・婚約破棄、全然OKです!!
「あたし、浮気なんてしてませんっ!! してませんけどっ、婚約の破棄なら全然OKですっっ!!」
「き、貴様ァァッッ!! そこをどけっ、勇者キュルクレインッッ!!」
「お断りします」
勇者様は徹底して真面目な人だった。彼は貴族の皆さんに負けず劣らず身なりがキッチリとして、背筋は常に伸びていて、歩き方もまるで兵隊さんみたいだった。
「後悔することになりますわよっ!?」
「この人は婚約の破棄に応じると言っています。これ以上は争う必要などどこにもないと思います」
「あ、ありがとう、勇者様……」
そう、婚約を破棄さえすれば、王子様とアムリスちゃんが幸せになれる。あたしは邪魔者だ、早く引っ込みたい!
「いえ、俺は思ったままのことを言っただけですから」
その人は大きな背中越しに後ろを見て、怒りも笑いもせずにそう言った。
「昔……」
そんな勇者様が小声でつぶやいた。
「兄に似たようなことをされたことがある。偽の証拠をでっち上げられて、父親の前で悪人に仕立て上げられた」
「だから守ってくれたんですか……?」
「いや、口と身体が勝手に動いただけかな。後で父に怒られる……」
偽の証拠……でっち上げ……あ、あれ……っ?
「あっ、これってもしかしてっ、アムリスちゃんたちが仕組んだ陰謀なのっっ!?」
あたしが浮気をしていることにすれば、王子様は婚約を破棄できる! そして前の婚約者のアムリスちゃんと婚約できる!
なるほど、そういうことだったんだ! 二人の愛のためなんだ!?
「…………あの、すみません、気付くのがだいぶ、遅くありませんか?」
え、あれ……?
もしかして気付いていないの、あたしだけだったの……?
「勇者キュルクレイン、この件は貴方のお父上に相談させていただくぞ」
「そこを突かれると痛いです。ですが俺は、師に教わった勇者の規範に則って行動しているだけですので、やはり譲れません」
なんて立派な勇者様だろう。キュルクレイン様は自分の立場もかえりみずにあたしなんかを守ってくれた。
でもこのままだと、勇者様にすごいご迷惑がかかることに……。ど、どうしよう……。
「やれやれ、見てくれの割に頼りない勇者様ですね」
ところがそこに気の強そうな声が響いた。
振り返るとそれはさっきの赤毛のお兄さんの声で、彼はあたしを追い越して勇者様と肩を並べた。……左手に骨付き肉を握ったまま。
「どうも皆様、私はホライズン商会のルーベルともうします。この頼りない勇者の代わりに、いたいけな少女の弁護をいたしましょう」
「貴様、平民の分際で王族に意見するか!」
「いえ、貴方方の魂胆が透けて見えてしまいまして」
「な……っ?! 何を言うっ!」
「王子殿下、貴方はその昔、そこのアムリス嬢からコムギ嬢に婚約者を乗り換えておりますね?」
その話は当時騒ぎになったけれどもう5年前のことだ。そんな昔のことをルーベルさんが知っていて驚いた。
「だ、だからなんだ……っ!」
「そうよっ、わたくしは平民の血の入った姉から王子様を取り返しただけよっ!」
ルーベルさんはお肉に食い付いた。
もしかしてさっき料理を守ったのは、自分が食べる分を守るためだった……?
「王子殿下、貴方の狙いはブランウィード家の長女が持つという[聖女の力]なのではございませんか?」
「黙れ!!」
説明が遅れたけど実は、あたしとアムリスちゃんには[聖女の力]と呼ばれるものがある。すごく時間がかかるけど、軽い怪我や病気くらいなら治すことができる。
「先日、そちらのアムリス嬢が王妃様のご病気を治療し、コムギ殿を上回る聖女の力を披露したのは、事情通ならば誰もが知る話」
「え、アムリスちゃんが……!?」
アムリスちゃんの力はあたしの半分くらいのはずだった。病気の治療なら症状を少しやわらげるくらいしか、アムリスちゃんにはできなかったはずだ。
そもそもあたしがブランウィードのお屋敷に引き取られることになったのは[聖女]の力が目覚めてしまったからだった。
「ふふふ、そうよ! わたくしの方が下民のお姉様より強い力を持っていたの! わたくしこそが真の長女なのよ!」
よかった! おめでとう、アムリスちゃん!
「そう、だから王子殿下はコムギ殿が用済みになった。そこの庭師が主人に逆らえないのをいいことに、偽の証人にでっち上げた」
へ……っ!?
「え、え……? え、えぇぇーっっ、そうなんですかーっっ!?」
「いささか飛躍した意見ですね。……しかし驚いたことに、彼は動揺しているようです」
そう勇者様が指摘してあたしたちの注目が集まると、ランパードお兄さんが震えた。注目されても顔を上げないのは、鈍いあたしから見ても怪しく見えた。
庭師のランパードお兄さんはいい人だ。脅されて偽証しているのが本当なら、それはあたしのせいだ。あたしがランパードさんに懐いたから、利用されてしまった。
「か、勝手なことを言うなっ!!」
「そうよっ、全部貴方の推測じゃないのっ!」
それはそう。でもルーベルさんの説には説得力があった。事実、夜会の出席者たちはもう誰も王子様の肩を持とうとしなかった。
「確かにルーベル殿の意見は推測に過ぎませんね」
「フ……言ってくれますね、勇者殿」
「しかし証拠もなしに、証人だけで人を訴える社会がまともなわけがありません。人を陥れ放題になってしまいます」
「フフフ……そうきましたか」
勇者様とルーベルさんが流し目を向け合った。笑ったりはしていないけど、そこに男の人同士の友情みたいなのを感じた。
「そこの庭師くん、君には早々に証言を取り下げることを勧めよう」
そう勇者様が勧めた。
「い、いや、俺は……ただ……」
勇者はこのユーパトリウム王国の男の子の憧れだ。ランパードお兄さんの胸にもよく響いた。
「大方脅されたのでしょうが、君もまた陰謀の加担者です。こうもこじれてしまった以上は、口封じに消されてもおかしくない状況ですよ」
「う……っっ、お、俺は……っ、俺だって、彼女にこんなこと……っ」
そこまで言いくるめられると、アムリスちゃんも王子様もそれっきり黙り込んでしまった。余計な一言がランパードさんを刺激しかねないと思ったのかもしれない。
ランパードお兄さんが悪い人じゃなくてよかった。
それを知れたのは勇者キュルクレインさんと商人ルーベルさんのおかげだ。感謝、感謝だった。
「そこの庭師は私が預かりましょう。勇者よ、君はコムギ嬢を保護して差し上げなさい」
「ああ、任せてくれ、ルーベル!」
信頼の証か、勇者様は言葉を崩して同意した。
「……無謀にも貴方が干渉したから、私も干渉したのです。人間も捨てたものではありませんね……」
「無謀じゃなかったら勇者なんて務まらないさ」
ランパードさんはルーベルさんに。あたしは勇者様に手を引かれてお屋敷を出ようとした。
「待て、そいつらを行かせるなっ!! 衛兵っ、正門を閉鎖しろ!!」
「そんな、相手は勇者様ですよ!? 勝てるわけがないですよ!!」
誰も勇者様の前に立とうとはしなかった。馬屋まで歩いて勇者様の白馬の後ろに飛び乗ると、ルーベルさんの馬車を引き連れてあたしたちは堂々と正門を突破した。
「後ほど使いを送ります。安全が確保されるまでちゃんと彼女の面倒を見るのですよ」
「あ、ああ……いや、そのことなんだが……」
「自宅に彼女を招きにくいですか? それはズボラな生活をしている自分のせいでしょう」
「え……?」
「ホライズン商会の目を甘く見ないことです」
一日やり過ごせば、その間にルーベルさんが話を付けてくれるという。今夜から一日、勇者様のご自宅のご厄介になることになった。
あたしは残された勇者様と夜の王都を駆けた。近所迷惑な馬のヒヅメが静寂を破り、勇者様のご自宅へとあたしを運んでいった。
「ごめん、散らかってるけど……」
「ううんっ、全然気にしない! だって感謝して――わぁっ、何このゴチャゴチャッ!?」
「本当にごめん……普通に、散らかっているんだ、うち……」
「わぁ……なんか、思ってた家と違う……。勇者様って、片付けができない人……?」
「しょうがないだろ、忙しいんだから……」
勇者キュルクレイン。夜会ではすごく立派な人に見えたけど、案外普通の人だった。少なくともその生活は男の人の中でもかなりズボラに見えた。
狭い家に脱ぎ捨てた服や私物が無造作に散らばり、床は埃まみれ。家の軒先も砂でジャリジャリだった。
あんな立派な身なりの人がこんなところで寝起きしているなんて、意外だ……。
「しょうがないなぁーっ、夜が明けたら一緒に片付けよっ!」
「えっ!?」
「こう見えてもあたし、貴族様になる前は近所一番の働き者だったんだから!」
「い、いや、それは……勘弁してくれよ……!」
「ダーメ! 助けてもらったお礼しないと気が済まないもん! いやぁ~、それにしても、すごい家……」
気になって仕方がないので夜のうちから掃除を始めると、頼むから止めてくれとあたしは勇者様に拝み倒された。
もちろん、無視して片付けを続けた!




