・真実の目で私を見て - 白化病の村 -
魔界のカレンダーは不思議だ。あたしの国では7日で1週間なのに、ここでは5日で1週間が過ぎる。
ユーパトリウム生まれのあたしからすればどこか変な感覚だけど、慣れてくると断然こっちの方が暮らしやすかった。今となっては平日が6日もあるのは、働くのが好きなあたしでもちょっと長いと思う。
今日は休息日――の翌日にあたる赤の日。うちのお店の定休日だ。
いつもはベッドでゆっくりしながら修行に行くソフィーちゃんを見送る日だけど、今日は一緒に起きてパンを焼いた。
「レキちゃんさま、お姉さまをお願いしますのです……!」
「ぎゃぅ……♪」
「ぴぃっ、一緒にいかないのですよーっ!?」
「クルル……? かぷ……」
「ギャーー!!」
子供たちへの差し入れが焼き上がると、ソフィーちゃんは修行のためにお城へ飛んでいった。お師匠様には無理しなくていいって言われているらしいけど、ソフィーちゃんは修行をがんばりたいみたい。
逃げるようにお店のホウキでお城の空に消えるソフィーちゃんを追いかけて、あたしもお店の戸締まりをした。
麦藁のリュックをレモンちゃんにお願いして、麦藁のサイドバッグ2つを自分の両肩にかけて、重たい荷物と戦いながら待ち合わせ場所の城門前に向かって歩く。
「ようパン屋、今日も働き者だなぁ!」
「いつもリスティスが迷惑かけてごめんねー」
「ねぇねぇ一曲歌ってかない、パン屋さん?」
「今日はポン菓子買ってかないのか?」
お城の前の広場は誘惑が多い。美味しそうなお菓子の屋台や、歌うのが好きなハーピー族やネレイド族からのお誘い、世間話をしたがるおじさんたちに呼び止められる。
いつものおやすみなら一緒にお喋りしたり歌っていたところだけど、今日は断って、ポン菓子だけは誘惑に負けて買ってから、ジョーグさんが待つ城門前へ歩いていった。
「お、おぉ……っ、その荷物っ、全部あの子たちへの差し入れか……!?」
ジョーグさんはあたしを見つけると驚いてこっちに駆けてきた。
「はいっ、お腹いっぱいになってほしいですし! なんか作り過ぎちゃってました!」
「ぉぉ……オ、オレ、感動した……。これまで誰にも見向きもされなかったあの子たちに、こんなにもたくさんの支援を……」
「えへへ、もっともっと作りたかったんですけど、運ぶとなるとこれが限界みたいで」
「とんでもねぇ! あの子たちが喜ぶべ……!」
ジョーグさんも革の大きなバッグを肩にかけていた。あたしが注目すると、ジョーグさんはバッグを開けてみせてくれた。
「わ、オモチャだー!」
「薬と布もたくさん買った。……だけど、本当にその小さなドラゴンで国境の森へと飛ぶ気だべか……?」
「心配いりませんっ、この子たちすごいんですから! レモンちゃんっ、ちっちゃくなって!」
お願いするとレモンちゃんは手のひらサイズまで小さくなってあたしの手に飛び乗った。驚くジョーグさんの前でレモンちゃんをポケットに入れる。
「こ、こんなにすごい魔法使い、オレ見たことねぇべ……!」
「すごいのはあたしじゃなくて、この子たちです。レキちゃん、元の姿に戻って!」
「そのドラゴンの元の姿、だべか……? ん……な……っ、ぬおわぁぁぁぁーーっっ?!!!」
お城の前の広場に人々の悲鳴がこだました。
サジタリウス=ハレーの市民が憩う麗らかな広場に、巨大なドラゴンが現れたら騒ぎにならない方がおかしい。
そこはわかっていたことだから、あたしはすぐにリュックを背負ってレキちゃんの背中の上によじ登った。
「大丈夫ですっ、さあ乗って下さいっ!」
「の、乗れと言われてもっ、ぬうぅぁぁぁっっ?!!」
レキちゃんはジョーグさんの目の前に頭を置いた。自分の頭に上って背中側に移るようにうながした。
ジョーグさんは飛び退いて、短い槍に手に取ってレキちゃんに向けていた。
「ぎゃおぉぉぉ……」
「あ、す、すまねぇ……。けどよ、ビックリするべよ、こんなのよぉ……」
「早く乗って下さいっ、広場の人の迷惑になりますしっ!」
「お前さんがそれ言うべかぁーっ?!」
ジョーグさんがレキちゃんの頭から背中に渡ってきた。あたしは前を譲って、腰掛けるジョーグさんの背中に腕を回した。
「ぬぉぁっ?!」
「わーっ、ごわごわしてるー!」
「わ、若い娘さんがこんなこと……っ、う、うぉぉ……っ?!」
レキちゃんが翼を羽ばたかせると、その巨体が宙に浮き上がった。魔法の力で浮かぶ竜は『ぎゃぅぅぅっ』と喜びの声を上げて、あたしたちをサジタリウス=ハレーの天空に運んでくれた。
「わぁーっ、すごーい!! ジョーグさんっ、子供たちがいる森はどっちー!?」
「ひ、ひぇ……っ、と、とんでもねぇ人を頼ってしまっただぁぁ……っっ」
あたしたちは風となって空を駆けた。渡り鳥を見下ろすほどの高さから、深く広大な魔界を太陽を右手に駆け抜けた。
「速い速い! レキちゃんすごーいっ!!」
「あ、歩きで3日かけてきた距離が……っ、なんてすごいお人だべ……っっ」
「あははーっ、ユーパトリウムとの国境って意外と近いんですねーっ! ……あれ? もしかしてあたし、このまま里帰りできちゃうんじゃ……」
すごい事実に今さら気付いてしまった。さらわれて魔界にやってきたけど、いつだってあたしは元の暮らしに戻ることができる。
だけどそれは腹違いの妹のためにならない。勇者様に会えないのは寂しいけど、あたしはユーパトリウムに戻るべきじゃない。
「あ、あそこの森だべ……」
「レキちゃんっ、もうちょっと右だって! レキちゃんが速くてジョーグさんすごくビックリしてるよ!」
「ぎゃぅぅぅーっっ♪」
30分もしないうちに目的地が見えてきた。見えてきただけでまだ距離はあるけど、このペースならあと数十分ってところかも。
国境にはユーパトリウム王国の大長城がそびていた。その手前には深く広大な森や、山頂に雪の積もる山岳が続いていて、森の外には魔王軍側の砦も見える。
あんなに深く妖しい森の、2つの敵対勢力の境界線に捨てられるなんて、そんなのあんまりだ。そんな土地の、病気を患った子供たちに手を差し伸べるジョーグさんはなんてやさしくて尊敬できる人だろう。
ここまできたらユーパトリウムの領土まで目と鼻の先。でもあたしは帰らない。今ではサジタリウス=ハレーのパン屋さんだから。
「あ、もしかしてあそこが子供たちの村ですかー?」
「ちょ、ちょ待つべ……!? 確かにあそこだと思うべが……っ」
「レキちゃん見えるーっ? あそこに降りて!」
「ドラゴンで乗り込んだら子供たちが驚くべよぉーっっ?!!」
「……あっ!?」
だけどレキちゃんはもう降下に入っている。そもそも辺りは森林で、レキちゃんの巨体で降りられる場所は他になさそう。
「他に降りられそうな場所ないですし、降りてから説明しましょう!」
「な、なんてことだべ……」
都を出発してより1時間もかからない旅だった。あたしたちは見るからに貧しい、ボロボロで年季の入った村の広場に着陸した。
ドラゴンの襲撃かと思って子供たちの悲鳴があちこちから響き渡った。
「みんな逃げちまったべっ、ムチャクチャだべよ、パンの聖女様っっ!!」
「ごめんなさい……。あっ、あそこに子供……!」
老朽化で真っ黒になった木造住居の壁から、まるで白いお化粧をしたように真っ白な顔をした男の子がこちらをのぞいていた。
これが白化病。確かに同じ人間として見ると少し不気味だけど、ロベールさんたち魔人族や魔族さんたちを見慣れた今はなんてことはない。
病気で肌の色が変わっただけで迫害を受けるなんて、なんて酷い話なんだと思った。




