・にゅるにゅると魔王
魔王代理補佐にされてしまったけど、生活に大きな変化はなかった。政治のことは何一つ任されなかったし、ヨブお爺ちゃんがボケてからは王様の役割なんてなくなっていた。
「新しい魔王様っ、兄貴たちの取り置きはあるかワンッ?」
「新しい魔王じゃないよーっ、あたしは魔王代理補佐! 魔王らしいことなんてなんにもしてないんだからーっ」
コボルトの親分さんたちは今、サジタリウス=ハレーにいない。ジョーグさんたちがいるユーパトリウム側の国境で警備をしているそうだ。
居残り組のコボルトさんたちはやさしいから、仲間や親分さんのためにうちでパンを買って、仲間のいる辺境まで荷馬車で運んでくれている。
兵隊さんもあれから増えたままだ。ヨブお爺ちゃんが都を離れたから、その分だけ兵隊さんが必要になったのかな。詳しい事情は全く聞いていない。
「はい、これが取り置き分だよー。ガルちゃん親分さんこないとあたしも寂しい……。ロベールさんもいないし、はぁ……」
「ありがとだワン、魔王様!!」
「だからーっ、魔王代理補佐だってばーっ!」
「街吹っ飛ばすばかりの魔王ヨブ様より頼れるワン! ムギちゃんが魔王様になってみんな喜んでるワン!」
「あはは……。温泉、吹っ飛ばしてないといいね……」
「ありえるワン!」
外遊先の人たちは戦々恐々だろう。最強にして痴呆症の魔王様が地元にいきなりやってくるんだから。
あたしもついて行きたかった。ロベールさんと一緒の温泉旅行……きっと、楽しかっただろうな……。
親族想いなのはいいことだけど、なんか納得いかない……。
「あのー、魔王様いらっしゃいますかー?」
コボルトさんが帰って行くと、今度はハーピー族のお姉さんがやってきた。
「え? あ、はい、魔王代理補佐ならあたしですけど……」
「あら、思ったよりお若いんですね。実はうちの地元に、恐ろしいモンスターが現れてしまって……」
「ええと……そういうのは警備隊の人たちの仕事のような……」
「翼のない人たちがたどり着けない山奥にある町なんです。お願いします魔王様、退治してもらえませんか……?」
「あたし、ただのパン屋なんですけど……」
最近、こういうのが増えた。
魔界の人はなんか勘違いして、あたしをすごく強い魔法使いだと思いこんでいる。
「お願いします魔王様……。軍人さんたちがサジタリウス=ハレーに集まってるせいで、地方に手が回っていないんです……」
またかと思いながらあたしはハーピーさんに笑いかけた。
「わかりました、やっつければいいんですね! 閉店まで待ってくれたら、うちのドラゴンで一緒に行きましょう!」
「ああっ、ありがとう魔王様!!」
代理補佐になって何もしないわけにもいかないから、しょうがないから時々こういう話を受けている。
レキちゃんの翼があればどこにでもいけるし、あたしが手を出さなくてもレキちゃんとレモンちゃんが毎回どうにかしてくれた。
そのハーピー族さんの依頼もそうだった。高地を荒らすワイバーンの群れを、レキちゃんが次々と撃ち落としてあっという間に駆除してしまった。
「さすがです、魔王様……!!」
「なんという方だ……。本人は指一本動かさず、下僕2匹でワイバーンども片付けてしまうとは……っ」
「これは町に伝わる宝です。どうぞお納め下さい!」
「い、いらないよぉーっ!? 終わったみたいだし、あたしもう帰るね! 明日もお店があるから!」
魔王のお仕事ってこういうもの……?
陳情を受け取って、力でねじ伏せるのが魔王……?
わからないけど、こんなことばかり続けていたらもたないし、次は断ろう……。
レキちゃんの翼でサジタリウス=ハレーに帰った頃には夜で、あたしは先に就寝していたソフィーちゃんの隣に寝そべった。
「はぁ、何やってるんだろう、あたし……」
明日も早い。もう寝よう。そう思ってレモンちゃんを抱いて、ソフィーちゃんにくっつくレキちゃんを見守ってから目を閉じた。
「ん……?」
だけど今、ピンク色の何かが視界に入ったような気がした。
「ん、んんーー……?」
目を開けたらピンク色は消えていた。
「うーん、気のせいかな。おやすみー……」
やっぱり気のせいだ。もう一度目を閉じて一日を終わりにした。
……と見せかけてっ、やっぱり何かいるような気がするからっ、クワッ!!
「へ…………わっ、わぁぁぁーーっっ?!!」
寝たと見せかけて目を開くと、部屋の天井に何かいた!!
「ギャーッッ?! な、なんですか、ビックリしたです、ギャァーッ?!!」
ソフィーちゃんは声に驚いて、レキちゃんに驚いて、それから『ピンク色のアレ』を見た。
それはかわいいピンク色の――でも不気味で気持ち悪いうねうねした触手の何かだった……!
「ソフィーちゃんお願いっ、やっつけて!!」
「えと……それは出来ないのです」
「ええーっ、どうしてー!?」
もしかしてソフィーちゃんは一足先に、この気持ち悪いうねうねの餌食に……。
「ついにバレちゃったのです……。この子はローパー族のキティさんなのです。偉い人のご命令で、隠れながらお姉さまを監視するのがお仕事なのです」
「……へっ?!」
「お姉さまがお城にきたときからずっと、一緒だったですよー?」
「え……ええええええーーーっっ?!!」
あたしが大きな声を上げるとキティちゃんは棚の裏に隠れてしまった。隠れながら目玉の付いた触手だけを出して、ちらちらこちらを見ている。
「キティさんはデリケートな子なのです。今のは傷つけちゃったかも……」
「え……あたしそんなつもりじゃ……」
うわ、でも、なんかニュルニュルで目玉がすごくて怖い……。こんなのが今までずっと、あたしを監視してたの……?
きっと、ロベールさんだ……。
こういうことするのはロベールさんの他にいない!
だからいつもこっちの事情にやたらと詳しかったんだ!
「お姉さま、キティさんが落ち込んでるです。声かけてあげて下さいです」
「あ、ごめんね……。人を見た目で判断しちゃいけないよね……。というか、人……なの……?」
うねうねした触手さんは人?
人と魔族。魔族とモンスターの違いって何……?
「はじめ、まして……あちし、キティ……。監視、してます……。ぁっ、ぁ……っ、恥ずかし……」
キティさんはまた棚の裏に引っ込んでしまった。魔界ってあたしが暮らしていた世界と全然違う……。
ぬるぬるにょろにょろしているところは気持ち悪いけど、恥ずかしがりなところは、かわいい……かなぁ……?
「見な、いで……」
「それこっちのセリフだよぉーっ!?」
ロベールさんは誰かに利用されやすいあたしを心配して監視を付けているのかもしれない。でもこれはやり過ぎだ。
「あ、でもなんか、ちょっとかわいく感じてきたかも……」
「や、やぁ……っ」
天井からか細い声だけが届いた。
「へっへっへーっ、見られる側の恥ずかしさを思い知れーっ!」
「お姉さま、いじめてないで寝るですよー。キティさんはこれまで、影番としていっぱいお姉さまのサポートをしてくれてたです」
「い、言わないで……止めて、やだぁ……」
悪い人ではなさそう。屋根裏にニュルニュルしたのがいたなんてショックだけど、すごく謙虚そうなローパー族さんだった。
「……ま、いっか! 変なことまで報告したら、いじめちゃうんだからねーっ!?」
なんか変な生き物と出会った。その生き物はこれまでずっとあたしの近くにいたそうだ。
悪い子じゃなさそうだし、そっとしておくことにして、あたしはレモンちゃんを抱いて眠った。




