・魔王とパン屋と代理補佐 1/2
赤の日。水の日。碧の日。鉄の日。休息日。
どの日が好きかと聞かれたら、あたしは休息日と答える。定休日の赤の日も捨てがたいけど、休息日は街がお祭りみたいにパァーって明るくなるから大好き。
レジを通すなり忙しそうに出てゆくタイプのお客さんも、休息日にはあたしに話しかけてくれたり、2階のフードコートを使ってくれる。
お休みになるとみんな口が緩くなるもので、中には『この店のおかげで商談が決まったよ』とか『うちの子を見てくれ、かわいいだろう!』とか『この店の子ってかわいいね、ハァハァ』とか言ってくれたりする。
だからあたしは働きがいのある休息日が好き。次の日にはお休みも待っているし、休息日にはリスティスちゃんが必ず手伝ってくれる。
『はぁ、何勘違いしてんの? 休息日は暇なだけだしー』
感謝しても素直に受け取ってくれないけど、リスティスちゃんがいなかったらうちの店は回っていなかった。
ところが今日の休息日は普段と少し様子が違った。剣や鎧を身に着けた軍人さんの姿が都に増えて、なんだか街中が慌ただしかった。
「もしや、あの方が……」
「うむ、一見はただの小娘だが、なんと強大な魔力の持ち主だ……」
「見ろ、あの竜を……っ。あれが噂に聞くクリムゾンヴェールの主であろう……っ」
「なんと、なんと恐ろしい娘よ……」
軍人さんたちはあたしなんかに興味があるみたい。窓や出入り口からパン工房をのぞいたりして、なぜかわからないけどあたしなんかに恐れおののいていた。
「あの魔人族と夢魔族の娘は、あの方の近衛なのか……? あの若さであの魔力……。とても魔法戦で勝てる気がせん……」
「選ばれて当然というわけか」
「聞けばここのパンにも……」
「おお、なんと……それは誠か……?」
コソコソと物騒なことを言う人たちもいてすごく迷惑だった。
朝から午後3時頃まで、いつもよりも無骨なお客さんの多いお店を切り盛りした。
それからあたしはお城に上がる。ヨブお爺ちゃんからの呼び出しがかかっていた。内密に話したいことがあるそうで、お土産のパンをリュックに背負って広場から城門を抜けようとした。
「あ、ロベールさんっ!!」
お城の入り口にロベールさんが立っていた。あたしはロベールさんの前に駆け寄って元気に笑いかけた。
「お待ちしておりました、コムギさん。さあ、こちらへどうぞ……」
「……へ?」
「魔王様が首が長くしてお待ちです。早くこちらへ」
「あ、うん……う、ううーん……?」
いつものロベールさんじゃなかった。ユーパトリウムの貴公子様たちが女の子を口説くような様子で、ロベールさんはあたしの手を優雅に引いた。
「申し訳ありませんが、お急ぎを」
「うん、それはいいけど……どうしたの? なんかいつものロベールさんじゃないみたい」
「時は無限に続きますが、機会は有限なのです」
「へ……?」
ロベールさんはすごい早足だった。あたしは駆け足で彼に引っ張られて魔王ヨブ様の寝室に――入らずにその手前の知らない部屋に通された。
「コムギ・ブランウィードをお連れしました」
そこは政務室に見えた。書斎と呼ぶには広いお部屋で、書斎机と呼ぶには大きくて立派な机が奥にある。
奥にはステンドグラス製の大窓があって、そこから魔界の赤い光が差し込んでいて室内とは思えないほどに明るい。
「うむ……」
「コムギさん、魔王様にご挨拶を」
「あ、ええと……こんにちは、ヨブお爺ちゃん! ……で、合って……いますよね……? えと、やっぱりご親戚の方、ですか……?」
そのご老人は背筋をピンと伸ばして書類にペンを滑らせていた。あとヨブお爺ちゃんが普段かけない眼鏡をかけていて、別人のように表情が引き締まっていた。
「ほっほっほっ、いかにもワシがヨブじゃ。忙しい休息日にお呼び立てして申し訳ないね、ムギちゃんや」
「あ、はい……は……はぃぃ……?」
ヨブお爺ちゃんは眼鏡をかけ直して、すごい早さで書類をまとめ上げると、ロベールさんが差し出した印を押した。
「貴女のパンを食べ続けた影響でしょうか、最近急に、魔王様の調子が少しよくなってきておりまして」
「ええええっ、これって少しどころじゃないような……っ!?」
「魔王様は時々正気に戻られるのです」
「平時はご迷惑をおかけして申し訳ない。ロベールともども、ムギちゃんには感謝しておるよ」
「あ、はい……。あ……これ、お土産……」
だ、誰……? この人、誰……!?
混乱しながらあたしはパンを差し入れた。
「これはありがたい。ロベール、いつものやつをムギちゃんにお見せしよう」
「はっ、いつものやつでございますね、魔王様」
魔王とその宰相は長いバケットをそれぞれ1本取るとそれを掲げて、顔を上げると『いつものやつ』を見せてくれた。
魔王とその甥によるバゲット一本食いだった……。
「うむ、やはりムギちゃんのパンに勝る食べ物はこの世に存在しない」
「はっ、このロベールの胃袋はもう2本いけるともうしております」
「ワシももう少し若ければ付き合ったのじゃが、ムギちゃんにもらったこの命、ムダにはできぬ」
どこから突っ込めばいいのかわからない。そもそも突っ込みを入れていいのかわからないほどに、ヨブお爺ちゃんは立派な魔王様に戻っていた。
ああ、でもよかった。最近ロベールさんがあたしを新しい魔王にしたがっていたから、元気になってくれてよかった……。
「してムギちゃんや、君に頼みたいことがあるのじゃが、聞いてはもらえぬじゃろうか?」
「私からもお願いします。どうか我々のわがままを聞いていただきたい」
「なんだろう……? あたしでよければなんでも聞きますけど、何をすればいいんですか?」
あたしがそう答えると、ロベールさんが含みのある笑みを浮かべた。魔王様が机で指を組み、真剣な眼差しであたしを見た。
「ではムギちゃんあらためコムギ・ブランウィード公爵令嬢殿。しばらくの間、魔王を代わっていただけませんかな」
「………………へ……?」
「魔王様はこれより温泉旅行――ごほんっ! 正気に戻られている今のうちの外遊に行かれることに決まりました」
あ、いいなぁ……。
温泉には行ったことないけど、仲のいい叔父と甥での旅行はすごく楽しそう。
「しかし魔王様がご不在のままでは、サジタリウス・ハレーの守りに不安が残ります」
「今の情勢で都を離れるのはちと不安なのじゃが、正気のうちに人生の後片付けをしたくての」
「そこで貴女の出番というわけです」
「は、はぃぃ…………っっ!?」
そこでなんで、パンを焼くことしか頭にないあたしに白羽の矢が立つの!?
「お願いします、老い先短い魔王様に温泉旅行と身辺整理の機会を下さいませんか?」
「む、無理ですよぉぉぉーっっ?!!」
「ほっほっほっ、肩書きだけじゃよ。それにマーサと同じ魔力を持つムギちゃんなら大丈夫じゃ。じゃそういうことじゃから、甥っ子と温泉旅行に行ってくるのぉ~」
魔王ヨブはそう言うと、立派な机の下から旅行鞄を引っ張り出して、お洒落な幅広帽子を頭にかぶった。




