・恋愛成就のパンを作ろう
音痴を治す食べ物なんて都合のいい物は本に載っていなかった。その代わりに司書さんはネレイド族を著者とする歌の本を選んでくれた。
その本によると喉にいい食べ物は[ネギ][大根][林檎][ショウガ][蜂蜜][サバ][ワカメ]だそうだ。水産物にも詳しいところがさすがのネレイド族さんの本だった。
本では特にサバとワカメがいいと熱弁されているので、バザーでワカメの乾物というのを買ってみた。
「う……うぅ……ねぇリスティスちゃん……これって、本当に食べれるの……?」
乾物なので水で戻す物だそうで、本の通りに水に漬けてもらったら、黒っぽいニュルニュルがボウルいっぱいにあふれてあたしは恐怖した!
「はぁ? アンタこの前美味しそうに食べてたじゃん」
「え、嘘ぉっ!?」
「この前行ったレストランでサラダと一緒に食べてたじゃん。アンタ料理人なのになんで気付かないしー」
「あ、食べたかも……あっ、これってアレなんだ……っ!」
勇気を出してつまんで食べてみた。独特の臭みがあってヌルヌルしていて、すごくしょっぱかった。
「お、お店で食べたやつと違う……」
「塩抜きしてないからだしー。てか、ワカメを本当にパンに使う気ー?」
「だって本の人がワカメかサバがいいって言ってたし……うちの窯に魚の臭いが染み着いたら嫌だもん……」
魔界のライスを中心とした食べ物には慣れてきたけど、魚だけはまだ食べられなかった。
「で、どうすんのー?」
「お店のサラダみたいにちっちゃくしてほしい……。それをパン生地にゴマと一緒に練り込んでみようかなって……」
「ふーん……案外悪くないかも……」
引き続き材料の下ごしらえをリスティスちゃんに任せてパンを捏ねた。あの奥手でかわいいネレイド族さんが幸せになれるように、リスティスちゃんの下ごしらえが終わるまで気持ちを込めてじっくりと捏ねた。
「いいじゃん」
そうこうしているうちにワカメパンの生地が完成した。ワカメは布巾で水分を抜いてもらって、ゴマはフライパンで煎ってもらった。
「そ、そうかな……?」
「アンタにしては上出来だよ。あの子のためにありがとね」
リスティスちゃんは困ったところもあるけど、こういう友達想いなところが素敵だ。
「でも不思議。あの子とどういうきっかけで知り合ったの?」
「別に。2年くらい前かなー、イタズラしたらあの子泣き出しちゃって……さすがに悪いことしたかなって慰めたりしたら、なんかいつの間にか友達になってた……」
「やっぱりそういうきっかけなんだ……」
「あんまり友達いないみたいだから友達になってあげただけだしー」
パン焼き窯にワカメパンの生地を入れて、生地はお砂糖とバターを使ったので30分の砂時計を逆さにした。
「次は勇気が出るパン! 図書館の本によると、カカオっていうのが効くんだって!」
「要するにチョコの入ったパンでしょー」
「え、リスティスちゃんはコレ食べたことあるの?」
市場の人にカカオ下さいって言ったら、この黒い塊を売っている店を紹介してもらえた。ちょっと高かったけど、ケチケチして失敗するよりずっといいと思って選んだ。
「あるしー。あ、そういやこれ宰相の好物だよー?」
「え、ロベールさん、こんな変な臭いの食べ物が好きなの……?」
「確か魔界の暑い地方に、コレの畑を作らせたって聞いたかなー。それでも高いからさー、なかなか気軽に食べれるもんじゃないけどさー」
ロベールさんの好物と聞いて興味がわいた。
「つまみ食いする?」
「材料の試食だよー!」
リスティスちゃんはその黒い塊を割って自分の口に入れてから、あたしにもう一欠片を手渡してくれた。
「んん~~っっ、やっぱこれ美味しー♪ あ、食べないのー? 食べないならここにちょうだい」
リスティスちゃんが口を開けてチョコで黒ずんだ舌を出した。あたしは渡された欠片をちょっとかじってから、リスティスちゃんの口に残りをあげた。
「んふふふ……ラッキー♪ てかこれ、間接キスじゃーん」
「ん、んんっ、なに、これぇ……っ」
チョコという食べ物は甘いけどほとんど脂だった。甘さにつられて口になじませると、ねっとりと溶けて独特の臭いが広がった。
「チョコの味がわかんないとかー、お子ちゃまじゃん」
「わ、わかんなくもないよ……っ、慣れてないだけで……っ」
そのままだと味も臭いも強くてきついけど、これをパンに混ぜたらちょうどいいかも……。
そういえばご夫婦のパン屋さんに、2種類のパンを編み合わせたツイストっていうパンがあった。片方を白いパン、もう片方を黒いチョコパンにしたら見た目もかわいいかも。
早速リスティスちゃんに相談してみた。
「アンタの家族って最低」
「ええーっ、そっちの話じゃないよーっ、ツイストにしたチョコパンの話っ!」
「王子はもっと最低。ソイツと結婚させられてたら、アンタ絶対不幸になってたよっ!」
どうして貴族が下町のパン屋で働いているのか、リスティスちゃんの質問に答えたら話がどんどんそれていった。
「ソイツさぁーっ、王子ってところ以外良いところなんもないじゃん! 地獄に堕ちて拷問される夢とか見せてやりたい! てか死ね!」
「調理中に怖い話は止めてよぉー!?」
脱線しながらもチョコのツイストパンを作ることに決まると、リスティスちゃんにはチョコを溶かしてもらった。
あたしは生地を二組作って、その片方の生地にリスティスちゃんが溶かしたチョコを練り込んだ。
それから長く紐状に伸ばした2つの生地をくるくると編み込めば、後はパン焼き窯に入れるだけだった。
「でもアンタの妹の気持ちもわかる……」
「え、本当……?」
「婚約者を横取りされたらさー、誰だって頭おかしくなるよー。性格サイテーだけど、相手王子様なんだしさー」
「なんか嬉しい。この話して妹に同情してくれる人、あんまりいないから……」
チョコツイストパンをパン屋き窯に入れて、砂時計を逆さにした。
「次は惚れ薬になるパンの試作するねっ!」
「は、本気……?」
「言い出したのはリスティスちゃんだよ!」
「でもさー……。ま、あの子のためだし、いっかー……」
さあ次は男の子をメロメロにしちゃうパンだ!




