・元婚約者を魔法で吹っ飛ばしたその後の事 - シチューヒキマワシ -
人生何が起きるかわからない。まさかパンを届けに辺境の森に行ったら、勇者様とアムリスちゃんとあの嫌~なコルネル王子と再会するなんて。
偶然と書いて奇跡と呼びたくなるくらい、昨日は驚きだらけの日だった。
まあコルネル王子を魔法のビームで吹っ飛ばしたのは偶然ではなくて、あれはあたしの意思で、今も後悔なんて感情何一つないのだけど。
リスティスちゃんにお人好しとか頭お花畑とか言われるあたしだけど、どうしてもあの人だけは許せなかった。暴力も悪くないかなって、聖女の力の暗黒面に染まりかけるほどに。
「えっと……ごめんっ、勇者様! せっかく会えたのにあたしっ、急いで親分さんとアムリスちゃんをお医者さんのところに――っ」
「俺のことは気にしなくていい、どっちにしろ国にはもう帰れない。おとなしく連行されることにするよ」
「えっ、本当っ!? やったぁっ!!」
あたしはあの後、勇者様とは後で落ち合うことにして、レキちゃんの翼に親分さんとアムリスちゃんを乗せた。親分さんがアムリスちゃんを胸に抱いて後ろに乗ると、あたしたちは天を翔る流星となってサジタリウス・ハレーに舞い戻った。
それからすぐにお城のお医者さんにアムリスちゃんを診せた。
「妹君がこうして魔界にやってこれたのは、幸運としか言いようがありませんな。これは[魔王病]と呼ばれる病でございます」
「えっ、病気……? アムリスちゃん……病気、なの……?」
「魔王ヨブ様も患ったことがある病でございます」
「で、でも……っ、なんでうちの妹が……っ」
お城のお医者さんはアムリスちゃんの病気を一目で見抜き、適切な処置をしてくれた。魔王病に詳しいお医者さんでなければ危なかったかもしれないと言われた。
「この娘は本人の限界を超える力を何度も使っていたようですな。聖女の奇跡の力に、術者本人の身体が耐えられなかったのでしょう」
アムリスちゃんとは色々あったけど、突然病気だなんて言われて泣きそうになった。
やっとあの悪い王子から妹を引き離せたのに、やっとやり直せそうなのに、病気だなんて……。
「そう暗い顔をしなさるな。この娘は昨日まで適切な治療を受けられなかった。だがこれからは受けられる。幸運と思いなされ」
アムリスちゃんはお城の客室に運ばれた。あたしは付きっきりでアムリスちゃんを見守った。
「お姉様……」
「あっ、アムリスちゃんっ!?」
一時間くらいするとアムリスちゃんが目を覚ました。
「わたくし……ずっと……ごめんなさい……」
「よかったっ、意識が戻って……っ」
「ごめんなさい……」
「いいのっ、いいから今はゆっくり休んで……! ア、アムリスちゃん……!?」
それから死んだようにやすらかにアムリスちゃんは目を閉じた。本当に死んでしまったのかと思って、その時は泣きべそをかきかけた。
お店のことが気になったけど戻れるわけもない。それから何時間もずっと寝顔を見守って、アムリスちゃんの意識が浅く戻るたびにお願いを聞いてあげた。
「魔王コムギ様!! 勇者キュルクレインを玉座の間に連行いたしました!!」
「へっ、連行っ!? ちょっ、だ、ダメだよそんなの……っ!」
勇者様が連行されてきたと聞いて、あたしはアムリスちゃんが眠る客室を飛び出した。全力疾走で廊下を駆けて玉座の間に飛び込むと、鎖でグルグルにされた勇者様が床にあぐらをかいていた。
「ちょっとぉぉーっっ、勇者様はあたしの大恩人でロベールさんの親友なんですけどぉーっっ!?」
あたしは勇者様の鎖に手をかけた。勇者様と目が合ってドキッとしたけど、今はそれより失礼なこの扱いをなんとかしなきゃいけなかった!
「いいんだ。鎖で身動き取れないようふんじばって欲しいと、俺がお願いしたんだ」
「ええええーっっ?!!」
「勇者が野放しだと魔界の人が不安になるだろう?」
「そ、そういうもの……?」
問いかけると勇者様は無言であたしのことを見つめた。いつまで待っても返事はなかった。すごく熱心な目であたしのことを見ていた。
もう二度と会えないと思っていたのは、あたしだけではなかったのかもしれない。
「本当に驚いたよ、空から君が降ってきたあの時、心臓が止まるかと思った」
「えへへへ……すごい偶然ですよねっ! あの時は勢いに任せて色々ごめんなさいっ!」
「ああ、あれは痛快な報復劇だった。ルベール――いや、ロベールにも聞かせてやりたいくらいだ」
晴れやかな笑顔で勇者様はロベールさんの名前を出した。二人がまた仲良く出来るか心配だったあたしには嬉しい言葉だった。
「ええっ、そこはほどほどにしてもらえると……。というか、大丈夫なのかな、王子様……」
「知ったことか、あんな男」
「えーっ、ええええーーっっ?!」
あっちで何があったのだろう。あたしの知っている勇者様とはどことなく雰囲気が違っていた。
といっても悪い変化には見えない。むしろ鎖で縛られているのにすごく爽やかな顔をしていて、見るからに元気そうに見えた。
てっきり親友に裏切られて、敗北して、深く落ち込んでいるとばかり思っていたのに。勇者様はまぶしそうに目を細めてあたしのことをまっすぐに見つめていた。
「あの、勇者様……さっき森で『もう戻れない』って言ってましたよね……?」
「ああ」
「それって、魔界に残ってくれるってことですか……?」
あたしの質問に彼は一変して難しい顔をした。
「正直、少し混乱しているんだ。突然君が現れて、王子を吹っ飛ばして、戻るに戻れなくなった」
「う……ごめんなさい……」
「いやそんなことはない! 本当に痛快だったっ、素晴らしかった! 君があの場で王子を倒さなかったら、その後どうなっていたかもわからないよ」
勇者様はあたしを明るく褒めると、遅れて苦い笑顔を浮かべた。彼が二度と国に戻れない状況を作ったのは、彼の目の前にいるあたしだった。
「本当にごめんなさい……」
「だったら俺をこの魔王城の牢獄に入れてくれ」
「……へっ?」
「まだ気持ちの整理が付かなくてね、混乱した頭を落ち着かせたい。だからそこの家臣に命じてくれ。『フハハ、愚かな勇者を牢獄に叩き込め!』……と」
「恩人を牢屋になんて入れられませんよぉーっっ?!」
あたしがそう答えると、すごく楽しそうに勇者様が笑った。やっぱり勇者様は雰囲気が変わったと思う。なんだか自由というか、立場を気にしなくなったような感じがした。
「やれやれ、めんどくせぇ兄ちゃんだ。だったら魔王様直々に、ソイツを市中引き回しの刑に処したらいい」
玉座の間に親分さんがフラッと現れた。肩に包帯を巻いていて痛ましい姿だった。
「あ、親分さんっ! 傷は大丈夫ですか……?」
「こんな矢傷どうってこたぁねぇよ。それよりソイツに手縄をかけて、お嬢ちゃんの店に連れてったらいい。妹のことは俺が見といてやるから行ってこい」
コボルトの親分さんは平気そうにしているけど包帯に血がにじんでいる。親分さんの負傷に部下のコボルトさんたちもそわそわと落ち着きがなかった。
「いい考えだ、連行してくれ」
「よしきたっ、鎖を解いてやれ舎弟ども!」
あたしはシチューヒキマワシをするなんて一言も言ってないのに、勇者様の鎖が解かれ、手縄が勇者様の手首を縛って、あたしの手に縄が運ばれた。
もしかしてこれって、犬の散歩みたいにあたしが勇者様が繋がれた縄を引っ張ってお店まで連れてゆくの……?
「うぅぅぅ~……勇者様はあたしの恩人なのに……」
「うん、なんだか楽しそうだ」
「勇者様まで何言ってるんですかぁーっ!?」
「ふ……っ、さあ行こう! 君とロベールが作ったパン屋へ!」
手縄で縛られているのに勇者様は生き生きしている。もしかしてこういうのが好きなのかなって疑ってしまうほどに、勇者様は楽しそうだった。
「うう~~……」
お店を見てもらいたいのは本当だ。あたし無しでお店がどうなっているか、急に心配になってきた。
すごい恥ずかしいけどあたしは手縄を引っ張った。
「見ろっ、勇者だ! コムギ様がユーパトリウムの王子を倒し、護衛の勇者を捕虜にしたそうだ!」
「おお……さすがは次期魔王様だ……」
「あの勇者、コムギ様に早くも服従しているようだぞ!」
「勇者が暴れないか心配だったけど、大丈夫そうね……」
まさに生き恥だったけど、親分さんと勇者様の狙い通りになっていた。サジタリウス・ハレーのみんなは勇者の連行を不安に思っていたみたいで、魔王代理補佐に恭順する勇者の姿に安心したようだった。
「そんなうやうやしい顔をしないで下さいよぉーっ!?」
「この顔は演技ではなく本心だ。森での一件はそれだけのものだった。君は一瞬にして妹を救い、ユーパトリウムに巣くう悪をほふったんだ」
城門を抜けて広場に出ると騒ぎが大きくなった。そこにお調子者の鳥人族やハーピー族、夢魔族が加わるとさらにすごいことになった。
さらに広場を抜けて大通りに出ると、さらに多くの人々の目に止まるようになって、あたしの尊厳は完全破壊された……。
お店が広場から5軒目の超一等地でよかった。あたしは勇者様を手縄で引っ張って、お店の中に駆け込んだ。




