・魔王とパン屋と代理補佐 2/2
「ちょっと待ってっ待ってっ、あたし代理になるって言ってないっっ!!」
「ありがとうございます……。貴方にはいくら感謝してもし足りません……」
「はいって言ってないんですけどぉぉーーっっ?!!」
あたしに魔王なんて務まるわけない。
政治も何もわからないし、難しいことがそもそも考えられないあたしに王なんて無理。
「というか、あたしみたいな新参者の小娘が魔王だなんて、誰も納得しませんよっ!!」
「いいえ、サジタリウス=ハレーの民は納得するでしょう」
「そんなわけないですーっ!!」
「考えてもご覧なさい。コムギ・ブランウィードという女性は『巨大な竜を従え、雲をも吹き飛ばすビームを目玉から放ち、魔性のパンで人を魅了してきた』特異な存在なのですよ」
誰が報告したのだろう。ロベールさんはパンの効果であたしが目からビームを出していたことを知っていた。
「噂ではそのパンには強化の力があり、魔王軍を密かに強化しているとも言われています。また最近では盲目の少女の目まで治してみせた」
「ムギちゃんや、ワシは感動しました。感動のあまりに、城中の者に語りまくっちゃいましたとも! うちのムギちゃんはすごいんだぞい! ……と」
「ちょっとぉぉーっっ?!!」
「実力、慈愛、人徳。貴女はこの3つを兼ね揃えている。これ以上、魔王代理に相応しい存在がどこにいるというのです?」
魔王様は旅行鞄から浴衣って呼ばれる着物を出した。タオル、日記帳、オヤツのお菓子まで見せてくれた。
「死ぬ前に、頭がハッキリしている今のうちに、甥と旅行に行きたいのぅ……?」
チラチラと期待を込めてあたしを見た。ここで断ったら、あたしがすごい悪い人みたいだ……。
「どうかお願いします。魔王代理……いえ、魔王代理補佐で構いませんので、どうか一時だけでもこの地をお願いします!」
「ワシ……このまま甥と旅行にも行けずに、ここで何もわからぬまま朽ち果てるのかのぅ……。死ぬ前に、行きたかったのぅ、温泉旅行……」
王様は王様になったらその玉座に縛り付けられる。自由に遠くに出かけられなくなって、退位まで国に尽くすことになる。その宿命は魔界側でも変わらないみたい。
「もーーーっっ、そんな目で見ないで下さいよーっ!! わかりましたっ、なりますっ、ちょっとの間だけっ、あたしが魔王代理補佐になりますからっ!!」
ロベールさんが魔界にさらってくれなかったら、あたしはすごく悲惨なことになっていた。彼がしてくれた善意に報いるには、すごく気乗りしないけど、この話に応じるしかない……。
「ありがとう、ムギちゃん……」
「いいえっ、ロベールさんとゆっくりしてきて下さい。お爺ちゃんとロベールさんがいないと、ちょっと寂しいですけど……」
正直、あたしに務まるか不安だ。でもこうなったらやるしかない。難しいことはあたし以外の誰かが決めてくれる。
魔王代理補佐、がんばるぞー!!
そう覚悟を決めると、ロベールさんがベルを鳴らした。そしたらすごくかわいい男の子が部屋に駆け込んできて、ロベールさんの前にかしこまった。
名前はたしかリュージュくん。ロベールさんの雑用係の子だった。
「客室に仕立て屋を待たせております。まずは魔王としてお洋服の採寸を取っていただけますか?」
「え……ロベール、さん……?」
それってあたしがこの話を受けること前提で既に準備が進んでいたってことだ。いい人だけど、つくづくロベールさんは強引な人だった。
「あまり強引だと嫌われますよ?」
そんなロベールさんにリュージュくんがちょっと生意気な苦言をていした。
「ははは、言ってくれますね」
「コムギさん、どうぞこちらへ。キツネとタヌキに同時に化かされたようなお気持ちでしょうが、この試みでこの魔界がもう少しよくなるのも事実。どうか僕からもお願いします」
今日まであまり接点はなかったけど、味方になってくれて嬉しかった。あたしは強引で打算家の宰相と魔王様と別れて、その後服の採寸を行った。
「申し訳ありません。あの二人は強引に貴女を言いくるめてでも外遊に行きたかったのです」
「いいよっ、乗っかった以上は最後まで乗り切るだけだしっ!」
「そのお気持ちを裏切らぬよう、精神誠意のサポートさせていただきます。……旅行に連れて行ってもらえなかった者同士、がんばりましょう」
「そうっ、あたしも連れてってほしかった! あたしよりお爺ちゃんを取るなんて、もうっっ!」
あたしとリュージュくんはロベールさんの不満を言い合った。堅苦しい服は嫌いだけど、新しい服を作ってもらえるのは嬉しかった。
あたしはその翌日、外遊という名の温泉旅行に出発する二人を見送ったその瞬間から[魔王代理補佐兼パン屋のコムギ]となった。
なぜ二人がサジタリウス=ハレーの守りに不安を感じ、なぜあたしを代理補佐にしたのか。その原因がユーパトリウム王国に吹き荒れた[死病の風]という疫病にあるだなんて、その時のあたしは何も知らなかった。




