・ハッピーな厚遇
毎日元気に働いていたから時間の感覚があいまいだけど、あれから半月もしないうちにまた勇者様が田舎町にやってきた。
「また粉まみれになっている……」
「えへへへ……」
製粉小屋で働いているのだから粉まみれなのはご愛敬。綺麗にしろと言われても仕事中はなかなか無理だった。
「仕方ない、都に着いたら服を買ってあげよう。その服はクリーニングだな……」
「い、いいよぉ……っ。って、都……っ!? あたし帰りたくないんですけどっ!!」
「大丈夫、詳しい話を聞けば君は必ず気を変える」
「えー、そんなことないと思うけどなぁ……」
詳しい話を聞くと気が変わった。あたしは望んで勇者様の白馬の後ろにまたがり、腹筋カチカチの腰に腕を回して、おばさんたちに手を振ってから、都までの強行軍の旅をした。
勇者様の馬は速い。それにやさしくてかわいい。この子に運ばれて都に着いたら新しい[お仕事]があたしを待っている。
「えへへー、ありがとうっ、本当にありがとう、勇者様!」
「感謝ならルーベルにもしてやってくれ。俺は名前を貸しただけで、難しいことはルーベルが全部やってくれたんだ」
「ルーベルさん、元気?」
「友達になった。彼は少し気難しいけど尊敬のできる人だ」
都に着くとあたしはとあるパン屋さんの前に降ろされた。もう日が暮れていたけど蹄の音に気付いてか、中からお店のご夫婦さんが出迎えてくれた。
「レイン、この子が言っていた子だね?」
「まあかわいい……。それに、ふふふ……働き者なのね♪」
「ど、どうも、こんに――じゃなくて、こんばんはっ! 勇者様のご紹介で、今日からここで働かせてもらうことになりました、粉挽きのコムギですっ!!」
パン屋。製粉のお仕事を始めてからずっと気になっていた。自分が挽いた小麦粉はこの後どうなるんだろう、と。
あたしは今日からここで住み込みで働く。気になって止まないパン屋さんで働かせてもらえることになると聞いて、あたしはすっかり気を変えていた!
「元気で結構、これは頼りになりそうだ」
「さ、中へどうぞ。店の残り物でよかったらたくさん食べてね」
「い、いいんですかぁーっ!? やったぁーっ!」
勇者様と一緒にお言葉に甘えた。
ご夫婦が作ったパンは最高だった。勇者様が都一番のパン屋と言うのは誇張じゃなかった。
こんなすごいパンを作るお店で働けるなんて、あたしはすごくついていた!
「ごめんなさいね、急な話だったから……」
「いえっ、廊下で寝るつもりでいましたからっ、むしろ嬉しいです!」
「ふふふ……今時珍しい子ね」
部屋は物置同然になっていた息子さんの部屋を借りた。独立してもう5年も帰ってきていないそうなので、お言葉に甘えて使わせてもらった。
・
それから次の日の朝になると、勇者様が店にやってきて、あたしを都のバザーに連れ出した。
「こ、こんなに買って貰えないですよぉ~っ!?」
「これもルーベルとの折半だから気にすることはない」
「で、でもぉ……」
勇者様は服を買ってくれた。粉まみれのドレスを脱いで洗濯できるように、一式全部を買ってくれた。
「いいんだ。出し合った予算を使い切らなかったら、むしろルーベルに俺が怒られる」
中でもお気に入りは緑のエプロン。いかにもパン屋さんって感じがして好き!
次が白のスカート。お屋敷で暮らしていた頃はロングスカートしかはかせてもらえなくて、すっごく動きづらかった!
シャツも肩が出ていて涼しい。
さらにヘアバンド、肌着、歯ブラシからマイマグカップまで、勇者様はなんでも買ってくれた。
「ありがとうっ、すごく気に入った! 本当にありがとう、勇者様! ルーベルさんにも会ったらお礼するっ! いつか恩返しするよっ!」
「君を見ていると健康な心を取り戻せるよ」
「へ……?」
「社交界に身を置くと、人間の汚い部分を嫌と言うほど見せられてね」
あ、それはわかる。心から交流を楽しんでいる人たちもいっぱいいるけど、社交界って笑っているのに笑っていない人たちもいっぱいいる。
勇者様は疲れたような顔でため息を吐いた。
「じゃあ! 助けてもらったお礼に美味しいパンを作って癒しますねっ!」
「はは、それは楽しみだ。聖女の作る魔法のパンを期待しているよ」
「ええっ、そんなすごい力ありませんよ~っ!?」
「領地であれほどの力を披露して、まだそんなことを言うのか君は」
買い物が終わると店まで送ってもらった。
「まあかわいい……ほら見て、あなた!」
「ふんっ、レインめ、色気付きおって。まあ、あのままの格好で店に立たれても困るが。……うむ、様になってはいる」
「あなた、いつまでもレインを子供扱いしてはいけませんよ」
ご夫婦が新しい服を褒めてくれた。
ご夫婦は勇者様が幼い頃からの知り合いで、話によると昔の勇者様は貧乏だったそうだった。
「もう勘弁してくれよ、おじさん……。じゃ、またな、コムギ!」
勇者様は『明日から魔物を討伐に行くから』と言って、逃げるように店を出て行った。
「お仕事、手伝います! 何をすればいいですか!?」
「今日はもう休んでもいいのよ?」
「いえっ、あたしもっと知りたいんです、パン屋さんのことっ!」
「では軒先の掃除を頼もう。まずはご近所さんとの交流からだ」
「はいっ、精一杯がんばります!」
ほうきを握ってお店の周囲を奇麗にした。言われた通りに3軒先のお店まで掃除して回ると、ご近所さんや通りがかりの人に声をかけられた。
「息子さんが出ていってからもう5年か。やっと人を雇うようになって安心したよ」
「え、そうなんですか?」
「俺が知る限り、君が5年ぶりの店員だ。いいか、裏切るんじゃないぞ」
人生、色々?
ご夫婦は色々あるみたいのにあたしを雇ってくれた。ますますこれはがんばらなきゃいけないと思った。
「わっ!?」
それからパン屋さんから左に3軒を奇麗にして、右側3軒の掃除に入ろうとすると、お店がお客さんでごった返していた。
「ああ、やっと戻ってきてくれたのね! お店、お店手伝ってぇ……お願いよ~っ!」
「若い娘を表に出して男を釣ろうとしたのが、裏目に出た。このままでは午後の分の仕込みもままならん……」
「ふ、ふぇ……っ!?」
初めての接客業務は満員大入りのパン屋さんだった。
「が、がんばりますっ!!」
旦那さんとバトンタッチしてパンの販売のお手伝いをした。お店の混雑は次第に落ち着き、最後のお客様に最後のプレッツェルを売ると、お店の棚が空っぽになっていた。
「ふぅ……あなたがきてくれたおかげかしら……?」
「そ、そんなわけないですよ~っ!?」
「だけどこのままだと午後のパンが足りないわ。旦那を手伝ってきてくれる?」
「はいっ、喜んで!」
ラッシュも乗り切れたし、なんだか上手くやっていけそう。あたしはキッチンに戻って、旦那さんにパンを作り方を教わった。
「これがレインの言っていた聖女の力か……?」
「え、何がですか?」
「いつもよりも、パン生地の成熟が速い……」
「もしかしてあたし、失敗しちゃいました……?」
「まさか。上出来だ」
褒めてもらえてすごく嬉しかった。
その後、あたしはパンの焼き方を教わって、昼を過ぎると自分の仕込んだ分のパンをお店に出て売った。
するとおやつ時を待たずにまたもや全品欠品。最後の仕込みの分も4時過ぎには消えて、早めの店じまいをすることになった。
「まさか、自分たちの夕飯まで売ることになるとは」
「ふふふ……今日は外食ね」
わーい、今日は外食だーっ! って!?
「えーーっっ!? あたし自分が焼いたパン一口も食べてないんですけどぉーっ!?」
「あら、あなたはつまみ食いはしないのね? すごく美味しかったわよ、あなたのパン。とってもふわふわで」
「そんなぁっ、ずるいですよぉ~っっ!?」
奥さんはつまみ食いの常習犯。出来立てを前にすると我慢ができないと、旦那さんが教えてくれた。
「ふむ、コートと帽子はどこにやったかな」
「ふふふ、家を出るならお化粧をしないと」
「うぅ……あたしのパンが……」
その日はまだ空の明るい夕方に戸締まりをして、ご近所の大衆レストランで夕飯を食べた。
粉挽き小屋での素朴な暮らしもよかったけど、パン屋さんでの生活はもっともっと楽しかった。
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