・死病の風:語り部 2/2
「我はユーパトリウム王国第二王子コルネルだ。薄汚い魔族よ、軍を下げろ」
「あぁ? ここで死にてぇのか、王子様とやらよぉ……?」
「クックックッ……死ぬのはそちらだ。こちらには勇者キュルクレインがいるのだ、貴様に勝ち目などないわ」
「へぇ、そいつが勇者とやらか? おい勇者の兄ちゃん、なんなんだよ、コイツはよぉ……?」
ワイルドな見かけに反して冷静な士官でキュルクレインは安堵のため息を吐いた。
「我々はこの付近より発生した[死病の風]を調査しにきた。浄化が済めば撤退する。調べさせてくれ」
「なんだそりゃ、そんなもんここにはねぇよ」
「ならば力ずくで排除するまでのこと。勇者よ、この下郎を片付けろ」
「おいおい、正気かよ? 言っとくが、もうじき魔王様がこちらにいらっしゃるんだぜ? 本気でドンパチ仕掛ける気か?」
「ま、魔王……っ!?」
アムリスが悲鳴めいた声を上げた。
「ふんっ、ハッタリだな! こちらには勇者と聖女アムリスがいる! 死ぬのは貴様らだっ!」
「待ってくれ王子、俺たちは[死病の風]の調査にきたのだろう!?」
「そ、そうよ……っ! それにこれ以上聖女の力を使ったら……わたくし、死んじゃう……」
「ええいまだるっこしい! 早く斬れ、キュルクレイン! さっさと排除して調査に入るぞ!」
王子が要求するとコボルトの士官が剣に手をかけた。それがたちまちに両者のにらみ合いに発展した。
「お前ら、兄貴を守るワンッ!」
「3対1なんてずるいヒャン!」
さらに双方の兵士が駆けつけてきて、一触即発の事態となった。
「待ってくれ、話し合おう」
ところがそんな状況で勇者キュルクレインが剣を下げた。彼は剣を敵の足下に投げ捨て、両手を上げた。
「なんのつもりだ勇者よ?」
「そちらこそなんのつもりだ!? 戦争になればたくさんの人が苦しむんだぞ!?」
「だからどうした。好都合ではないか。お前も勇者の力で武勲を立てられるぞ」
「貴様……っ、貴様という男はどこまでっっ!!」
キュルクレインの喉元にコルネル王子の剣が突き立てられた。王子の暴挙にユーパトリウム兵たちはうろたえてすらいなかった。まるで最初から、戦争を起こすシナリオだったかのように。
「こりゃ参ったな……。仲間の首を狙う前に、俺様の相手をしてくれねぇもんかね?」
「クククッ、いいだろう!! こいつらは我々の調査を妨害した!! つまり[死病の風]の原因はやはり魔王軍だったということだ!! 殲滅せよっ、この者どもを皆殺しにせよっっ!!」
ユーパトリウムの軍勢はためらわない。弓を、槍を、剣を倒すべき魔王の軍勢に向けた。
「止めろっっ!!」
そんな中キュルクレインは素早い身のこなしで剣を拾い上げ、敵へと反転した。本当の敵、コルネル王子へと剣を向けた。
「キュルクレイン、今日まで築き上げてきた地位、名誉、金、全てを失う愚行に出たな……?」
「黙れ!! こんな下らないきっかけで戦争を起こされてたまるか!!」
「愚か者め。アムリス、勇者キュルクレインを奇跡の力で殺せ」
「…………ぇ?」
再び奇跡を起こせと要求されてアムリスは震えた。これ以上力を使えば身体がもたないと王子は知っているはずなのに。
「アムリスッ、こんな男にいいように使われて君は満足なのか!? この男はクズだっ、君の力を利用したくてホラばかり吹いているペテン師だ!!」
「キュルクレイン、王族であるこの我を侮辱したな。喜べ、貴様は死罪だ」
「ははは、事情はわからんが言うじゃねぇか兄ちゃん」
数の上ではユーパトリウム軍の圧倒的有利だった。だというのにコボルトの士官は余裕を崩さない。キュルクレインは彼の真意を横目で探った。
すると声をひそめてそのコボルトは言った。
「おう、兄ちゃんのおかげで時間稼ぎができた」
「時間稼ぎ……?」
「ありがとよ、魔王様のご到着だ」
彼らの頭上が突然暗くなった。不思議に思い空を見上げると、そこには赤く巨大な竜が羽ばたいていた。
「ド、ドラゴンだぁぁぁぁーっっ!!!」
「バカなっ、なんだあの巨大さはっっ?!」
「さあ魔王様のお越しだっ!! 恐れ慄け野蛮な人間どもがっ!!」
そのドラゴンが高度を下げると、その背から人が飛び降りてきた。その者は麦藁の大きなリュックを背負っている。
軽やかに大地に着地すると、明るい笑顔を浮かべて顔を上げた。
「間に合ってよかったぁーっ! みんなが戦いで怪我をしないように、聖女の力をたっぷり込めて作ってきたよーっ!」
「おう、ありがとよ、おかげで舎弟どもが怪我しねぇで済みそうだぜ」
「いえいえ、それじゃあたし行きますね! ん……? あ、あれぇ……っっ!?」
パン屋のコムギはそこにある思わぬ顔に声を上げた。恩人、妹、元婚約者。まさかそれらが国境に現れるとは思わない。
「コ、コムギ……」
「勇者様!! わぁぁーっ、久しぶりーっっ!!」
明るいコムギの笑顔にキュルクレインは剣を下げた。自分が勇者である限り二度と会えないと諦めていたのに、奇跡が起きた。
「おお、愛しい婚約者コムギ・ブランウィード!! こんなところで再会できるとは思わなかったぞ!! さあ我と共に国に帰ろう!!」
「ぇ…………。そんな……こんなに、尽くしたのに、そんな、そんな王子様……酷い……」
王子は現れた真の聖女とよりを戻そうとした。そんな軽薄な王子にアムリスは心の底から絶望した。コムギへの恋心に気付いたキュルクレインは、ただただ愛しい人を凝視するばかりで周囲が見えていなかった。
そんな混沌とした状況でコボルトの親分が声を上げた。
「すまねぇがこいつらどうにかしてくれねぇか、新しい魔王様よ?」
「ま、魔王だってっっ!? まさか、き、君が!?」
「えーっ、違いますよーっ! 魔王じゃなくて、魔王代理補佐ですよーっ!?」
「臨時とはいえ、今は俺らの大将であることに変わりはねぇだろ」
アムリスから再び乗り換えようとした王子も、これには口を開けっぱなしにして絶句した。利用しようにも、魔王の肩書きを持つ者を迎えることはできない。
「あのね、こうなったのには色々事情があってね……っ、そもそもあたしっ、代理をやるなんて言ってないのに押しつけられちゃったのーっ!」
コムギは弁明しながら、甘い青林檎ジャムのパンを親分さんに渡した。親分さんは皆の前でそれをほおばってこう言った。
「キュゥゥーンッッ、お……おいちぃ……♪ はっっ、何見てやがんだよぉっ、てめぇらぁぁっっ!!」
あまーいジャムパンを幸せそうについばむ強面のコボルトの前で、コムギはどうして代理補佐にされてしまったのか、説明を始めた。
「それは今から半月前……。うちにちょっと変わったお客さんがやってきて……それでね……」
竜を従える魔王にして聖女に、危害を加えようとする者はもはやどこにもいなかった。




