・小さな魔女と二匹の最強の同僚
それからしばらく歩くと、不意にロベールさんがため息を漏らした。
「キュルクレインならばこんなことはしなかったでしょうね」
「へ……?」
「彼ならば民間人を危険な森に連れ込むことも、遅れを取って死なせかけることもなかったでしょう」
「あはは、結果オーライですよ! 生きてますし、あたしたち!」
暗い顔をするロベールさんに振り返って、あたしは明るく両手を広げて見せた。
ロベールさんを傷つけたくないから勇者様の話題は避けてきた。それなのにロベールさんは自分から勇者様を話題に上げてきた。
「彼にもう少しの聞き分けがあれば、貴女ごと魔界に浚ってきたのですが……」
「え、でも、それは……」
楽天家のあたしでもそれは難しいかもしれないと思った。だって勇者様は勇者様だ。勇者様がいなくなったらみんなが困ってしまう。
「しょうがないよ、勇者様はみんなを守らなきゃいけない立場だもん」
もしロベールさんが無理矢理に勇者様を魔界に連れてきたら、勇者様は勇者様の地位を失う。ユーパトリウムに戻っても、魔界帰りの勇者様になってしまう。
男の子の憧れである勇者の地位を捨てて、あたしたちと静かに暮らせだなんて、そんなこと言えるわけがなかった。
「彼は貴女が思うより複雑な人です。勇者でありながら、勇者の役割に納得しかねているようでした」
「え、そうなの……?」
「自分は与えられた役割をこなしているだけだと言っていました。彼も彼なりに悩んでいたのですよ、お飾りの勇者として」
「だったら勇者なんて止めてこっちにきて、普通に暮らしたらいいのに」
「同感です」
勇者様のことを話しながら森を歩けば、さっきの駐屯地なんてあっという間だった。黒馬のシャイアさんはロベールさんの帰りに高いいななきを上げて喜んで、あたしたちは駐屯地の人たちにお礼を言ってから近くの丘を登った。
もちろん坂に入る前に馬から降りて、手綱を引いて一緒に丘の上に続く傾斜面を歩いた。
「どうでしょうか、悪くないと思うのですが」
「すごーいっっ!!」
丘の上では色とりどりのお花が咲いていた。花畑と呼ぶほどお花の密度は高くないけど、それにしたって開花している草木が多かった。
あたしたちは赤く染色された麻のシートを引いて、その真ん中にサンドイッチがいっぱい詰まったバスケットを置いて、お楽しみのランチにした。
シャイアさんも楽しんでいた。お花がいっぱいの丘を駆け回って、気持ちがいいのか遊ぶようにゴロンゴロンと寝転がっていた。
「コムギさん、実は重要なご相談が……」
「重要ですか……?」
まさか魔王様がらみ……?
ロベールさんの頭痛の種といえば魔王様だ。介護が大変なのか、時々すごく疲れた顔をする。
「実は、こちらの卵サンド……最後の1つとなっております」
「えーーっっ?!」
「そちらのポテトサンドを譲りますので、こちらは私がいただくということでどうか、ご理解を……」
「いただけませんっ、あたしだって1切れしか食べてないんですよーっ!?」
「ですからポテトサンドを……」
「ダメですっ!」
ロベールさんの手から卵サンドを奪ってほおばった。するとロベールさんが物欲しそうな顔であたしの手元を見る。
なんか、すごく、食べにくい……。
「うーー……わかりましたよーっ、あげますからそんな目で見ないで下さいよぉーっ!?」
「ありがとうございます! 意地汚いとののしられようとも、私はその卵サンドが欲しかったのです!」
食べかけを差し出すとロベールさんはそういうのを気にする人なのか少し戸惑った。
だけど彼は食い気優先の人だ。あたしの歯形がついたところを彼は大きな口を開けてほおばった。
あたしはポテトサンドを取って、意外と子供っぽいところがある彼の幸せそうな顔を眺めた。
バゲットを飲むように食べるロベールさんのためにいっぱい用意したサンドイッチが彼の魔法の胃袋に消えていった。
お腹いっぱい。従業員も最強なのが2人も見つかった。シャイアさんも新鮮な若葉やお花を食べれてご機嫌で、あたしたちは空っぽになったバスケットを背負って丘からサジタリウス・ハレーへと帰った。
丘でゆっくりし過ぎたのもあって、お店に戻る頃には夕日が赤く燃え上がっていた。夕空はやがて光を失い、サジタリウスの目の青い光が辺りを包むだろう。
「あ、あのっ、出し方教わってないんですけどっ!?」
「それは新しい同僚の紹介ついでにソフィーに教わるとよいでしょう」
ロベールさんがお城に帰ると、連絡がいったのかすぐにソフィーちゃんが戻ってきた。住居にしている3階の窓からのダイレクト帰宅がソフィーちゃんの得意技だった。
「召喚魔法、覚えたですかー!?」
「う、うん……なんかできちゃった……」
「そんな……ソフィーもまだ使いこなせてないのに……うぅ……」
ソフィーちゃんに引っ込めたテイムモンスターの召喚のやり方を教わった。具体的な姿をイメージして、マスターとして勇ましく現れろと命じる。そうすると呼び出せると言うのでその通りにしてみた。
「ギャーーーッッ?!!」
結果は大成功。イメージ通り、赤いドラゴンちゃんが羽ばたきながらベッドに着陸した。
「大丈夫、怖くないよーー? ほらこんなにかわいい!」
「ド、ドドド、ドラゴンなのですぅぅーっっ!!」
「あのねっ、ドラゴンだけじゃないよ! もう1体、かわいいの捕まえたの!」
ゴールデンなんとかスライムちゃんも召喚した。
「ピェェェェーッッ?!!」
「えーっ、なんでそんな声上げるのー? ほらっ、この子もかわいいでしょ! ぷるんぷるんで、温かくて気持ちいいんだよっ!」
枕にするには少しまぶしい子をソフィーちゃんに抱かせようとすると、彼女は涙目で逃げ出した。
「つ、強いのです……ソフィーが100人いても敵わないくらい……その子たち、強いのです……っ」
「でもいい子だよ? この子には食べられそうになっちゃったけど!」
赤いドラゴンちゃんの首元を撫でると、頭をスリスリとあたしに擦り付けてきた。
この子たちの名前、どうしようかな……。
「お姉さまはしゅご過ぎるのです……」
ベッドに横たわると、枕元にスライムちゃんが寄ってきて、ドラゴンちゃんがお腹の横で丸まった。
「ほら、ソフィーちゃんもこっちこっち」
「も、猛獣と一緒に寝るようなものなのですよーっ!?」
「大丈夫っ、ほらこの子温かいよーっ」
「ぴゃぁぁぁーっっ?!!」
ソフィーちゃんをベッドに引っ張り込んで、スライムちゃんを枕にさせた。
「ほらっ、気持ちいい――あれ、ソフィーちゃん?」
もしかして魔法使いだから強い相手には色々と敏感なのかな……?
ソフィーちゃんは目を開けたまま気絶してしまっていた。
「こんなにかわいいのに……」
「ギャゥゥ……」
「ぷりゅ……」
スライムちゃんは引き続きソフィーちゃんの枕に、ドラゴンちゃんはあたしの側からソフィーちゃんのお腹にあごを置いてくっついた。
「あ、夕ご飯作らなきゃ。あたし買い出しにいってくるから、2人ともソフィーちゃんよろしくね!」
その後、あたしは夕飯にクリームシチューを作った。チキンとタマネギとブロッコリーを使ったシンプルなシチューだ。こういうのをパンと一緒に食べるとすごく幸せな気持ちになる。
1階の調理場から3階に運ぶのは不便なので、もっぱら2階のフードコートを夕食に使うのが日常になっている。
もうちょっとで出来上がり。お皿の準備をしているところで、3階からソフィーちゃんの悲鳴が上がった。
「ぴぃぃーっっ、お姉さま助けてぇぇーっっ!!」
ソフィーちゃんがパン工房に駆け込んできて、あたしは小さな彼女を胸で受け止めた。それに続いてドラゴンちゃんとスライムちゃんが追ってきた。
ソフィーちゃんは怖がっているけど、この子たちはソフィーちゃんが気に入ったみたいだ。今は夕飯のシチューに気を取られていた。
「ガクガクブルブル……酷いのですよぉーっ、お姉さまぁぁーっ!!」
「ごめんね、そんなに苦手だとは思わなくて……。でも、明日から一緒に仕事してもらうつもりなんだけどな……」
「そんなの心が安まらないのですぅぅーっっ!!」
慣れてもらうしかないかも。
あたしたちは2階にお皿を配膳して、温かいシチューとパンで夕飯にした。
ソフィーちゃんはフードコートの端っこに引っ込んでこっちにきてくれなかった。ドラゴンちゃんが甘い声を上げて寄ってくと、犬を怖がる子供みたいに逃げ回っていた。
そんなわけで結局その晩は、いつものようにソフィーちゃんと一緒に寝ることはできなかった。ソフィーちゃんはソファーに寝転がって魔法の結界を張ってしまった。
「ぴぃぇぇぇーーっっ?!!」
結局その翌朝には結界が解けてしまっていて、ソフィーちゃんは寄り添いあって眠るドラゴンちゃんとスライムちゃんに悲鳴を上げることになったのだけど、こればかりはやっぱり慣れてもらう他になかった。




