・元婚約者を魔法で吹っ飛ばしたその後の事 - 姉と妹のやり直し -
「ね、見て、青林檎! これうちのお店でジャムパンにしている林檎なんだけどね、青いのに硬くなくて美味しいの! 一緒に食べよ!」
アムリスちゃんに食べさせようと思って青林檎を持ってきた。この青林檎はすごく不思議で、青いのにナイフで簡単に切れる。
「いい匂い……」
「でしょでしょ! 親分さんも好きなんだよ、これを使ったジャムパン!」
「ガルムレック様も……?」
「うんっ、都にいるときは毎日朝一で買いにきてくれるの」
やわらかさを知ってもらいたくて青林檎を手渡すと、アムリスちゃんは林檎を鼻先に近付けて胸いっぱいに匂いを嗅いだ。
「食べてみたいです……」
「うんっ、切ってあげる!」
もちろんまな板も持ってきた。ナイフを出して皮までやわらかい不思議な青林檎を八等分にした。
「ん~っっ、これいつものやつより甘~いっ! さ、アムリスちゃんもどうぞーっ!」
「ふふ……」
「えっ、突然何っ!?」
「先に食べてしまうところが、お姉様らしいですの……」
アムリスちゃんはおかしそうにあたしを笑って、貴族様なのに皮付きの青林檎を迷わず口にしてくれた。
「あ……すごいです……。甘くて、薫り高くて、赤い林檎よりやわらかいです……」
「でしょでしょ! 皮をむかないで出したら怒るかなって思ったけどねっ、いい匂いのする皮の部分を取っちゃったら台無しだと思ったの!」
わかってくれて嬉しかった。あたしだってそのまま食べられる青林檎に最初は驚いたから。
「これを使ったパンが……」
「うんっ、うちの看板商品だよ!」
「ガルムレック様が……お好き、なのですか……?」
「そうだよーっ。親分さんねっ、見た目は恐いけど甘い物が大好きなのっ。尻尾をるんるん揺らして食べてくれるんだよーっ」
アムリスちゃんは口を止めてしげしげと青林檎を眺めた。そんなにゆっくり食べられたら、あたしが次の一切れを取りにくいんだけどなぁ……。
「ガルムレック様は……普段は、この都で働いているのですか……?」
「え、親分さん……? う~ん、ちょっと前に国境にかり出されちゃったけど、普段はサジタリウス・ハレーにいると思うよ。ほぼ毎朝買いにきてくれるしっ!」
そう答えるとアムリスちゃんがどこか嬉しそうに微笑んだ。
「わたくし、あのような方は初めてです……」
「うんっ、あたしも! やさしくて面白くて頼りがいのある良い親分さんだよ!」
あたしがそう答えるとアムリスちゃんの表情が少し明るくなった。
「あの、お姉様……」
「うん、なーにアムリスちゃんっ!」
「ガルムレック様は他にどのようなパンを……?」
そうか、アムリスちゃんからすれば親分さんは命の恩人だ。矢傷を負わせちゃった負い目もある。どうにかして恩返しがしたいのだろう。
「親分さんは蜂蜜入りのスコーンも好きだよ」
「まあ……っ」
「焼き立てがすごくいい匂いなの! 冷めても美味しいけどっ、焼き立てをアムリスちゃんにも食べてもらいたい!」
「はい、必ず食べにいきます……。ところでガルムレック様は他にどのようなパンを……?」
よっぽど親分さんに感謝しているみたいだ。アムリスちゃんは少し真面目な顔をして、親分さんの好みをもっと知りたがった。
「甘くないパンだと、ブロッコリー入りのロールパンも気に入ってくれてたかな! なんかね、ブロッコリーって筋肉にいいんだって!」
となると、勇者様もうちのブロッコリーロールを喜んでくれるかな。
「とても参考になります……。他には……?」
「え、まだ知りたいの……? うーん、そうだなぁ……」
あたしが考える素振りを見せると、アムリスちゃんが期待の目であたしを見た。なんか今、あたしたち、普通の姉妹みたいだ……!
「あ、そうだっ、耳の後ろをかいてあげると喜ぶよーっ! 『キュゥゥーン♪』って悶絶した後にーっ、『ベタベタ触んじゃねぇ!』って怒られちゃうけど」
「それはお姉様が悪いです。ガルムレック様は犬ではありません」
とっておきの情報だったのに素っ気ない顔をされた。
「ええー、コボルトさんたちはみんな喜ぶのに……」
「とにかくダメです……。失礼がないよう、そういうことは、必要ならばわたくしがやりますので……っ」
「ええっ、でもぉー……」
「ガルムレック様だけはダメですっ!! ぁ……っっ」
アムリスちゃんは叫んでしまった自分自身に驚いた。それからやっぱりまだ精神的に参っているみたいで、弱々しく目線を落としてしまった。
「わかったよっ、親分さんの耳かきかきはもうしないからそんな顔しないでっ!」
「ごめんなさい……わたくしのような罪人が偉そうなことを……」
「そんなことないよーっ!? 何も言わずに相手を撫で回す人がいたらただの変態だもんっ、アムリスちゃんは間違ってないよーっ!」
でも『撫でていいですか』と聞いても、親分さんは絶対うなずいてくれないし、しょうがなかったんだよ……。
「ではガルムレック様のことはそういった取り決めにしていただくとして、お姉様……」
「う、うん……?」
アムリスちゃんはベッドで背筋を正して、また目線を落として掛け布団を握り締めた。
「わたくしは自分のことしか考えない……悪い人間でした……。あの夜会でお姉様の浮気をでっちあげたのは、父と王子様です……。わたくしも誘われ、口裏を合わせることになりました……」
アムリスちゃんが真実を明かしてくれた。罪悪感に消え入りそうな声で、自分のやったことを後悔してくれた。
「そんな顔することないよ! おかげであたしは勇者様とロベールさんと仲良くなれたんだから!」
「そう……お姉様はちっとも悔しがらなかった……。必死でお姉様より強い聖女の力を見せつけて、王子様を取り返したのに、お姉様は平気で王子との婚約関係を手放した……」
「ごめんね……。今思うと、すごく失礼だったかも……」
思えば貴族社会に反抗したい気持ちもあったのだと思う。見栄を張り合うばかりの貴族社会にあたしはうんざりしていた。
「いいえ、お姉様は素直に本心を伝えただけ……。闇ギルドにお姉様の誘拐を命じたわたくしほど、醜い者はございません……」
「いいよっ、おかげで今あたしはここにいるんだし!」
あのままだったらあたしは公爵様の手から逃げられなかった。別の誰かと政略結婚させられていた。最悪はロベールさんが危惧したように、あたしの強すぎる力は争いの原因になっていただろう。
「そんなっ、ダメです! わたくしは赦されてはいけない人間なのです!」
「へへーっ、でもあたしは赦しちゃうしーっ!」
そもそもあたしはアムリスちゃんを憎んだことなんて一度もない。必死でコルネル王子を振り向かせようとがんばっていた彼女を知っている。赦すも赦さないもなかった。
「そんなの困りますっ!! いっそっ、いっそわたくしに酷いことをして下さい、お姉様!」
「えええーーっっ、やだよそんなのーっ!?」
「わたくしをぶって下さい!!」
「やだやだやだっ、そういうのやだぁーっ!!」
「これからはいい子になりますからっ、お願いしますっ! 悪いわたくしに罰を下さい……!!」
ぶてと言われてもあたしには人のぶち方がわからない。
でもどうしてもぶってほしいと妹が言うので、あたしは見よう見まねで右手を構えた。アムリスちゃんは震えながら、右の頬をあたしに向けた。
「い、いい子になーれっ!!」
あたしはアムリスちゃんの白い頬を叩いた。加減がわからなくて思ったより強くぶってしまった。
「ぁぁ……ありがとうございます、お姉様……」
「ごめんね、こんな性格で……」
アムリスちゃんはその後もあたしに謝罪の言葉を続けた。彼女は王子様に捨てられたら人生が終わってしまうと本気で思っていた。
だから失った愛情を取り戻すためにあがいた。だけどあがけばあがくほどに、どんどんおかしくなっていった。状況も、彼女自身も。
なんと声をかけたらいいのかわからなかった。
「明日、お姉様のお店にうかがってもかまいませんか……?」
「え、きてくれるの!? あ、それは嬉しいけど、でも身体は……」
「お姉様が焼いた青林檎のジャムパンを食べてみたいのです。体調は……たぶん大丈夫です……」
「アムリスちゃん……」
やっと心を許してくれたことが嬉しかったのか、急に目頭が熱くなってしまった。
「必ずきてねっ! 無理ならお店が終わった後にお届けするから心配しないでね!」
「はい、必ず……!」
残りの林檎はアムリスちゃんに全部あげることにした。最初は半分食べるつもりだったけど、やっぱり全部食べてもらいたくなった。
あたしはお医者さんにアムリスちゃんのことを改めてお願いしてから、ソフィーちゃんたちが待つ自宅に帰った。
人生何が起きるかわからない。まさかアムリスちゃんがこんなに素直で守りたくなる妹に変わるなんて。
偶然と書いて奇跡と呼びたくなるくらい、その日は驚きだらけの日だった。




