・死病の風 結末編 あたしが魔王代理補佐になった訳
あたしは勇者様に一生懸命説明した。どうして代理補佐になってしまったのかを、その気はなかったんだけど上手く説明できなくて脱線多めに語りまくった。
とにかくそういうわけであたしは魔王代理補佐となった。宰相ロベールと魔王ヨブの不在の都を任された。
ここにきたのは配達。コボルトの親分さんに差し入れを至急届けることになったので、ドラゴンの背を借りて飛んできた。
「君が、魔王に……?」
大まかにこれまでの経緯を説明すると、勇者様はすごく動揺していた。
「いえ、魔王代理補佐です!」
「バ、バカな……」
何がそんなにショックなのか勇者様は後ずさり、綺麗なブロンドの髪をかきむしった。
「強引に代理にされちゃっただけなんです! 温泉旅行からロベールさんと魔王様が帰ってきたら、あたしはサジタリウス・ハレーのただのパン屋に戻るんです!」
そう説明したら勇者様が少し落ち着いた。勇者様ほどではないけど、妹のアムリスちゃんと、王子様もあたしが魔王の代理になったことに驚いていた。
「さぁてそりゃどうかなぁ、お嬢ちゃん。ロベールと魔王様は、アンタを次の魔王にするために動いているみたいだぜ?」
「ちょっ、余計なこと言わないで下さいよぉっ、親分さんっ!? あたしは魔王になるなんて言ってませんしっ!」
コボルトの親分さんが余計なことを言うから、また勇者様を悩ませてしまった。
勇者は魔王を倒して世界を平和にする存在とされている。つまりあたしと勇者様は、本当の魔王様が温泉旅行から帰ってくるまで、取りあえずの宿敵同士ということになる。
「クルゥゥゥーッッ!!」
ところがその時、レキちゃんが高い咆哮を上げた。
「ヤバッ、お嬢っ、屈めっっ!!」
立て続けに親分さんが叫ぶと、あたしは勇者様に正面から押し倒されていた。コボルトの親分さんは近くにいたアムリスちゃんに飛び付き、悲鳴を上げる彼女を屈ませた。
弓矢の十字砲火が頭の上を通り過ぎた。それは森の奥からの卑怯な不意打ちだった。
「痛ぇなっ!! 自分の女に当たったらどうる気だったんだよ、この外道王子がっっ!!」
親分さんの肩に矢が突き刺さって血が流れていた。アムリスちゃんはその血に口を大きく開けて驚いて、自分が敵――それもコボルトの姿をした怪物にかばわれたことにまた驚いていた。
「ありがとう親分さんっ、妹を助けてくれて! でもその肩……」
「へっ、胸くそ悪ぃのは嫌いでね。それに妹を撃たれて曇ったアンタの顔を、ロベールのやつに見せるわけにもいかねぇだろ」
その言葉がきっかけになったのか、勇者様が立ち上がってあたしの前に立った。そしてその剣をユーパトリウム王国の第二王子であるコルネルに向ける。
親分さんも同じようにアムリスちゃんを背中に守るように剣を王子に向けた。
「我を殺せば全世界を巻き込んだ大戦争になるぞ。それでもいいのか?」
「はっ、不意打ちをしかけておいて情けねぇ命乞いをするお坊ちゃんだ」
「黙れ魔物ごときが。……勇者よ、剣を向ける相手を間違えているぞ。勇者が倒すべきは魔王、お前の後ろにいる女ではないか」
情にほだされて代理補佐になってしまったばかりに、話がこじれにこじれてしまっていた。
親分さんはアムリスちゃんを背中でかばい、アムリスちゃんはうつろな目でコルネル王子を見つめている。
それを見ていたらあたしも守られてばかりじゃいられないと思った。昔のあたしは何もできなかったけど、今は違う。今こそ前に出て何かをやらなきゃいけなかった!
「何をやっているっ、後ろに下がってくれコムギ!」
「ごめんなさい、勇者様……。あたし、なんか、今無性に……イライラしてきたところなんですっ!!」
あたしは大股で王子の前に進み出た。王子は森の奥の弓兵に制止の合図を出して、あたしの接近を許した。
「どうした、王妃の座が恋しくなったか?」
「あのですね、王子様……」
「文化レベルの低い魔界での生活は苦労が多いだろう。いいだろう、お前の気持ち次第では、再び婚約者に迎えてやっても構わんぞ」
あたし、これまでどうして、こんな最低の人に当たり障りのない態度を取ってきたのだろう。
「そんな……そんな酷い……。ずっと、小さい頃から、一緒だったのに……」
立場があった。あたしの方が弱かった。彼に危害を加えれば、公爵様だけではなく屋敷中の人間に迷惑がかかった。
だけどもう、あたしは魔王の代理補佐だ。立場や人質なんてもうどこにもない。
あたしは拳を握り締めた。鋭い目でうちの妹をたぶらかす最低の男を睨んで、婚約者にされてからずっと思っていたことを叫んだ!!
「これ以上、あたしの妹をたぶらかさないでっっ!!」
「ハハハッ、嫉妬か? アムリスも結局のところ王妃の地位が欲しいだけの権力の犬。主人が犬を好きにして何が――な、何っ?」
こんな日のためにあたしは奥の手を用意してきた。それは失敗作のうち1つ。目からビームの出るブルーベリージャムパンを長期保存できるように堅焼きのクッキーにしたものだ。
目の前でクッキーを食べ始める奇行に王子は面食らった。その女が右目を右手で隠し、左目だけで自分を睨む。王子はあたしが何をしようとしているかなんて、撃たれる寸前まで気付かなかった。
「気でも狂ったか? その左目で我に何かをしようというのか? ははははっ、魔界の食べ物がよっぽど――」
左目が……うずく……!! この前よりもずっと!!
「ビーーーームッッ!!!!!」
左目から閃光が放たれた。それは一瞬であたしの目の前から森の彼方へと放たれ、あたしたち姉妹の関係をズタズタにしてきた浮気男を森のどこかへと森ごと吹き飛ばしてくれた。
ユーパトリウム兵もコボルトの親分さんも、勇者様もアムリスちゃんも言葉を失っていた。
「退いてっ!! これ以上あたしの大切な人に危害を加えるなら、今のビームで森ごと兵隊さんたちを吹っ飛ばしちゃうんだからっ!!」
そう警告するとユーパトリウム兵たちが震え上がって撤退してくれた。あたしは怪我をした親分さんに駆け寄って、聖女の癒しの力を使おうとしたんだけど……。その仕事は既にアムリスちゃんが果たしてくれていた。
「ありがとう、アムリスちゃん。そのおっきなコボルトさん、ガルムレックさんはあたしの大事な友達なの」
「悪ぃな、聖女さん。人間の聖女様に癒してもらったって、後で舎弟どもに自慢ができるぜ」
アムリスちゃんは何も言わなかった。あたしのしたことにも何も言わなかったし、目すら合わせてくれなかった。
もう仲良くできないのかな、あたしたち……。
でもアムリスちゃんは酷く痩せている。今ユーパトリウムに帰したら、また悪い人がアムリスちゃんを利用する。
「お、おいっ、妹さんよっ!?」
「アムリスちゃんっ!?」
あたしの目の前でアムリスちゃんが倒れた。きっと限界がきているのに聖女の力を使ったからだ。
「おい、そこの勇者! 棒立ちになってないで手伝えっ! それとも何か? これ以上人間の女を俺に助けさせるつもりか?」
「ああ……すまない……君の言う通りだ……」
勇者様は複雑そうな顔でやってきて、アムリスちゃんを背中におぶってくれた。
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