・ゴンドラ乗りと人魚の告白
「それでデルフィちゃんは?」
「もうすぐくるのです。イルカの像の前に行こうって、お姉ちゃんが誘ってたのです」
「あっきたよっ、隠れてっ」
リスティスちゃんに頭を押し込まれた。茂みの中に頭を入れて木の葉の隙間から向こうをのぞくと、ちょうど目の前にゴンドラがやってきた。
そのゴンドラの上に御者の手を借りて人魚が上がる。人魚はデルフィちゃんで、御者の人は――へっっ?!!
「デフィーがサボりたがるなんて珍しいな」
「う、うん……ロベルトさん聞いてほしい話が、あるの……」
「呼び捨てでいいって言ってるだろ。俺たち、6つも離れてるんだから……」
「でも……お仕事は、ロベルトさんの方が……先輩だから……」
ロベルトさん――いやロベルトくんはすごく若かった。手足が細くて背も低くて、顔立ちの奇麗なカッコイイ男の子だった。
頭にはゴンドラ乗りのお洒落な帽子をかぶっていて、肉体労働者らしくスマートで日に焼けていた。
「ん、それ、なんだ?」
「お、おまじないのパン……私、勇気がなくて、声が小さいから……」
「パン? それを食べると勇気が出るのか?」
「うん……」
デルフィーちゃんはあたしのパンを食べた。
ネレイド族さんってワカメが好きなのかな。ワカメパンをすごく美味しそうに食べてくれた。
「ぁ……っ?!」
「おい、どうした?」
デルフィーちゃんが声を上げると、ロベルトくんは心配してゴンドラの上で歩み寄った。
「ゆ、勇気が……っ、声がっ、あふれてくるっ!!」
「うわ……っ!? デフィーのそんな大きな声、初めて聞いたな……。お前、そんな声出せるんだな……。ん……?」
デルフィーちゃんの顔付きが変わった。真剣な顔でロベルトくんの手を取った。もう勝負に出るつもりだ!
「ロベルトさん……っ、ロベルトさんはネレイド族はお嫌いですか……っ!?」
「あ? ああ……嫌いだったらこんな仕事してないぞ」
「じゃ、じゃあ……私も……?」
「何言ってるんだ、そんなの当たり前だろ。嫌いだったら他のやつ探してる」
悪くない流れだった。ただ問題は6歳という歳の差だ。ロベルトくんから見て、デルフィーちゃんは立派なお姉さんだった。
「あのっ、ロベルトさんは彼女、欲しくなったりしませんか……っ!?」
「彼女? そりゃ欲しいけど俺貧乏だし。好きな女は、一応いるけどな……」
「ぅ……っっ」
どうしたのだろう。デルフィーちゃんが言葉を詰まらせた。右隣をのぞけばソフィーちゃんが口を両手で塞いで成り行きを心配して、左隣にはもどかしさにイライラしているリスティスちゃんがいる。
早く勝負を決めないとパンの効果が切れてしまう。でもここからじゃどうすることもできない。
ところが左の茂みが揺れた。棒状の何かがゴンドラの中に投げ込まれた。
あれはまさか、惚れ薬のスティックパイ……?
「しょうがないじゃん……っ、失恋したあの子慰めたくないもん……っ」
「ナイスなのです、お姉ちゃん……っ」
デルフィーちゃんはゴンドラに投げ込まれたスティックパイを拾った。そしてこちらに目を向けて意図を察した。
「あの、ロベルトさん……」
「なんだ、デルフィーのファンからの差し入れか? なんか美味そうな匂いがするな、俺にも半分くれよ」
デルフィーちゃんの望みに反するけどすごくいい流れだ! ロベルトくんに食べさせてしまえば、ズルかもしれないけどこの恋愛が成就する!
この際もうなんでもいいから幸せになってほしい!
「このパイはロベルトさんにはあげません……」
「そんなこと言わないでちょっとくれよ、見れば見るほど美味しそうだ」
「このパイを食べると、少しの間だけ、目の前の相手を好きになってしまうそうなんです」
「ははははっ、冗談だろ」
「本当です」
デルフィーちゃんはスティックパイをロベルトくんにあげずに自分が食べた。それにロベルトくんは口をあんぐり開けて驚いた。
「な、何やってるんだよっ、デフィーッ!?」
「確かめたんです」
「何をだよ!?」
「私が、ロベルトさんを、本気で好きかどうかを」
隣でソフィーちゃんが『はわぁ♪』と声を漏らした。ロベルトくんの顔が真っ赤になって、すごくいい感じの流れになったから。
「私、ロベルトさんが好きです。ロベルトさんは、下半身がピチピチした女は、お嫌いですか……?」
ロベルトくんはただ首を横に振った。真っ赤な顔で何度も何度も否定した。
「お、俺……俺は……っっ、ピチピチしているところがっ、むしろいいと思うっっ!!」
ロベルトくんは一生懸命なかわいい顔でデルフィーちゃんに抱き付いた。二人はそのまましばらく動かなくなって、満足すると恥ずかしそうに笑い合いながらゴンドラで川を下っていった。
「ばんざーいっ、お姉さまとお姉ちゃんのおかげで上手くいったのですっ!」
「やるじゃん、あの子。結局キスしないでいっちゃったけどさー、見れると思ったのになー」
「そこだけ残念なのです……」
「ま、あたしらが見ている前でするわけないかー。ん、どうしたのー?」
ゴンドラは川下の橋に隠れてもう見えない。あたしは見えないゴンドラをまだ目で追っていた。
今の感情をそのまま口にしてみた。
「なんか……ずるい……」
なんかすごいデルフィーちゃんが羨ましい……。
「うっそー、アンタにそういう感情あったんだー」
「だって……だって……はぁ……っ」
なんであたしを置いてお爺ちゃんと温泉旅行に行っちゃうの!?
「じゃあ男紹介してあげよっかー?」
「い、いいよぉーっ、別に寂しくなんかないしっ!」
「ロベールって仕事人間じゃん。今もアンタほっぽって飛び回ってるしー、もっと家庭を大事にする男のがいいと思うけどなー?」
「ロベールさんは関係ないよーっ!!」
でも早く帰ってきてほしい。1日でも早く帰ってきてもらいたい。それがダメならせめてまた手紙を送ってもらいたい。
「うー……」
「あーあ、あたしも年下の彼氏ほしーなぁー……」
「しゅごく勉強になったのです! 愛があれば歳の差なんて! 関係ないのですね!」
その日からあたしのモヤモヤはさらに膨らむことになった。帰ってこないロベールさんのことばかり考えるようになっていた。
うーー……羨ましい、羨ましい……。




