・真実の目で私を見て - 真実の目を君へ -
「ジョーグ……?」
「おお、カール! 驚かせてごめんよ、このドラゴンに害はないべよ……!」
「みんなっ、ジョーグさんだっ!! ジョーグさんがドラゴンに乗ってやってきた!!」
カールという男の子は仲間を呼びに行った。あたしたちはレキちゃんの背中から降りて、身体に重くのしかかっていた荷物をようやく降ろせた。
「ぎゃぅぅ~♪」
「ここまでありがとう! 言わなくても小さくなれて偉い偉い!」
レキちゃんが小さなミニドラゴンになってあたしの胸に飛び込んできた。それからしばらく間があったので、レキちゃんを抱っこしたまま村を見回した。
どこもかしこもボロボロの朽ちかけだった。最近補修したような後があるけど、全く管理が間に合っていないようだった。
畑もあるけど作物が痩せている。子供たちなりに農業をしているみたいだけど、とても食べていけるようには見えない。
「ジョーグさん!!」
「わぁーっ、ジョーグさんだぁぁーっっ!!」
「あのお姉ちゃん誰ー? あの荷物、ご飯……?」
ジョーグさんはすごい人だった。ジョーグさんの周りに子供たちが続々と集まってきて、身体が軽い子たちが彼の肩や腰にしがみついた。
たくましいジョーグさんは何人の子供たちにしがみつかれようと平気な顔で笑っていた。
なんて良い人だろう。彼は慕われて当然のすごくやさしい人だった。
「こちら、パンの聖女コムギ様だべ。さっきのドラゴンはコムギ様の奇跡の力で、そこの小さなドラゴンが巨大化してたんだべ」
本当は逆だけどそっちの解釈の方が恐くないかも。
「どうも初めましてっ、サジタリウス・ハレーでパン屋をしているコムギっていいますっ! 今日はみんなにパンを届けにきたよーっ!」
子供たちは進み出るあたしに怯えた。ジョーグさんを盾にしたり、さっきのカールって男の子が前に出て仲間をかばった。
「悪く思わないでほしいだ……。この子たちも色々あったべよ……」
「ううん、全然! あ……っ」
あたしたちのやり取りを見てか、子供たちの中で一番背の高い女の子があたしの前に進み出た。名前を聞かなくてもわかった。
目を閉じていたし、身体もあたしの背丈に近いところまで成長していたから。
「あなたがリセリちゃん?」
「はい……白化病の隔離病棟へようこそ、コムギさん」
綺麗で華奢な子だった。黒い髪を腰まで伸ばしていて、雰囲気がすごくはかない。閉じていたその目が開かれると、瞳の色に驚かされた。
黒目の部分まで白く冒された瞳でその子はあたしを見ていた。
「美味しそうな匂い……」
「あ、うんっ、ジョーグさんから話を聞いてねっ、みんなのためにパンを焼いてきたのっ!」
あたしがそう言うと、レキちゃんがサイドバッグを足に吊して持ってきてくれた。
「ありがとっ、ほらっ、美味しそうな匂いでしょっ!」
サイドバッグのふたを開けると、目の前のリセリちゃんのお腹が鳴った。
「甘い匂いがします……。これは、林檎の匂い……?」
「うんっ、ジャムパンも入ってるよっ! お金なんていらないからみんなで食べてよ!」
そう言ってリセリちゃんにサイドバックを差し出すと、カールって男の子が飛んできて代わりに受け取ってくれた。
「リセリ、みんなに分けていいか?」
「うん……コムギさんは、信用できる人だと思う……。この人、声に嘘の揺らぎが全くない……」
「みんなっ、パンだっ!! あのお姉ちゃんがすげー美味しそうなパンをくれたぞ!!」
カールという男の子が仕切って、あたしが焼いたパンをみんなに分けてくれた。
もう1つのサイドバッグとリュックには長期保存ができる堅焼きパンがぎっしり。チーズも詰めてきた。
「ぁ……すごい……こんなに美味しいパン、初めて……。うぅ……なんだか、嬉しいよぉ……」
「パン食べたの、久しぶり……」
「お母さんと食べたパンと、同じ味がする……」
食堂なんてここにはないそうだ。地べたに座って子供たちは土に汚れた手で食事を始めた。
「ありがとう姉ちゃん、最近まともな物食べてなかったから……みんな喜んでる。ていうか美味いっ、やるじゃん姉ちゃん!」
「カール、失礼ですよ……。でも、本当に、美味しい……」
カールくんもリセリちゃんも美味しそうに食べてくれた。そんなみんなをジョーグさんがすごくやさしい顔で見守っている。
だけどどうしよう。思っていたよりずっと酷い生活だった。こんな支援じゃ焼け石に水だ。ジョーグさんが言う通り、サジタリウス=ハレーにきてもらった方がいい。
「ジョーグさん……こんな私たちのためにありがとう……」
「お、おぉ……リ、リセリ……ッ」
リセリちゃんは気配だけでジョーグさんに気付くと、甘えるように彼の腰に抱き付いた。
「でも、最近きてくれなくて、寂しかった……」
「す、すまねぇだ……。オ、オレ、みんなのこと、どうにかしたくてよぉ……」
「本当に、寂しかったんです……」
子供が庇護者に甘えているだけ。最初はそう見えたけど、だんだん別の光景に見えてきた。
リセリちゃんはジョーグさんから離れない。もう二度と離れないと言わんばかりのくっつきようだった。
「リセリ……オ、オレは、お前が思っているような男じゃないだ……。オレは、君たち人間族から見ると、とても醜い生き物だよ……」
「そんなことないです……」
あたしはリセリちゃんの目を治すためにやってきた。これからリセリちゃんの目を、確実に治せるかわからないけど、治る可能性のあるパンで治療を試みる。
だけどこうして見たところ、リセリちゃんは……。
「貴方がどんな姿であろうと、貴方は世界で一番かっこいいジョーグさんです……」
「リセリの言う通りだぜっ、ジョーグほどカッコイイ男は他にいないぜっ!」
カールくんや他の子たちも賛同した。でもリセリちゃんがジョーグさんに寄せる感情は、この子たちと少し違うと思う。
鈍感なあたしでもわかる。リセリちゃんはジョーグさんに恋をしている。イノシシの顔をその目で見ていないから。
「……聖女さま、お願いするだ」
「え……で、でも……えぇぇ……っ?」
目、治したら、どうなっちゃうの……?
目、治った方が絶対いいけど、二人の関係は……どうなるの!?
「リセリの幸せのためにも、頼むだ……」
この依頼ってそういうこと……?
リセリちゃんは目が見えないから種族の壁を越えてジョーグさんに恋をした。でももし目が治ったら、リセリちゃんは現実を突き付けられることになる。
「リセリ……こちらのコムギ様は、かつてはユーパトリウムで聖女と呼ばれていたお方だべ」
「聞いたことがあります……。私は辺境生まれなので、詳しくはありませんが……」
「オレはこの方に、リセリの目を治してもらうよう頼んだだ。聖女様は、お前の目を治せるかもしれないパンを焼いて、わざわざ食べさせにきてくれただよ」
ジョーグさんは自分の姿をリセリちゃんに見せるつもりだ。ここまで説明されたら、あたしも出さないわけにはいかない。
迷いながらもあたしは[ブルーベリーのミルフィーユ]をリュックから出して、包みを解いてジョーグさんに渡した。
美味しそうなケーキの登場に子供たちが声を上げていた。ジョーグさんはそれを木のお皿に乗せて、木の串で切って、リセリちゃんの小さな口に運ぶ。
「恋人みたいで、恥ずかしいです……」
「これで目、治るといいな……。ちょっとでもよくなったら、リセリの未来も拓けるだ……」
リセリちゃんはあたしが焼いた[ブルーベリーのミルフィーユ]を幸せそうに食べた。それが恋の終わりをもたらす劇薬になるかもしれないのに、彼女は知らずに幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。
「あの、ジョーグさんっ、それ以上は……」
「聖女さまはやさしいべな……。でもこれでいいんだ。リセリにも現実を知って大人になる時がきたんだべ……」
治った目で恋する相手の毛むくじゃらの姿を見れば、リセリは他の男の子に気を向けるようになる。ジョーグさんはそう言いたそうな顔だった。
「目はどうだ、リセリ……?」
壊れ物に触れるかのようにジョーグさんは大きな身体でリセリちゃんの身を案じる。ジョーグさんは姿とは正反対に声がすごくやさしくて、目の見えない女の子がこのやさしさに恋をしてしまってもちっとも不自然じゃなかった。
「ジョーグさん……わ、私……」
「だ、大丈夫だべか……? 合わないならもう止した方が……」
「私、もう二度と、光を見ることなんてないって……諦めていたのに……」
「お、おお……リセリ……!」
その[ブルーベリーのミルフィーユ]の鑑定結果は『視力が戻る』だった。昨日試食してみたら、子供の頃のように遠くが見えるようになった。
「白い光を感じます……。真っ暗闇だった私の世界に、光が……戻ってきました……」
「よかった……。もっと食べたら、もっとよくなるべ……。さあ、口を開けて」
「私、早く貴方の顔を見たいです……」
リセリちゃんはジョーグさんに甘えるようにくっついて、彼の運ぶ甘いミルフィーユを舌に滑らせた。
彼女は一瞬でも早く愛する彼の姿を見ないと言わんばかりに、ジョーグさんの顔ばかりを見上げていた。
あたしはなんてことをしてしまったんだろう。人を救うつもりで作った食べ物で、一人の女の子を不幸にしようとしている……。
リセリちゃんの真っ白に染まっていた目が少しずつ、水色の色合いを取り戻していっている……。
「あ、見えて、きました……! 貴方の、姿……でも、まぶしくて、よく、見えない……」
「なら、こうすれば見えるべか……?」
ジョーグさんが立ち上がり、大きな身体でリセリちゃんの前に影を作った。




