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・クリムゾンヴェールの森へ

 今日の朝はいつもよりもゆとりがあった。出発は午前9時の鐘が鳴ってからという話で特に急ぐこともなく、ゆったりと日々の疲れを癒すことができた。


「突然のことでごめんなさい、今日はお休みなんです。あ、これ、よかったらどうぞ」


 だけどロベールさんのためにパンを焼き始めると、お店の軒先に人が並び始めた。中には10キロも空を飛んできたと言うハーピー族さんもいた。


 申し訳なくてハムとチーズをはさんだものをサービスしたら、どんどん人が集まってきた。今日はソフィーちゃんも朝一で修行に出ていていないのに。


「あ、あの、今日はお休み……うぅぅ~、ちょっと待って下さいね……」


 仕方がないのでバゲットを全部サンドイッチにして並んでくれている人たちにあげた。ロベールさんがくる9時までまだ時間があったので、きっと大丈夫。


 サービスにお金を払ってくれる人もいたし、そうでない人もいた。


「朝から美しい光景を見させてもらった。取っておきたまえ」


「へ……? わ、わぁぁーっっ!?」


 後者の代表は鳥の頭と翼を持つ鳥人族の紳士さんで、器用にバッグからくちばしで赤いルビーを取り出して、キラキラと輝くそれをあたしに投げ渡した。


「では失敬」


「ええええええええーーーっっ、困りますっ、あっ、ちょっとーっっ?!」


「お人好しもほどほどにな、お嬢さん!」


 それは3センチくらいもある大きなルビーの原石だった。鳥人族さんはあたしのサンドイッチをくわえて天高く舞い上がり、空の遠くへと消えてしまった。


 それからサンドイッチがなくなると、ロベールさんからもらった廃棄書類の裏に『本日臨時休業』と大きく書いて、お店の入り口に張り出した。


 パン屋さんからパンの焼ける美味しい匂いが立ち込めているのに、今日は臨時休業ですと主張しても、我ながらいまいち説得力を感じなかった。


 そんなわけで――


「何をやっているのです……」


「あ、あはは……おはようございます、ロベールさん」


 今度こそロベールさんの分と決めたバゲットも、お休みだって言ってるのに軒先に並んでくるお客さんに売っちゃった……。

 無料サービスだから列ができると思って有料にしたのに、有料にしたら列がかえって長くなった!


 気付いたら9時の鐘がなって、ロベールさんが時間きっちりにうちの店にやってきて、あたしのすることにあきれ果てていた。


「今日は臨時休業のはずでは?」


「そうなんですけどっ、なんかいつの間にかこうなっちゃったんです……っ!」


 ロベールさんは頭に白い星のある黒い馬の手綱を引いていた。旅人が泥除けに使う大きなマントを肩にかけて、馬の背にはあたしのためのあぶみが用意されていた。


「はぁ……困った人です……」


「すみません……。これ全部売ったら、工房に戻ってロベールさんの分を作りますからっ!」


「では私が店番をしましょう。貴女が私のために作ってくれたサンドイッチを、泣く泣く彼らに売ることにします」


「本当にごめんなさいっ! パンはもう窯から出すだけなのっ、すぐロベールさんの分もできるから待ってて!」


 工房に戻って自分たちがピクニックで食べる分のサンドイッチを作った。接客をロベールさんが引き継いでくれたことで軒先の列もなくなった。


 それから市場で買ったリュックにもなる麦藁のバスケットにサンドイッチを詰めて、やっとのことでロベールさんの黒馬の後ろにまたがれた。


「そうしていると、とても公爵令嬢には見えませんね」


「えへへ、いいでしょこれっ! ちょっとチクチクするけど、軽くて通気がよくて便利なんだよーっ!」


 馬の背にまたがっていると勇者様のことを思い出した。もう会えないかと思うとなんだか寂しい。

 でも本当に寂しいのはあたしじゃなくてロベールさんと勇者様だ。あんなに信頼し合っていたのに、あたしが不器用なせいで二人の友情が壊れてしまった。


 だからあたしはもっとがんばらなきゃいけない。捨てた友情の代わりになれるように、ロベールさんをもっと笑顔にしたい。


「では行きましょう、クリムゾンヴェールの森へ」


「はいっ、楽しいピクニックに出発ですっ!」


 あたしたちは馬車道となっているサジタリウス=ハレー大通りの真ん中を蹄を鳴らして進んで、都市を南に抜けた。

 ロベールさんの背にしがみつきながら、町並みを眺めるだけでもう楽しかった。


「あの夢魔め……」


「へ……? リスティスちゃんがどうかしたんですか?」


「いえ、ふいに腹が立ってきまして」


「ええっ、なんでですかー? ちょっとイタズラが過ぎるだけで、いい子ですよー?」


 ロベールさんの背中にしがみつきながら弁護した。


「う……っ」


「どうかしたんですか……? あ、もしかしてまた寝てないんじゃ……」


 身を乗り出してロベールさんの横顔をのぞき込んだら、なんだか顔が赤い。恥ずかしそうな顔をしていた。


「もしかして……くっつき過ぎですか、あたし……?」


「い、いえ……っ、落馬で首の骨でも折られたら一大事、問題ありません……っ」


「じゃあ、あたしがこうしているから、顔が赤くなっているんですか?」


「さ、酒です、出発前に酒を一杯ひっかけてきただけですよっ」


 それは嘘だ。ロベールさんからは男の人の匂いしかしなかった。耳元に鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、ロベールさんが震えて面白かった。


 なんだか気持ちが高ぶってきた。楽しい気持ちが膨らんで、この旅がこれからどうなるかワクワクしてきた。


「すみません、何か話題を振りたいのですが、酒のせいでどうも頭が……」


「お酒の匂い、しませんけど?」


「匂いのしない特別なお酒なのです……っ」


 バザーのある辺りを抜けると、住宅が目立つようになってきた。大通りは右に左にくねりながら、あたしをまだ見ぬ土地に案内してくれた。


 あたしの意識が町並みに集まると、ロベールさんも気がまぎれたのか、ホッとため息を漏らした。

 洗練された大人の男性だと思っていたのに、結構純粋な人だった。


 それからさらに進んで、鳥人族が暮らす塔のような街を抜けると、そこから先が農村の目立つ郊外だった。

 水の張られた畑に、見たことのない作物が長く穂を伸ばしていた。ロベールさんに聞くと、それがお城でごちそうになっていたライスの正体だった。


「わぁ……」


 水の張られた綺麗な畑がひしめく辺りを抜けて、緩やかな丘を乗り越えると、見たこともない不思議な森が彼方に現れた。


「あれがクリムゾンヴェールの森です」


 その森は赤かった。真っ赤な木の葉を付ける木々に混じるように、緑色や紫色の葉を付ける木がちらほらとある不思議の森だった。


 その森を囲うようにバリゲードが張られていて、その近くには見張り台のある小さな駐屯地が建っていた。


「あの、見るからにすごく危険そうなんですけど……?」


 街道はその赤い森を避けるために大きく迂回している。少なくともピクニックを楽しめる雰囲気の森ではなかった。


「私とシャイアが守ります」


「え、シャイアさん……?」


「この馬です。ちなみに大柄なので誤解されがちですが、こう見えて牝馬です」


 シャイアさんが横顔をあたしに向けた。あたしはシャイアさんにペコリとお辞儀をした。


「貴女の力はあまりにも強すぎる。いつまた誰かに浚われてもおかしくない。ソフィーを側に付けるだけでは不安が拭えません」


「大丈夫ですよ、魔界の人たちってみんないい人たちですもん」


 サジタリウス=ハレーにきて感動した。陽気な人たちばかりで町全体が明るく感じられた。厳しいユーパトリウムの階級社会で生きてきたあたしにはここが理想郷に見えた。


「極め付きはその気質……かねてより思っておりましたが、貴女には強力な護衛が必要です」


「も、もう誘拐なんてされませんよーっ!?」


「クリムゾンヴェールの森の強力なモンスターが護衛となれば、私もそれなりに安心できる」


「強さ優先!? でも恐いのはダメですよっ、お客さんが逃げちゃいます!」


「ええ、じっくりと吟味いたしましょう」


 あたしたちは駐屯地に立ち寄った。森はバリケードでふさがれているので、駐屯地が管理している門を抜けないといけなかった。



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