・クリムゾンヴェールの黄金と、卵サンド
ご満悦のあたしにロベールさんがやさしそうな苦笑いを浮かべて言った。
「高レベルのスライムや浮遊クラゲをテイムしていただくつもりでしたが、これはこれでよいでしょう」
「クラゲ……?」
スライムなら何度も遭遇したことがある。うちのキャベツが好物で、畑に入り込んだのを義兄たちがピッチフォークを両手に追いかけ回していた。
「ユーパトリウムは内陸国、クラゲとは縁がないでしょうね。……おっと、そう言った矢先に現れたようです」
ロベールさんが腰に戻した剣を音もなく抜きながらあたしの背後に回り込んだ。
「へへへ、実はスライムならあたしもやっつけたことが――」
あたしもまた戦っちゃおうかな。そう思いながらロベールさんに続いて振り返った。
「ぴぇぇっっ?!!」
「これはSクラスのゴールデンバーム・スライムですね。人間どころか牛まで丸飲みにする害獣です」
そのスライムは王様の馬車より大きかった。牛3頭を丸飲みにできちゃいそうなほどの横幅があった。色は薄黄色で、半透明なのにほんのり光っていて、体内に杖のような何かを飲み込んでいた。
「口を開けさせますのでサンドイッチを」
「えっえっ!? あ、はい……っ!」
言われるがままにサンドイッチを渡すと、ロベールさんは代わりに[まんまるドーナッツ]をあたしにくれた。
そして――ロベールさんはそのサンドイッチを美味しそうにかぶりついた。
「今食べるんですっ!?」
「卵サンドですか。テイムのためとはいえ、くれてやるのが惜しくなってきました」
ロベールさんはもう一口かぶりついた。今にも金色のスライムが襲ってきそうなのに!
「んぐんぐんぐ……これを、もぐ……して……あぐ……」
「何言ってるかわかりませんよぉっ!?」
ロベールさんはすごい勢いで卵サンドを4分の3くらい食べてから、残りの端っこを巨大スライムに投げた。
するとスライムの表面がへこんで、あたしが作った卵サンドをブヨブヨの身体の中に飲み込んだ。
それから立て続けにそのスライムが明るく光った。動きが活発になって、巨体がじわじわとこちらに寄ってくる。
「わっわっわっ、なんか、あたしの方をねらっているような……っ!?」
「んぐ……まんまふどーあっふふぉ、ふはうほでふ……!」
「だからわかんないですよぉーっっ?!」
と抗議したところで建物みたいにおっきなスライムが突進してきた!
それをロベールさんが魔法で氷の壁を作り出して受け止めた。突進は止められたけど、氷の壁は粉々に割れてしまった。
とにかくどうにかしなきゃ。
でもどうすれば……!?
「あ……!?」
その時、右で何かを潰しかけた。しっとりした感覚に驚いて見てみると、そこには潰れかけの[まんまるドーナッツ]があった。
これを食べさせればあの金色の巨大スライムがおとなしくなる。さっきロベールさんがサンドイッチを味わってから投げつけたのは、それが食べ物であることを見せつけるためだった?
「わかったよ、ロベールさんっ! つまりこういうことだねっ、ぺろっ!」
食欲が刺激されたスライムの前であたしはドーナッツを舐めた。甘く香ばしい匂いがして、そのまま食べたくなっちゃった。
「口が開きましたっ、今ですっ!!」
「はいっ、え、えーーいっっ!!」
あたしは[まんまるドーナッツ]をスライムの口めがけて投げた。ちょっと軌道がそれちゃったけど、スライムは巨体からは信じられない驚きの素早さであたし力作のオヤツを食べてくれた。
「ぶぅぅりゅぅぅ~!!」
スライムは大地を揺らして弾んだ。低い不思議な声を上げながら、ハート型の泡を辺りにまき散らした。
「わぁぁーっ、かわいくなったーっ!」
それから身体の正面に目と口が現れた。さっきまで恐い雰囲気だったのに、無害そうなかわいい顔が現れるだけで雰囲気が逆転した。
「でも、これじゃ、お店の中に入らない……」
そうあたしが困った声を上げると、さっきテイムしたドラゴンちゃんが空から降ってきてスライムの上に乗った。
「ギャウギャウ……」
「ぷりゅぷりゅ……?」
「ギャゥゥッッ!」
「ぷりゅ!」
あたしにはわからない言葉でやり取りすると、突然スライムが縮んでいった。
あれだけ大きかったスライムが大きめの枕くらいのサイズになった。頭からちっちゃな杖を生やしたスライムが金色に燐光していた。
「珍しい個体ですね」
「あ、やっぱりそうなんですか……?」
「というよりも、珍しい杖を飲み込んだ個体と言うべきでしょうか。そうそう、召喚魔法を貴女にお教えしましょう」
「ええええっ、そんな難しそうな魔法あたしには無理ですよーっ!?」
憧れはするけど、そういうのは特別な魔法使いにしかできない術のはずだ。
「何をおっしゃられる、貴女ならば簡単なことです」
「どういう根拠ですかーっ!?」
「先ほどドラゴンをぶっ飛ばして私の出番を持って行ったあの術が根拠です」
「あ、あれはなんか、必死で……」
照れ臭いけどちょっといい気分だった。戦う力なんてなかったあたしに、あんなすごい力があっただなんて。
「心を落ち着かせて、美しい庭園を思い描いて下さい。ペットの寝床になるクッションや小屋をイメージしてもいいでしょう。そして――」
「あ! あたしそういう妄想は得意です!」
魔法とは違うような気がするけど、ロベールさんに言われるままに幸せな妄想に浸った。ドラゴンちゃんとスライムちゃんが幸せに暮らせる、快適な住処を想像した。
「初めは直接対象に触れるのがよいでしょう。触れて、空想の庭で対象が暮らす姿をイメージするのです。天然の魔法使いである貴女ならそれで十分でしょう」
「あはは、おまじないみたいで楽しそう! できるわけないけどやってみます!」
近くにいたスライムちゃんに触れた。触れてみるとその子はほんのり温かかった。ロベールさんの言うおまじないの通り、スライムちゃんが幸せに暮らす庭園をイメージした。
そしたらふいに手元からぷるぷるの感触がなくなった。驚いて目を開いたらスライムちゃんが消えていた。
「あ、あれ……?」
辺りを見回してもスライムちゃんの姿はどこにもなかった。
「ドラゴンの方もお願いします」
「あ、はい……」
倒木に座っていたドラゴンちゃんが胸に飛び込んできた。それをあたしはイメージだけで、胸から消していた。光の粒子がふわっと浮かんで、あたしの胸の中に消えていった。
「お見事です」
「わ、わぁぁ……でも、どうやって出すんですかっ、これっ!?」
「それは後にしましょう。それよりも今は優先すべきことがあります」
「あ、森を出ないとですねっ!」
「ええ、それもございます」
「んんー? 他に何かあるんですか?」
「はい、私が召喚魔法をお教えした真の意図は――」
真剣な眼差しでロベールさんがあたしの前に寄った。
「サンドイッチの分け前を守るためです」
「えーーーーーっっ?!!」
食い気優先の動機にあたしが声を上げると、ロベールさんが笑った。
「付近に景色のいい丘があります。そこで遅めのランチにいたしましょう」
「陰謀です、陰謀ですよ、これはっ!」
「ええ、貴女が私のために焼いてくれたサンドイッチを誰かに譲れるほど、私は公平ではございませんので」
とにかく森を出ることには賛成。あたしはロベールさんに背中を守られながら、先頭に立って森を引き返した。




