・真実の目で私を見て - オークと白化病の子供たち -
「オレ、辺境警備隊のジョーグという……」
「わぁ、軍人さんなんですかー? それにしても、大きい人ですね……」
「仲間にはでくの坊と――あ、いや、それで用件……聞いてくれるべか……?」
「はいっ、なんでしょう?」
ジョーグさんはレジの前までくると膝を突いた。それでも大きかったけど……。
「パンの聖女コムギさまに、お願いがあってきただ」
「え、あ、あたしっ!? あたしそんなすごい人じゃないですよぉー!?」
「だけど噂では、瀕死の魔王様をパンで治したと聞いただ……」
「それは治したというか、なんか治っちゃったっていうか……」
「おお……っっ!!」
治そうとして治したわけじゃない。
なのにジョーグさんはあたしの返答に声を上げて感動した。
あれはたぶん、魔王様に元々そなわっていた生命力の高さもあったのではないかと思う……。
「貴女ならばと、藁にもすがる気持ちで国境からきただ……。コムギ様、貴女ならばもしかしたら……」
「そ、そんなこと言われても……」
あたしの力って誰かの願いを叶えるには向いていないと思う。すごくランダム性があるというか……。
「そう言わないでお願いだ、オレの話を聞いてほしいだ!」
ジョーグさんはお金の詰まった袋をカウンターに乗せて、頭を下げてあたしに頼み込んできた。
それがあまりにも熱心なので、とにかく話を聞こうということになって、二階のフードコートに彼を誘った。
緑茶を入れて、聖女の力のこもっていない[まんまるドーナッツ]をお茶菓子としてお出しした。
「おお……こんなに美味しいお菓子は初めて食べるだ……」
「えへへー、嬉しいです! ありがとうございます!」
「これ、あの子たちにも食べさせてやりたいだ……」
「あの子たち?」
あたしが聞き返すと、ほっこりしていたジョーグさんがまた顔をうつむかせた。
「パンの聖女様は、目を……治したりできるべか……?」
「え、目ですか……?」
「目を治して欲しい娘がいるだよ……」
「……ごめんなさい、目はさすがに治せないと思います」
期待させるわけにもいかなかった。言いにくいけどそれは無理だと断った。
ジョーグさんは落胆に深くうなだれて黙り込んでしまった。
「でも、魔王様を癒して下さった聖女様ならっ、無理じゃないとオレ、思うだ……!」
「そ、そうかなぁ……?」
Sクラスモンスターを友達にしてしまったり、食べた人の魔力を瞬間的に高めたり、思いもしない力があるのは本当だ。
でもあたしの力って、狙った効果を引き出すことが上手くできない。
「その子、ユーパトリウム王国の出身だべ」
「え、あたしの国の人……!?」
魔界で暮らす人間族にユーパトリウム王国出身の人は少ない。あたしの国では、魔界の魔族さんたちは人間を食べる怪物と伝えられていて、全く国交がないからだ。
「ユーパトリウム領から少し離れた国境の森に、捨て子の村があるべ……」
「え、捨て子……? その子、捨て子なの……?」
「肌や髪が白くなる病気を患った子供たちだけの村だ……。オレ、その子たちが心配で……食べ物を差し入れてる……」
そんな村があるなんて知らなかった。あたしも聖女の力のせいで家族から引き離されたことがあるから、その子供たちの村が気になった。
「あのっ、それっ、すごく立派なことだと思いますっ!!」
「おお……聖女様にそう言ってもらえてオレ、嬉しいべ……」
目を治す力なんてあたしにはないと思う。だけど何かの形で、その村の子供たちの力になれたらいいなと思った。
「村の子たちは、病気が治れば両親のところに帰れると思ってる……。オレはサジタリウス=ハレーに移るように言ってるべが、聞いてくれねぇべ……」
「そうなんだ……」
胸が痛くなる話だった。いつか帰れると信じてそんなところで子供たちだけで暮らしているなんて、なんて寂しい……。
「あの、その病気が治った子とか、いるんですか……?」
「オレも調べただ……。白化病が治った子なんて、世界に一人もいないべよ……」
「う……、うぅぅー……」
「聖女、様……?」
「そういうの、ちょっと、あたし……っ」
あたしも公爵家に引き取られてからずっと思っていた。育ててくれた家族の元に帰りたいって。
でもそれは無理だった。戻ったら迷惑がかかるし、両親と公爵様の間には契約があったから。
「ありがとう、聖女様はやさしい人だ……」
「だ、だって……そんなところに捨てられて、二度と会えなくなっちゃうなんて、悲しいじゃないですか……」
その村の子供たちにあたしのパンを食べてもらいたい。元気になってもらいたい。
目は治せないけど、あたしのパンを差し入れて、気持ちだけでも元気になってほしい!
「あのっ、ジョーグさんっ、あたしっ!」
思ったままのことを伝えると、ジョーグさんはすごく喜んでくれた。目を治せるパンを作れる保証はないと断ると残念そうだったけど、あたしの気持ちを喜んでくれた。
「リセリって娘は目が見えないだ。村の最年長で、目が悪いのに他の子たちの面倒を見ているやさしい子だ……」
「そうなんだ……すごい人だね……」
ジョーグさんはそのリセリちゃんが気に入っているみたいだった。やさしくて立派な子だと、何度も言っていた。
「じゃあ明後日にその村へ差し入れに行きますから、場所を教えてくれませんか?」
「お、おお……そんなに、早く……?」
「はいっ! あ、予定が合うなら一緒に行きませんか? あの子で!」
あたしは窓辺の棚でお昼寝中のレキちゃんを指さした。ジョーグさんはミニドラゴンの姿に驚いていた。
「ど、どういうことだべ……?」
「あの子の翼で行きましょう! あの子、本当はすっごく大きいんですよーっ!」
「そうは見えないべが……ドラゴンを使役するとはさすが聖女様だべ……」
ジョーグさんはあたしに感謝して、明後日まで城に泊まって待つと言ってお店を出ていった。
あたしは戸締まりをして、買い物に行く前にお城の図書館に立ち寄った。蔵書が多すぎるので、無理をしないで司書さんを頼ることにした。
「あのー、目にいい本ってありませんかー?」
「矛盾をはらんだ哲学的な問いですな……」
「あ、えっと……あたし、目にいい食べ物知りたくって……っ」
「それならば厨房で聞くといいでしょう」
「あ、そっかっ! ありがとう、司書さん!」
司書さんに『図書館ではお静かに』に怒られて、謝って、あたしは厨房のニャルミエールさんに会いに行った。
「おやコムギ!」
「ニャルミエールさんっ、会いたかったーっ!」
ニャーさんは食堂の方でゆっくりしていた。あたしはニャーさんの大きくてふかふかの胸に飛び込んで、抱き締めてもらった。
「目にいい食べ物かい?」
「うん、そうなの。あのね、うちの店にすごくやさしいイノシシさんがきてね」
事情を説明するとニャーさんも心を痛めてくれた。
「あのワイルドオークにそんな事情があったのかい」
「わいるどおーく……?」
「そういう名前の種族なのさ」
ニャーさんに目にいい食べ物を教わった。『貝類、魚類、ゴマ、ブルーベリー、ブロッコリー』あたりが目にいいと教えてくれた。
「魚……貝……うーん、パンに合うような気がしないかなぁ……」
「アンタところのパンならなんだって合うさ」
ユーパトリウム王国には海がない。あたしも魚や貝とあまり縁がなかった。なのでブルーベリー。ブロッコリー。ゴマのパンを試作してみることにした。
「ありがとう、ニャーさん! この材料でやってみる!」
「ああ、応援してあげるからがんばんな」
ニャーさんが両手を広げるので、あたしはニャーさんのふかふかにまた顔を埋めて、遅くなったけど市場に買い物に出かけた。
「ロベールさんが外でがんばってるんだから、あたしもがんばらないと!」
もう夕方だったけど材料は売り切れていなかった。あたしはブルーベリーとブロッコリーとゴマをレキちゃんにパン工房に運び込んでもらって、直感任せの試作を始めた。
夕飯時になればソフィーちゃんが帰ってくる。そのときに魔法で鑑定をしてもらおうと決めて、まだ顔も知らない子供たちへの想いを込めてパンを捏ねた。
もしあたしのパンを気に入ってくれたら、サジタリウス=ハレーに引っ越してきてくれるかもしれない。そのためにも最高に美味しいパンを作りたかった。




