・真実の目で私を見て - バキバキのパン泥棒 -
約束の日まであと1日。
朝市でやってきたコボルトの親分さんに[トマトチーズブロッコリーロールパン]をプレゼントした。
「いいのか? 舎弟どもはブロッコリーが大好物でな、くれるというならありがたく貰うが……。何……?」
そのパンの特別な効果を説明すると親分さんは鋭い目を開いて驚いた。
「そりゃ助かる! 最近あいつらブクブク太ってきててな、ダイエットさせようかと迷っていたところだったんだ!」
「え、それってもしかして、うちのパンが原因だったりしますか……?」
「違うね、自己管理できねぇやつが太るんだよ。……俺はこれからもここのパンを舎弟どもに食わせ続けるぜ」
「へへへ、そう言ってくれると嬉しいです。いつもお店にきてくれてありがとうございます」
親分さんは見た目は食べられちゃいそうで怖いけど、仲間想いのやさしい親分さんだった。
「とんでもねぇ。実はここのパンを食うと少しだけ強くなれる――ってコボルト族の中で噂でな……。やつらを鍛えている俺から言わせると、案外それもあり得る」
親分さんは今日もジャムパンやスコーンを朝一のフードコートでこっそり食べてから、パンを山ほど抱えてお城に帰って行った。
あたしのパンで兵隊さんたちが強くなるなんて話が出来過ぎだと思うけど、これまでを振り返れば何が起きていてもおかしくはなかった。
「お姉さま、今日はボーッとしてる時間はないのですよー!」
「あ、そうだったね! 試作もしないといけないし、がんばらなきゃ!」
レキちゃんとレモンちゃんがきてから、リスティスちゃんのお手伝いは隔日になった。それでも怠惰な夢魔族からすれば、奇跡的な働き者になるそうだ。
ともあれ今日も一日、新しいパンの試作の時間を作るためにも一生懸命働いた。
一番人気は青林檎のジャムパンで、焼き上がると棚に並ぶことなく全部売れてしまうほどの大人気。
二番手はバゲットで、三番手が蜂蜜入りスコーン。パンの端切れをまとめたパンクズは、ネレイド族さんと鳥人族さんにすごく人気があった。お金を出してまで端切れだけを食べたい気持ちはちょっとだけわかる。
お店は今日も大盛況。お客さんの中には2階のフードコート狙いの人たちも割といて、待ち合わせをしたり、時間をつぶしたり、旅の疲れを癒したりと、満席になることも珍しくなくなっていた。
「ちょぉぉぉぉーっっ!! ちょっとこれっ、どういうことだしぃぃーっっ?!!」
ところがランチタイムが過ぎた頃になると、珍しいローブ姿のリスティスちゃんがパン工房に乗り込んできた。
「あ、リスティスちゃんだー! いらっしゃーいっ、遊びにきてくれ――」
「アンタうちになんの恨みがあるわけーっっ?!!」
「えっえっ、急になんの話……? なんで怒って――わぁぁーーっっ?!」
リスティスちゃんがあたしの前でローブを脱いだ。それだけであたしはリスティスちゃんの身に何が起きたのかを理解した。
リスティスちゃんは同姓から見てもかわいくてセクシーな女の子だ。そんな女の子の腹筋がバキバキに割れていた。ふっくらしていたところが引き締まって、リスティスちゃんの全身が立派な細マッチョ体型になっていた。
「アンタのパン盗んだらっ、こうなったっ! どうしてくれるのよぉーっ、これーっっ!!」
「わぁぁぁ…………」
「感心してないでなんとか言いなさいよぉーっっ!!」
「すごーーい……」
リスティスちゃんが怒ると、腹筋もピクピク震えていた。彼女は不満そうだけど、控えめに言ってかなりかっこよかった。
「早く戻しなさいよぉーっっ!!」
「えぇ……っ、戻せと言われても……」
「戻してよっっ!!」
「も、戻せない……かも……」
そう答えるとリスティスちゃんの顔が青ざめた。
勝手に食べたリスティスちゃんが悪いのか、それとも姿を豹変させる危険物を作ったあたしが悪いのか。盗み食いを今さら責める気にはなれない。
「あ、でも、太るパンならあるよ……? それ食べたら、お肉で筋肉隠れるかも……?」
「んーっ!!」
リスティスちゃんは半泣きであたしの前に手を突き出した。あたしはバスケットに保管しておいた[ゴマのバゲット]を取り出して、カットしてからリスティスちゃんにあげた。
「これはね、太る代わりに快眠と健康が得られるパンなんだって」
「わけわかんないパンばっかり作らないでよっ! そっち盗ってったらもっと悲惨だったってことじゃない!!」
欲しいなら欲しいって言ってくれたらあげるのに、どうしていちいち盗むんだろう。夢魔族さんって不思議な人たちだ。
「はーー、美味しいのが二重に腹立つー……」
「えへへ、ありがとー!」
「盗んだのに怒んないところも嫌い……。アンタなんか大っ嫌い……!」
美味しさに口元をほっこりさせながら言われてしまった。ゴマパンが少しずつリスティスちゃんをふっくらさせていって、手足やお腹に現れていた筋肉の筋を隠していった。
「まだちょっと割れてる気がするー……。次は筋肉なくなるパン作りなさいよー……っ」
「そんな危ないパン作りたくないよーっ!?」
少し筋張った感じは残ったけど、全身が引き締まったかっこいい姿になったと思う。リスティスちゃんもそう思ったのか、次第に落ち着いていった。
「えっと、かっこいいよっ! あたしももうちょっと食べておけばよかったかなって、思うくらい!」
「バーカ!」
リスティスちゃんはそう言いながら砂時計を確認して、ミトンを手にはめて、翼を羽ばたかせてパン焼き窯を開けた。
それから窯から熱々のバゲットを出して、冷却用のパレットの上に運んでくれている。
「手伝ったげるから筋肉落とすパン作りなさいよ」
「ごめん、今ちょっと立て込んでるの。昨日リスティスちゃんが帰った後、イノシシみたいなオークさんがきてね、それでね……」
あたしの説明をリスティスちゃんは静かに聞いてくれた。子供たちの身を案じてか、胸を痛めるように胸元を抱いた。
「そのジョーグってやつさ、どうしてそんなにその子の目を治したいんだろ……」
「え、なんでって、見えた方がいいに決まってるよ?」
「単純……。それにその村の子たちもバカだよ……。自分を捨てた親が戻ってくるわけないじゃん……」
レキちゃんがパタパタと厨房にやってくると、リスティスちゃんはバゲットを販売籠に差してドレスアップした。
なんか普通に、お休みの日のはずなのに、リスティスちゃんがお店を手伝ってくれて嬉しかった。
レキちゃんはバゲットが入った籠を足でつかんで、翼を羽ばたかせてお店に戻っていった。




