・死病の風:語り部 1/2
勇者キュルクレインは社交界を離れた。彼は突き動かされるように辺境でのモンスター討伐に明け暮れ、式典への参加要請を拒否した。
彼はただガムシャラに戦い、戦い続けた。辺境から辺境へと渡り、地域のモンスターを殲滅してはまた別の土地に渡った。
友の裏切りと敗北。その友による共通のガールフレンドの略奪に、彼は彼が思うよりも遙かに深い心の傷を抱えていた。
どこにでもある勇者伝説のように、奪われた姫君を取り返しに行きたいところだったが、それは現実的な行為とは言えない。
キュルクレインが魔界に潜入してコムギを取り返したところで、それはコムギ自身の不幸にしかならなかった。
コムギの幸せを願うならば、ロベールを信じて勇者としての人生に帰るべきだ。そう彼は考えた。
だが納得がゆかない。あの晩ロベールに負けたことも、コムギのパンを食べながら笑顔に笑い返す生活を失ったことも、仕えるべきユーパトリウム王国の有り様も。
「なぜ俺は勇者なんだ……。勇者でさえなかったら……今頃は……」
失ってからキュルクレインは気付いた。どれほどコムギの笑顔に救われていたか、胸の痛みと共に思い知らされた。
自分はあの世間知らずで危なっかしい娘に、恋愛感情をもっていたのだと。
「諦めるしかない……。取り返しても、誰の得にもならない……」
キュルクレインはコムギの幸せを願い、勇者としてただ戦い続けた。
悪と信じていた魔王軍にロベールのような男がいて、ふがいない勇者の代わりにコムギを悪の手から守った。
もはや誰に忠誠を誓えばいいのかキュルクレインはわからなかった。
勇者の地位を剥奪すると王家に脅されても、彼は式典への参加を拒んだ。勇者の役割は夜会の見せ物になることではなく、誰かを守ることにあるのだと信じて。
ところがそんなキュルクレインの元に火急の報が届いた。彼は約1ヶ月ぶりに都へと戻り、国軍の下に合流した。
「よくぞ戻った勇者よ。貴様にはこれから魔界の森に向かってもらう」
キュルクレインを迎えたのはコルネル王子だった。
「魔界の森だって……? 長城の向こう側ではないか……」
「魔術師どもが[死病の風]の発生源がそこにあると言うのだ。貴様にはこの我とアムリスを護衛してもらう」
ユーパトリウム東部で[死病の風]と呼ばれる疫病が発生していた。魔界側から悪しき風が吹き荒れ、民の命を奪っている。治療法は不明。かかれば命はない。
「おお、アムリス! 都の救世主よ、勇者キュルクレインがきてくれたぞ!」
王宮にアムリスがやってくると、キュルクレインは驚きに声を上げていた。
「ごぶさたしております、勇者様……」
「すまないな、キュルクレイン。アムリスは死病の風を防ぐために、この都に結界を張ってくれたのだ」
驚くのも無理もない。アムリスは別人のように痩せこけていた。不調を抱えているのか言葉も少なげで、ふらふらと足下が左右に揺れている。
「貴方とわたくしのためですわ……」
「おお、アムリス……! 無理をさせてしまったところ悪いが、これから[死病の風]の発生源に向かう! お前にはその地の浄化を頼みたい!」
「…………ぇ?!」
「お前しか頼れる者がないのだ。国のため、民のため、もう1回だけ聖女の力を使ってくれるな……?」
アムリスは後ずさった。もう二度と使わないと決めた魔女の秘薬を頼って、都に結界を張ったばかりだというのに、さらに無理をしろと王子は言う。
「わかっている、もう1回だけだ……。ここで功績を上げれば次の王位は我の物だ……! お前は王妃なれるんだぞ、アムリス!」
「で、でも……」
「愛している。本当だ。今回で最後と約束する。頼むよ、アムリス」
キュルクレインは口をはさまなかった。その女はコムギを絶望のどん底に叩き落とそうとした悪女だ。コルネル王子のすることに激しい嫌悪を抱くも、干渉をひかえた。
「わかりました……。これで最後、最後ですからね、王子様……」
「よし決まりだ、すぐに出立しよう!」
彼らはユーパトリウム東端にある長城に向かった。アムリスが胸の痛みを訴えても休憩をはさむことはなく、夜通しの強行軍となった。
長城に到着すると、城の防衛隊を率いて魔界の森に入った。そこはユーパトリウムと魔王軍の干渉地帯。大軍を率いて入るべきではない土地だった。
「待て、どこまで深入りするつもりだ! 魔王軍側の警備隊と接触でもすれば事だぞ!?」
「勇者殿、[死病の風]をまき散らしたのは魔王軍だ。もし遭遇戦になれば排除するだけのことだろう?」
「バカなっ、証拠もなしに襲いかかるつもりか!?」
「まあ確かに証拠はない。だがやつら以外に誰がやるというのだ?」
王子は止まらなかった。軍隊を率いて森の奥深くへと踏み入った。その結果、恐れていたことが起きた。
「魔王軍発見! コボルトとリビングアーマーの軍勢です!」
「現れたか」
「話し合いがしたいのか、士官らしき者が前に出てこちらに合図をしているようですが、どういたしますか、殿下?」
「バカめ、攻撃しろ」
狂気の沙汰だ。そんなことをすれば戦争になる。
「俺が行く。せめて向こうの言い分だけでも聞いておかないと、王子殿下の立場が悪くなるのではないか?」
「そ、そうですのよ……っ! 戦争なんて、そんなのわたくし困ります……っ!」
「ふむ、まあ一理ある。だが勝手なことをされては困るな、我も行こう。お前には護衛を頼む」
「わ、わたくしも行きます……!」
勇者キュルクレインに守られて、コルネル王子とアムリスは魔王軍の代表と接触した。こちらが3人だというのに、そのコボルト族の士官はたじろぎもしなかった。




