・クリムゾンヴェールの森で
「宰相閣下、訓練お疲れさまです!!」
「ヒェッッ?!!」
門番をしていた全身鎧の人がロベールさんに敬礼をした。ところがその全身鎧の人は兜の下が空っぽだった。
「いえ、今日は魔物相手の鍛錬ではなくピクニックです」
「な、なんと!? さすがは宰相閣下にあらせられますな!! そちらの女性もさぞやお強いのでしょう!!」
「わっわっわっわっ、取った兜から声がするぅぅーっ?!」
「はっ、我々はリビングゴースト! こういう種族ですので!」
全身鎧の人は右腕を引っこ抜いて首に生やすと、兜を左手と頭の右手でお手玉にして見せてくれた。
「す、すご……っ」
「伝統芸能はいいですから開門を」
「はっ、宰相様のご命令のままにっ、いつもよりも回っておりますっ!! 開門っっ!!」
あたしたちは馬を駐屯地に預けると門をくぐって、徒歩でクリムゾンヴェールの森に入った。森は深く、赤い葉がお日様を遮るのか薄暗かった。
入るなり湿気を感じた。さらに進むと燐光するキノコや、湿気を好む生き物をちらほらと見るようになった。
「本当にあたしのパンなんかで、モンスターを仲間にできるのかな……」
「友人であるソフィーの鑑定結果を疑うのですか?」
「だ、だって……。それにどんなのテイムすればいいのか、全然わかんないんですけど……」
「店の雑務をこなす個体と、パン作りのサポートをする個体が欲しいですね」
「な、なるほど~……」
モンスターにパンを作らせるっていう発想が魔界的だ。あたしにはよくわからない。
「会話能力を持つ個体はきわめて希なので、接客には使えないでしょう」
「そうなんだー……」
喋れるモンスターがいることの方があたしには驚きだった。
道もなにもないクリムゾンヴェールの森をロベールさんの背中を追って、木の根の隆起を避けて跳ねるように進んだ。
「ひぇっ、お化けっっ?!!」
「不採用っっ!!」
黒くモワモワとしたお化けをロベールさんが腰の剣で薙ぎ払うと、そのお化けは黒く渦巻いて消滅した。
「虫ぃぃぃーっっ?!」
「不採用っ、清潔感がないっっ!!」
「ぴぇぇっ蛇ぃぃーっっ?!!」
「以下同文!!」
ジメジメした土地だからか不気味な生き物が多かった。ロベールさんは現れるモンスターたちをバッサバッサと斬り倒して、逃げるモンスターまで魔法の矢で撃ち抜いた。
「この辺りにはろくな人材がいませんね」
「モンスターを仲間にするというのが、そもそもミスチョイスなのでは……」
「そんなことはありません。もっと奥に行きましょう、手強い魔物の方が知能が高いです」
「い、いいですけど、守って下さいよ……? あたし、弱いですからね……!?」
「フッ、ご謙遜を」
「キャベツが詰まった木箱より重い物なんて持ったことありませんよぉーっ!!」
どんどん奥に分け入っていった。進めば進むほどにモンスターは大きくなった。ロベールさんはそれを魔法と剣で次々と倒していった。
そういえばロベールさんって、勇者様との勝負に勝っちゃうくらいのすごい戦士なんだった……。
「深入りし過ぎたようです」
「そ、そうなんです……?」
「いつもの感覚で進んでしまいましたが、ここはAクラスモンスターが集まる極めて危険な森です。さらに進むとSクラスが混じり始めます」
「えと、つまり……?」
「Sクラス相手に貴女を守りながら戦うのは少々厳しいことに、こうして深入りしてから気付きました」
「じゃ、じゃあ引き返しましょうよぉーっ?!」
そもそも今さらだけど、あたしがモンスターのテイムに同行する意味ってあるの!?
「Sクラスモンスターを貴女の店で働かせるつもりでしたが、まあ少し戻りましょうか」
「パン屋さんの従業員に強さとか求められてないよーっ!?」
ともかくここを離れよう。あたしは反転して歩き出した。ところがそんなあたしの前にロベールさんが飛び込むように踏み込んで剣を抜いた。
「え、何……?」
ロベールさんは空を見上げている。その視線を追ってみると――
「ひぇっっ、ド、ドラゴォォンッッ?!」
真っ赤なドラゴンが翼を羽ばたかせて空から降りてきた。
「森の主に見つかったようです」
「ええーーっ!?」
「困りましたね。一人ならば切り抜けられますが、貴女を守りながらとなると、少し厳しい……」
少し厳しいどころじゃないと思う。そのドラゴンは見上げるほどの巨体だった。あたしなんてペロリと舐められるだけで胃袋にゴックンだった。
「私がクリムゾンヴェールの主を引き付けます、貴女は逃げて下さい」
「えっ、で、でも……っ」
いくらロベールさんでもこんな怪物相手に張り合うのは無理なんじゃ……。
「早く!!」
「で、でも……っ、わ、わぁぁーっっ?!」
ドラゴンは翼を羽ばたかせて身を浮かせると、突然くるりと回って爆音をとどろかせた。
尻尾だ。太くて巨大な尻尾が森の木々を薙払った。もう少しあそこの木が細かったら、尻尾攻撃にあたしたちは吹き飛ばされていた。
「ひぃええええーーっっ?!!」
「まずいですね……貴女に興味を持っています」
ドラゴンはあたしを見ていた。ロベールさんはあたしを背中にかばってくれた。そんなあたしの目前が一瞬で炎に包まれた!
わけがわからないうちに、あたしはロベールさんに抱かれて炎から逃げていた。
「アイスブレスッッ!!」
それからロベールさんが光り輝く吹雪を口から吐いた。炎と氷がぶつかり合い、それでようやくドラゴンの炎のブレスが止まった。
「もはや勝ち抜く他にないようです。貴女はどこかに身を隠して――」
「そうだっ、[青林檎のジャムパン]!!」
あたしは背中のバスケットから聖女の力を込めた[特別製:青林檎のジャムパン]を出した。そしてそれを食べた!!
「あ、貴女が食べるのですかっ!?」
「あっ、ロベールさんに食べてもらった方がよかったんだった! でもっ、なんかっ、力があふれてくるっ!!」
魔法なんてあたしには使えないけど、あたしは聖女だ。こんな力なんて要らないとずっと思っていたけど、この力を使いこなせば、戦うことだってきっとできるはず!
体の奥底から何かがこみ上げてくる。それは水のようにあたしから飽和して、あたしに力をくれる。
「よくわかんないけどなんか出ろぉぉーっっ、えええええーーーいっっ!!」
両手をドラゴンに突き出して、あたしはこみ上げてくる何かを両手から吐き出した!!
目をつぶってしまったからどうなったわからないけど、近くで雷が落ちたよりもすごい音がした。
いったいどうなったのか、おっかなびっくり顔を上げると、あたしの正面にあったはずの森が消えていた。
木々が根こそぎなぎ倒されて、その右手にはさっきのドラゴンが横たわっていた。
「あ、あれ…………?」
「これは、魔王様と、同質の力……? はっ、今ですコムギさんっっ、この[まんまるドーナッツ]を間抜けに開かれたあのドラゴンの口に!!」
「あ、あたしがやるんですかぁっ!?」
ドラゴンは起き上がろうとしている。これ以上の戦いは困る。もしこの[まんまるドーナッツ]にモンスターを仲間にする力があるなら、戦いを終わらせる方法はこれしかない。
あたしは自分が食べちゃいたいくらい美味しそうなドーナッツを受け取り、ドラゴンの前に駆け寄って口へと投げた!!
でも、さすがに無理なんじゃ……。
Sクラスの、ロベールさんが森の主と呼ぶくらいの、巨大なドラゴンをちっぽなドーナッツでテイムするなんて、そんなのどう考えても……。
「キュォォォォォォーーンッッ♪♪」
「え、ええええーーーっっ?!!」
巨大なドラゴンが甘い声を上げた。ドラゴンは立ち上がろうとするのを止めて、あたしの前で無防備に丸まった。
成功……?
かわいい……?
けど……。
「おおきすぎるよぉ……っっ!?」
「ギュゥゥゥゥーッッ♪♪」
「あああーっっ?!」
このドラゴン、あたしの言葉がわかるみたい。大きすぎるとあたしが叫ぶと、ドラゴンはみるみると小さくなっていった。
あれだけ大きかったドラゴンは中型犬くらいまでしぼむと、あたしは叫んでいた。
「か、かわいい……っっ!!」
「まさか、森の主をテイムしてしまうとは……」
「あたしこの子に手伝ってもらう!! この子、すごくいいっ!!」
小さくなった赤いドラゴンはあたしの胸に飛び込んできた。ドラゴンはあたしにデレデレだった。
すごい! [まんまるドーナッツ]すごい!
驚くロベールさんの前で、あたしは不思議と軽いドラゴンちゃんを抱っこしてロベールさんに満面の笑顔を送った。
ドラゴン、ゲットしちゃいました!




