・真実の目で私を見て - やさしい怪物 -
「…………っっ?!!」
リセリちゃんはジョーグさんの本当の姿を見てしまった。喜びにあふれていたリセリちゃんの顔が怪物への恐怖に染まった。
彼女が憧れていたジョーグさんは豚鼻の、毛むくじゃらの、イノシシの頭を持った怪物だった。
「よかった……目、治ったべな……」
「ひ……っ?! ぁ……ちが……う……っ、ぁ……っ?!」
「いいんだ……。見ての通り、オレは怪物だべ」
「ち、ちが……これは……っ」
悲しい現実を見せられた。愛があれば容姿の壁を越えられるかもしれないと、あたしはちょっとだけ可能性に希望を託していた。
でもジョーグさんは女の子が恋をするにはあまりにも、人間から外れた姿をしている。
「リセリにはもっと相応しい人が見つかるべよ……。一時でも、こんな俺を好いてくれて、ありがとう……」
ジョーグさんはリセリちゃんに背中を向けて、子供たちのために買ってきたオモチャや布、薬をバッグから取り出すと、独りで村から出て行こうとした。
他の子たちやあたしが入り込める雰囲気じゃなかった。ジョーグさんももしかしたら自分の姿を受け入れてもらえるかもしれないと、そう思っていたのだろう。去りゆく後ろ姿がすごく悲しそうだった。
「待って……!」
「大丈夫、これからも支援は続けるだ。でも今は、そっとしておいてほしいだ……」
言葉で引き留められようともジョーグさんは去ろうとした。そんなジョーグさんの背中を、何度も転びながらリセリちゃんが追いかけた。
急に目が治ったから上手く歩けないようだった。
それでもリセリちゃんははいつくばって、必死に大地を踏み締めて、ジョーグさんの背中に飛び付いた。
「リ、リセリ……?」
あたしも驚きだったけど、ジョーグさんが一番驚いていた。現実を見せるために目を治すパンを願ったのに、思わぬことになったのだから。
「わ、私、平気です……。突然のことで、驚いてしまった、だけで……平気です……」
「リセリ、無理をしなくてもいいべ……。オレは……」
「大丈夫ですっ!」
リセリちゃんはまた転びそうになりながら正面に回り込んで、ジョーグさんの顔を見上げた。リセリちゃんはもう震えていなかった。震えているのはジョーグさんの方だった。
「私たちのカッコイイ……ジョーグさんは……こんな顔をしていたんですね……」
「オ、オレは……格好よくなんか……」
「強そうで、カッコイイです……」
正面からリセリちゃんはジョーグさんの胸に抱き付いた。そうするとジョーグさんも、ついに堪えかねたのか、迷い迷いにリセリちゃんを抱き返していた。
大きな身体で、痩せた女の子を包み込み、ジョーグさんは涙を流した。リセリちゃんは姿こそ弱々しいけれど、勇気と愛を持った人だった。あたしが同じ立場だったら、同じように追いかけられたかもわからない。
「う、うぅぅぅ~~……よかったぁぁぁ……っ」
関係ないのにあたしは貰い涙で袖を濡らしてしまった。だって二人ともお似合いで、ここで離別だなんて悲しすぎたから。
「姉ちゃんいいやつだなぁ……。へへへ、俺は上手くいくって信じてたけどな」
「そういうカールくんだって泣いてるじゃん……!」
「な、泣いてねぇよ! 男が泣くかよぉーっ!」
あたしはカールくんや他の子供たちと一緒にこの結末に感動した。あとちょっとで人を不幸にするところだった。でも二人とも強かったから乗り越えられた。本当によかった……。
ところがそこに馬の蹄の音が響いて、さらに拍手まで響き渡った。
せっかくいいところだったのに、いきなり乱入するなんて無粋だ! どこの誰だーっとあたしは顔を上げた! そしたら――
「え、ロベールさんっっ!? 帰ってきてたんですかーっ!?」
それはロベールさんとあの大きな黒馬だった。
「いえ、帰路の途中の一仕事といったところです」
「こんなところで、一仕事、ですか……?」
久しぶりに見るロベールさんは颯爽としていてかっこよかった。リセリちゃんとジョーグさんにあてられてか、なんかすごく輝いて見えた。
「貴女こそなぜこんな辺境に……と言いたいところですが、話がこじれるので後にしましょう」
困ったような顔でロベールさんはあたしを見て、それから真面目な表情で村の子供たちに目を向けた。
「皆さん、私を信じてサジタリウス=ハレーに越してきて下さいませんか? こんなところで子供だけで暮らしていたら、いつか獣に襲われるか、本当の病気にかかって死んでしまいますよ?」
そう、それはあたしたちが伝えるべき言葉だった。ロベールさんに先を越されてしまった。なんか美味しいところをかっさらわれてしまった!
「何度もきて下さっているのにごめんなさい……。もう少しだけ、考えさせて下さい……」
え、何度も……?
「しつこい話となりますがリセリ殿、何か起きてからでは遅いのですよ? ここは危険です、すぐにでも決断するべきです」
「わかっています……。でも……」
ロベールさんの誘いは強引だった。それだけ身を案じてくれているということだけど、強引なのはロベールさんの悪いところだった。
「フッ……それに都に越せば、このコムギ・ブランウィードの焼きたてのパンを食べられるのですよ? 悪くない話だとは思いませんか?」
「それは、少し……いえ、かなり惹かれます……。でも……少しでも可能性があるなら、あたしたちはここで、親を待ちます……」
ロベールさんはそれでも熱心に説得しようとした。だけど子供たちが折れることはなかった。一人でも残ろうとする子がいる限り、移住することはできないと。
頑固な子供たちにロベールさんは頭を抱えた。普段あたしには見せないとても難しい顔をして、なぜかジョーグさんを睨んだ。
「ひぇ……っ!?」
お仕事モードのロベールさんはちょっと恐いところがあった。
「ジョーグ、貴方の余計な介入で話がこじれました。今日付けで、貴方を魔王軍国境警備隊から除名します」
「な……っ!? そんなの、あんまりだべ……!?」
「そうですよーっ、酷いですよーっ!!」
せっかくジョーグさんとリセリちゃんが幸せになれたのに、なんてことを言うロベールさんだ! 断固あたしも抗議した!
「貴方は今日付けで、この白の民が住まう里の警備隊長に転属とします。守りなさい、彼らがもう少し大人になって、現実を知るまで」
「お、おお……!? そ、それは……い、いいんたべか、宰相様……!?」
「貴方の他に誰が適任者だと言うのです」
抗議したあたしにロベールさんはどや顔で微笑んだ。紛らわしい言い方したロベールさんが悪いのにっ、勝ち誇られるとちょっとイラッとする!
だけどあたしのそんな心情なんて、ここで暮らす子供たちからすればどうでもいいことだった。リセリちゃんと子供たちはジョーグさんに飛び付いて、彼の転属を喜んだ。
これからはずっと一緒に暮らせる。ジョーグという新しいお父さんに守ってもらえる。親を失った子供たちにはジョーグさんというパパが必要だった。
「貴女がレキの翼を手に入れたとき、私は一つの懸念を抱きました。しかしそれは杞憂だったようです……」
「へへへー、せっかくさらったあたしがレキちゃんの翼で帰っちゃうと思ったんですかー?」
「……そうです」
「帰るわけないですよ。こっちにはあたしのパンを食べたがる人たちがいっぱいいるんだもん!」
そう明るく答えるとロベールさんが微笑み返してくれた。ロベールさんは勇者様を裏切ってしまったことを気に病んでいたから、複雑なところだったみたいだけど。
その後、あたしたちは里の子供たちと隠れん坊をして遊んだ。畑を手伝ってあげたり、施設の修理も手伝った。たっぷりと夕方前まで。大きくなったレモンちゃんは子供たちに大人気だった。
「素晴らしい。次の外遊の際には貸していただきたいほどです」
「次は一言言って下さいよーっ、いきなりお店にこなくなって寂しかったです!」
帰りはロベールさんとの空の旅になった。ロベールさんが前で、あたしはロベールさんの腰に手をそえた。
ちなみにあの黒馬は召喚魔法の力で消したり出したりできるそうだった。
「申し訳ない、慌ただしい出立となりまして。それに都を離れるといちいち伝えに行くのも、どうかと思いまして……」
「重要だよーっ! 次からは一声かけて下さいっ!」
1日1回はロベールさんのバゲット一本食いを見ないと寂しい。しばらく離れてそう感じるようになった。
「ではそのように」
それはそうとジョーグさんとリセリちゃん、お熱かったなぁ……。
「ところでコムギさん、もう少しこちらに寄ってきて下さい」
「へ……っ?!」
「その乗り方はいささか危険かと。私のような男にしがみつくのは抵抗があるかもしれませんが、新たな魔王となる人に転落死されてこちらも困ります」
「ええっ、くっつけと言われても……っ」
あたしがピクニックの日のようにロベールさんの背中にくっつかないのは、ラブラブの二人を見てしまったからだ。
あの日は平気だったけど、今日のアレを見せられたらさすがのあたしも意識する……。
「って魔王っ!? 次の魔王はロベールさんのはずでしょ!?」
「なって下さいませんか?」
「ならないですよぉーっ!!」
声を上げると恥ずかしがっていられなくなった。確かにちょっとこの姿勢は怖いかなと思っていたので、あたしはロベールさんの腰に抱き付いた。
あの日は平気だったのに、やっぱり今日は恥ずかしい……。
「キュルクレインもここにいたら、もっと楽しい旅になっていたでしょうね。叶わぬ願いですが……」
「あははっ、3人でレキちゃんに乗って空の旅ですか? ちょっと楽しそうかも……」
でもその願いは叶わない。勇者様を誘拐したらユーパトリウム王国との間の外交問題になる。ロベールさんの近くで暮らすようになって、そういう事情が最近やっとわかるようになった。
というかジョーグさんみたいに、もう少しあたしのことを意識してもらいたい気分なんですけど……。
「いっそ、キュルクレインを誘拐してしまいましょうか……?」
「えぇーっ、絶対問題になりますよぉーっ!?」
「むぅ……。そもそも本人が移住に納得しない限り、さらったところで逃げられてしまいますか……。ああ、そうです、彼を洗脳するパンを作って下さい」
「そんな怖いパン作りたくないですよぉーっ!?」
あたしが叫ぶとロベールさんが声を上げて笑った。ジョーグさんとリセリちゃんみたいに熱々とはいかないけど、なんか悪くない感じだった。
「ジョークではなく、真剣にそう思ったのですが、ダメですか……?」
「ダメに決まってますよーっ!? そんなのあったらやりたい放題になっちゃうじゃないですかーっ!!」
ロベールさんって変わってる。女の子が後ろにいるのに、それに恥ずかしがりながらも親友の話をする。
「私だけこんなにいい思いをするなんて、キュルクレインに申し訳ないのです……」
ロベールさんは親友を裏切ってコムギ・ブランウィードをさらったあの時のことを、いまだに後悔していた。
あたしだって仲直りできればいいなと思う。勇者様が今どうしているか気になる。
「大丈夫っ、そのうち仲直りのチャンスがきますよっ! 上手くいったら3人でレキちゃんに乗りましょう!」
「ではそれまでに、私は鐙を用意いたしましょう。毎度これでは私の心臓が持ちません……」
「えへへへー……♪」
恋愛とかまだよくわからないけど、恥ずかしがるロベールさんの横顔は好き。あたしは彼の横顔をのぞき込みながら残りの空の旅を楽しんだ。
ロベールさんの罪悪感から生まれた勇者様の話だけど、洗脳や誘拐はダメだけど、サジタリウス=ハレーにきてもらうのは結構ありかなとあたしも思った。
そしたら親友同士が仲直りできるし、勇者様も重責や社交界から解放されるし、何よりもパワーアップしたあたしのパンを食べてもらえるから。




