・元婚約者を魔法で吹っ飛ばしたその後の事 - あたしがいなくても店は回る -
驚いたことにうちのパン屋は閉まっていなかった。棚に新しいパンが並び、レジにはネレイド族のデルフィちゃんと彼氏のロベルトくんが立っていた。
「お、お手伝い……させて、もらってます……」
「リスティスに頼まれたんだ。店長が帰ってこないからデフィーと手伝ってくれって」
熱々のカップルが貴重な時間を割いてお店を手伝ってくれていた。
「コムギさん、すごいです……大人、ですね……っ」
「ソイツ、噂の勇者か? すげぇな……捕まえたのか……」
違う、これはやらせだよ! と否定したかった。
「やっと戻ってきたっ! ほらこっちっ、お客の邪魔じゃん!」
「ほわぁーっ!? お姉様が危険な女王様みたいなことになってるのですぅー!?」
あたしがいないのにみんなが店を切り盛りしてくれていた。感動に目が熱くなった。妹が心配で弱っていた心が温かくなった。
「いい仲間を持ったようだね」
勇者様がやさしい声でそんなことを言うからさらに涙腺がゆるくなった。
「う、うん……っ、すごい、感動しちゃった……」
店に戻らなかったあたしにリスティスちゃんは文句なんて言わなかった。ソフィーちゃんと一緒に明るく迎えてくれた。
「初めまして、俺はキュルクレイン。君たちの宿敵ユーパトリウムで勇者をしていた者だ。今は捕虜をしている」
「キャハハッ、何この人おもろー♪」
「あ、愛のっ、捕虜なのですかっ!?」
意味がわからないよ、ソフィーちゃん……。
「ふーん……いいじゃん。ロベールよりは彼氏向きなんじゃなーい?」
「ちょぉぉーっっ?!」
空気を読まないリスティスちゃんの口をふさごうとすると、ひらりと翼を羽ばたかせて逃げられてしまった。
「コムギとロベールはまだ交際していないのか?」
「してないしー。片方は仕事バカ、もう片方も仕事バカ、これで男女関係が進展するわけないじゃん?」
「そうか……よかった……。貴重な情報をありがとう、店員さん」
「リスティス。こっちがソフィー。見たい夢があったら言いなよ、特別にいい夢見せたげるー」
リスティスちゃんがいい夢を見せてくれるなんてよっぽどだ。ところで『貴重な情報』って、どういう意味……?
「どうせお昼食べてないんでしょー?」
「お姉さまのパン、残してあるですよーっ」
「あ、本当っ? じゃあ……」
もうちょっとがんばったら閉店といった時間だったので、あたしはフライパンを使ってバゲットをフレンチトーストにすることにした。
「あのねっ、パン、昔より美味しく作れるようになったのっ!」
「ソフィーが最上階のお家にご案内するですよー。縄、ソフィーがひっぱってもいいですかー!?」
「もちろん、俺は魔王コムギに破れた捕虜だからね」
「もーっ、ソフィーちゃんが本気にしたらどうするんですかぁーっ!?」
案内をソフィーちゃんに任せて、あたしはフレンチトーストを輪切りにした。砂糖、バター、牛乳、卵を使った卵液にそれを浸して、フライパンで火にかければ甘く香ばしい香りが立ち込めた。
じっくり漬け込んだ方が美味しいけど、待たせるのもいけないしそこは妥協した。
「話に聞いてたよかいい男じゃん」
「うんっ、勇者様はいい人だよっ」
「で、妹とアンタを取っ替え引っ替えしてた王子をあのビームで吹っ飛ばしたんだってーっ!? ぷぷっ、うけるぅー♪ 絶対死んだでしょー、そいつ!」
「へへへ、やっつけちゃった!」
アムリスちゃんが魔王病になったのはあの人のせいだ。やっつけなきゃいけない人だった。
「じゃ、あたし行くね。今日はお店任せちゃってごめんね……」
「全然。うちのこと見直したでしょー?」
「うんっ、すごく感激した!」
フレンチトーストが完成したのでお皿に盛り付けて、あたしは勇者様が待つ3階に上がった。
「ほへ~~、お姉さまにもそんな頃があったですかー」
「ああ、今の彼女と比べると頼りないというか、手を差し伸べずにはいられない人だった」
「お姉さまはやさしいのですよー。みんなの願いを叶えて回る、本物の聖女さまなのです。あ……っ、お仕事に戻るですねっ!」
戻ってこないと思ったらソフィーちゃんはあたしをお茶請け話にして勇者様とお茶をしていた。バツが悪そうなソフィーちゃんと入れ替わりでフレンチトーストを配膳すると、勇者様の向かいのイスに腰掛けた。
「今日はありがとう勇者様! さあどうぞめしあがれーっ!」
「君のパンをもう一度食べられるなんて嬉しいな。結果論ではあるけど王子に刃を向けたかいがあったよ」
「あたしも勇者様とまた会えるなんて思いませんでした。ロベールさんが帰ってきたら喜びます! 友達を裏切ったこと、いつも後悔していたみたいですから……」
「うん、あれは人生最大の屈辱だったよ。お……っっ」
バゲットを使ったフレンチトーストはナイフやフォークがいらない。手づかみで口に運ぶだけでいい。勇者様がそれを口に運ぶと、感動の声が上がった。
「参ったな……」
「え、何がですか?」
「この味に慣れると他のパンが食べられない」
「えへへへへへ……そんな、言い過ぎですよー、えへへ……♪」
なんか嬉しい。すごい嬉しい。他の人に褒められるより嬉しい。
「ルベ――ロベールは食い意地が張っているからな。彼は友達を犠牲にしてでも、これを毎日食べられる生活を手に入れようとしたのかもしれない」
「そのロベールさんは今、魔王様と温泉旅行に行っちゃったんです! 連れてってくれなかったんですよーっ!」
「誘ったところで君は仕事を取っただろう?」
「そ――そんなことは、あるかもしれないですけど……っ、一応誘ってくれてもいいじゃないですかーっ!」
ロベールさんに裏切られたのに、勇者様はロベールさんの擁護をした。そういえばロベールさんが言っていた。勇者様は公平な人だって。
「あいつは不器用なんだ。それに回りくどくて、ストレートには本心を見せない」
「あ、わかります! 回りくどいです、すごく!」
見ると勇者様の皿がもう空っぽになっていた。あたしも負けずに美味しいフレンチトーストを楽しむことにした。
「アイツの話をもう少し聞きたいな。この店はいったいどういった経緯で?」
「それがですねーっ、勝手なんですよ、ロベールさんっ! いつもいつも肝心なところを一人で決めちゃう人なんです!!」
「今に始まったことじゃない。俺に相談もなしに店の予約をしたり、果てや君をさらったり、アイツはいつだって勝手だ」
「まったくですよーっ!」
勇者様との晩めのランチタイムは楽しかった。共通の友人ロベールさんの話題で盛り上がった。
でも外を見ればもう夕刻だ。じきに日が沈んで、第二の月[サジタリウスの目]が魔界を青く染めるだろう。
「そろそろ俺は城に帰るよ」
「えーっ、泊まっていかないんですかー!?」
「俺は勇者で新参者だ。魔界の人たちを安心させるためにも、今日はあるべき場所で休むことにするよ」
「じゃあ、あたしもアムリスちゃんが心配だから一緒に行きます」
勇者様と一緒にお城に戻った。すっごく嫌だけど手縄を引っ張って、またみんなの注目を浴びながらお城に連れ帰った。
アムリスちゃんの客室を訪ねると、ガルちゃん親分さんがベッドサイドにいて、元気になったのかアムリスちゃんがベッドから身を起こしていた。
「姉妹でつもる話もあるだろ、ご希望のスペシャルスイートにご案内するぜ、勇者様よ」
「助かるよ」
「クソ真面目なところがロベールにそっくりだ。ったくめんどくせぇ野郎どもだぜ」
勇者様はあたしに挨拶すると、すぐに親分さんと部屋を出て行ってしまった。少し素っ気ない気もしたけど、あたしも今は目の前の妹のことで頭がいっぱいだった。
「よかった、元気になったんだね」
だけどアムリスちゃんは上の空だった。昔の気むずかしいアムリスちゃんに戻ったらどうしようかと様子をうかがってしまった。
「お姉様、心配ばかりかけてごめんなさい。大丈夫、わたくしだいぶよくなりましたのよ」
「はぁぁ……っ、よかった、よかったぁぁ……っ」
あたしが手を取ってもアムリスちゃんは怒らなかった。別人のようなはかない微笑みをあたしに送ってくれた。アムリスちゃんと和解できる日がくるなんてなんだか夢のようだった。
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