・ハッピーな冷遇
話は飛ぶけどそれから半月後、あたしは田舎のとある町で石臼を回していた。
石臼っていうのはハンドルの付いた石の道具で、真ん中の穴に何かを入れると、それをすりつぶすことができる便利な道具だ。
「ぐーるぐーる……ぐーるぐーる……」
入れて、回して、擦り潰して、また入れる。できた小麦粉は麻袋に詰めて、また石臼を回す。
そんな生活をかれこれ10日以上続けている。
「はぁ……幸せ……。ぐーるぐーる……はぁ……っ」
公爵様も妹とグルだったみたいで、あたしは早々に屋敷を追放された。都から遙か東にあるブランウィード家の領地に追いやられて『ろうえき』というのをさせられている。
でもあたしは幸せ。だってあたしは元々庶民だ。やっと息苦しいお屋敷での生活を離れられて、やっと夜会のない生活ができるようになった。
「もうこんなに挽いてくれたのかい!? アンタはホントに働き者だねぇ!」
「えへへー、ありがとうおばさん!」
それにみんな親切だった。働けば働くほどに、風車で働く田舎町の人たちが喜んでくれた。
「若い娘さんにこんなことさせちゃって悪いねぇ……。この季節は風車だけじゃ手が回らなくてさ……」
「いいんですよー、楽しいですからーっ!」
「とはいっても結構大変な力仕事だよ……? つらいなら言ってくれよ、代わりをよこすから」
「それじゃおばさんたちが公爵様に怒られちゃいますよ」
「かまうもんかいっ、アンタは十分働いてんだ!」
風車の人たちとおしゃべりをしながら、毎日粉を挽いて暮らした。ろうえき、楽しい。いっぱい働いて、いっぱい食べた。
式典や夜会に参加して、偉い人にご挨拶をして暮らす毎日よりずっと今が輝いていた!
「おばはん、そっちはいらんから聖女様が挽いた小麦粉を回してくれよ。ソイツが回すと白いパンになるの知ってんだぜ」
不思議なことがあるもので、あたしが石臼を回すと不思議な力で石臼が守られて、小麦粉に石が混じらなくなるみたい。
それに気付いたちょっと口の悪い女の子があたしが挽いた小麦粉を仕入れにきた。
「何言ってんのさ、アンタ自前でパンを焼いてるんじゃないだろうね? 領主様に知られたら牢屋行きだよ?」
「いいから売ってくれよ。よう聖女様、元気かよー?」
「うんっ、元気元気ーっ!」
「聖女とか信じてなかったけどさ、あたし。アンタは本物の聖女だよ。みんな喜んでんだからさ、いっぱい粉を挽いてよ!」
「ほら、コムギの白い小麦粉だよ。都のやつらに気付かれる前にさっさと行きな」
「ありがとよ、おばはん」
「口の悪い子だねぇ……」
あたし、今日まで全然知らなかった。うちは生鮮野菜ばかり作っていたから、小麦農家の人がこんな苦労をしているなんて知らなかった。
「ねえおばさん、勝手にパンを作ったら、なんでいけないの?」
「それがブランウィード家の商売だからさ。アンタにこんなことをさせている連中はね、[製粉ギルド]ってのを作って商売を独占しているのさ」
「へーー……」
よくわからないけど、なんとなく3割くらいはわかった。
「ふわふわした子だねぇ……。つまりアンタの家が、安くパンを売る邪魔をしてるのさ!」
「あ、それならわかる!」
「本当かねぇ……?」
「わかるよーっ、パンが高くなったらみんなが困るもん!」
あたし、こっちにきて聖女の力が強くなったみたい。まさかこんな形でみんなの助けになれるとは思わなかった。
「ともかく疲れたら言うんだよ……?」
「全然っ、楽しーよっ!」
「バカ! 楽しくても身体は疲れるんだよっ!」
みんないい人であたしは幸せだった。ずっとここで粉を挽いて過ごせたらいいのにと、本気で思っていた。
・
そんなある日、都からすごく離れているというのに、あたしが働く風車小屋に勇者キュルクレイン様がやってきた。
「ゆ、勇者だ! ここにサインしてくれっ、転売するからっ!」
「バカ言ってんじゃないよっ、アンタどんだけ業突く張りなのさ!」
「頼むよ、腹空かせてる兄弟が13人いるんだよ!」
「ごめんねぇ勇者様、コムギお嬢様ならこっちだよ! ちょっと白っぽくなってるけど、アタシらが虐待してるわけじゃないんだよ!?」
そんなに白っぽいかなと服を見回してみたら、小麦粉で服が真っ白になっていた。
「なっ、大丈夫か、コムギッ!? おいアンタたちっ、なんだこの格好は!?」
夜会の席で見た勇者様は取り繕った勇者様だった。お礼にお家の大掃除をしたあの日から、あたしたちはすっかり打ち解けていた。
「あ、違うの、ここで働いてるとこうなっちゃうだけだから! いらっしゃい、勇者様っ!」
「とにかく外に出よう! 君たちは女の子をこんなにこき使って平気なのかっ!?」
「ええええーっ、でもあたし、もっと働きた――あぁぁ~~っ!?」
勇者様に引っ張られて製粉小屋を出ると、なんかすごくまぶしかった。そういえば昼間に外に出たのってしばらくぶり……。
「ルーベルから話を聞いてやってきたんだ。あいつら、君がお人好しなのをいいことに24時間労働をさせてるらしいな!?」
「違うよーっ、15時間労働だよー」
「頼むから少しは人を疑ってくれ!!」
「あははは、わぁ~、すご~い♪」
勇者様は真っ白になったあたしの頭や肩を叩いてくれた。それから叩いても叩いても小麦粉が舞い上がる女の子に頭を抱えてしまった。
「ルーベルと協力してこのことを直訴する。すぐに君を屋敷に戻してあげるよ」
「ええええーっ、それは嫌だよっ!? あの屋敷に戻るくらいならこの製粉小屋に引きこもって暮らすよ、あたしっ!」
「そうか……。ならあっちで君が自立できるように支援しよう」
「いいよ! あたしここがいい、ここの生活が楽しいもん!」
「君は不当に扱われている! 君の妹、あの性悪女は君が労役にあえぐのを楽しんでいるんだっ!」
「なんでー? ろうえき、楽しいよ~!」
「なぁ……っ?! こ、この子は…………くぅぅ……っ」
「でも勇者様、きてくれてありがとう! 久しぶりにおしゃべりできて楽しい!」
ニコニコしているあたしに勇者様は言葉を失って困り果てた。そこに製粉小屋のおばさんがやってきて、勇者様を呼んだ。
「この通りの子であたしらも困ってるんだよ……。いや、助かってるよ、助かってるのさ……でもね、困ったものなのさ……」
「いえ、すみません、先ほどは失礼なことを言ってしまいました。コムギが笑顔でいられるのはきっと皆さんのおかげなのでしょう」
「明るくて楽しい子だよ。でもね、いくら領主様のご命令とはいえ、若い女の子を一日中製粉小屋に押し込めるのはあたしらだって胸が痛いさ……」
別に、あたしはこのままでいいのに……。
「本人は全く苦にしていないようだけどね……。この子が挽いた小麦粉は混じり気なしの最高級の白パンになるんだよ。まさに田舎町に降り立った聖女様さ」
「えっへんっ! なんか最近、調子がいいですっ!」
みんなが喜んでくれる。だからあたしはここに居たい。全く向いていない夜会だらけの都暮らしなんて合っていない。
「ここから救い出してやってくれよ」
「いらないよぉーっ!?」
「バカ言ってんじゃないよっ! 白馬の勇者様がきてるのに助けてもらわないなんて女の恥だよっ!」
おばさんに服を叩かれるとまた小麦粉が舞った。
「わかりました、協力者と共に最前を尽くします。貴方の話が本当ならどちらにしろ……彼女の実家は彼女を放置などしないでしょう」
「そうだね、この子は聖女だよ。正真正銘の、奇跡の力をもったやさしい聖女様さ」
私生活はだらしないのに外でしっかりしている勇者様は、もっと働きたいあたしを遠乗りに連れ出してくれた。
そういえばあたし、この町のことを全然知らない。白馬の後ろにまたがって町を巡るのは、働き足りないけどすごく楽しいことだった。
「アンタよかったねぇ……あんないい男に目にかけてもらえてさぁ……」
「ふふふ~、でも勇者様って、意外と残念なところもあるんですよ~?」
「あはは、男なんてそんなもんさ!」
その日からあたしは1日12時間しか働かせてもらえなくなった。勇者様には感謝しているけど、すごく不満だった。
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