仕事をしながら独り言を漏らしていたところを見られてしまった姉の気持ちにもなってほしい。
あたしは打ち粉の残った手をエプロンで払って、大歓迎の笑顔を妹に送った。
「とにかくいらっしゃい! ずぅぅーーっと待ってたよ!」
「ええ、そう独り言をおっしゃっておりましたの……」
「声をかけてほしかったよぉーっ、そこはーっ!」
アムリスちゃんは元気そうだった。姿はやせ細ってしまったままだけど、荒れた肌が少し奇麗になったように見える。
「青林檎のジャムパン……」
「あ、取りおいてあるよっ! 一緒に――」
「もう食べました」
「えーーーーっっ?!!」
アムリスちゃんがきたら一緒におやつ休憩をするあたしの計画が……。
「ソフィー様がお茶を淹れて下さいまして」
「え、いつのまに……」
ならその時に一声かけてほしかった!
「純真無垢なソフィー様の笑顔を見ていると、突き付けられます……。わたくしはなんてかわいげのない女だったのだろう……と」
「えへへーっ、あたしが言うのもなんだけど、ソフィーちゃんはかわいげの塊だからね! あ、でも、最近のアムリスちゃんもなんだかかわいいよ!」
「お姉様ほどではございませんわ」
ちょっと子供扱いかなと言ってから後悔したら、やんわり言い返されてしまった。
「お姉様のパン、どれも美味しかった……。ガルムレック様が夢中になるのも無理もございませんの……。こんなのを毎日食べたら、太ってしまいそう……」
「あはは、いっぱい食べて元気になってね。あ、そうだっ、お医者さんの許しが下りたらうちで暮らすっ!?」
アムリスちゃんはあたしの誘いに驚いたように口を開けた。誘われるとは思っていなかったみたい。
「いえ、魔王城でお世話になりながら、お手伝いをして暮らすことにしましたの」
「気にしないでうちにきなよ!」
「お医者様はわたくしの病気を研究したいそうなのです」
「病気……」
今のアムリスちゃんはやせ細っている。はたから見ても健康にはとても見えない。すごく心配だった……。
「死ぬような病気ではございませんわ」
「本当に……?」
「魔王城にいればお世話になったガルムレック様のお力にもなれます。わたくしをかばった時の矢傷が思いの他に深かったそうで……お力になりたいのです……」
「なんだ、そうなんだ……」
魔王病って簡単には治らないのかな……。
だったら病気に詳しい人がいるお城にいてくれた方が安心なのかな……。
「あ、そういえばアムリスちゃんに聞きたいことがあるんだった!」
「わたくしに……?」
「勇者様っ、勇者様の様子はどうっ!?」
忘れていたわけではないけど、お店にきてくれないから気になっていた。
「ふふ……」
「ええーっ、なんでそこで笑うのーっ!?」
でもアムリスちゃんが笑ってくれるならなんでもいいっか。今は元気に笑っていてほしい。
「あの方なら城の者を困らせておりますの」
「え、勇者様が……?」
「殿方の中には頑固さを美徳と勘違いしている方がおりますけど、勇者キュルクレイン様はその典型ですのよ」
どういう意味だろう。あたしは勇者様やロベールさんの頑固さが好きだけど。
「ありがとうアムリスちゃん、仕事が終わったら様子を見に行ってみる……」
再会してから勇者様も様子がおかしかった。もしかしたらアムリスちゃんみたいにすごく悩んでるのかもしれない。
あたしがビームで王子様をやっつけちゃったから、勇者様は勇者様でいられなくなってしまった。
これから勇者様はどうするのだろう……。
「ごめんなさい、お手伝いをする体力はまだございませんの……」
「え、それって、いつか手伝ってくれるってこと!?」
「ええ、元気になったらお力になりたいですの……。ソフィー様に、アムリスお姉さまと呼んでいただけましたし……」
「そんなっ、ソフィーちゃんはあたしだけのソフィーちゃんなのに……っ!」
お姉さま扱いが二人に増えるなんて、ソフィーちゃんの特別なお姉さまじゃなくなってしまったような気持ちになった。
「では、わたくしはガルムレック様のお使いが残っておりますので、これにて……」
「そっかー。あ、親分さんによろしくねっ」
妹を守ってくれてありがとう!
そう伝言を頼もうかと思ったけど、それは自分の口で言わなきゃいけないことだった。
「ではお姉様、また後ほど……」
アムリスちゃんがパン工房から出て行くと、あたしも楽しい労働に戻った。心配事が片付いたわけではないけど、妹は昨日よりずっと元気そうだ。心配なんていらなかった。
・
午後3時頃、店の戸締まりをしてお城に向かった。待っていたのにきてくれなかった勇者様のために、リュックにおみやげのパンを入れて。
「次期魔王様っ、ようこそいらっしゃいましたっ!!」
「代理補佐ですってばーっ!」
エントランスホールにやってくると、レキちゃんを仲間にしたあの森の入り口で出会ったリビングアーマーの人が頭から手を生やして立っていた。
「似たようなものです。ロベール様が継承権を貴方に譲った以上、貴方様は次期魔王様なのです」
「えっえっえっ!? 聞いてないんですけどそんな話ーっっ!?」
「はっはっはっ、ロベール様はそういう方です」
リビングアーマーさんは頭をクルクル回しながら陽気に笑った。常に芸をしていなければ気が済まない不思議な情熱を感じた……。
「はぁぁ……。あ、それはそうと、勇者様がどこにいるか知っていますか……?」
「ああ、あの若者なら地下牢です」
「えっっ?!!」
「ご案内しましょうか?」
「お、お願いしますっ!」
昨晩牢屋に入りたがっていたけど、まさか本当に入っちゃうなんて……。
あたしは首を小脇に抱えたリビングアーマーさんの背中を追って地下へと下った。
暗くて、ジメジメとしていて、不気味な雰囲気の螺旋の下り階段を抜けると、その先にある地下牢はもっと不気味だった。
「クククッ、まんまと誘い出されたな、次期魔王……」
「えっ!?」
「なーんて冗談です、はっはっはっはっ!」
「脅かさないで下さいよぉーっ!?」
勇者は奥の牢屋にいると教えてくれると、リビングアーマーさんはあたしをおいて上に戻っていってしまった。




