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・本日正式オープン! - 幸せの音色 -

 昨日、店の改装工事をしてくれたネコヒトさんが『これはガッポリ稼がせてもらったお礼にゃ』と言って、[幸運のドアベル]という物を店の入り口に取り付けてくれた。


 それは薄紫色に染められたガラスの鈴でできている。鈴の大きさはクルミの実くらいで、一般的なドアベルより二周りもちっちゃくてそこがすごくかわいい。


 ドアが開かれるとベルは『チリン』と透き通った音色を奏でる。その音色があたしを幸せな気分にしてくれる。

 そんな鈴の音の数を数えながら、あたしはソフィーちゃんと新しいパンを焼いていった。


 ところが朝食時を過ぎると鈴の音がすっかり凪いでしまった。まさかこのまま下り調子になるのではないかと、らしくもなく不安になった。


 だけどあたしが不安を漏らすわけにもいかない。きっと大丈夫だと信じて笑顔を作り、せっせと生地をこねて店の棚をパンのきつね色に染めていった。


「ふぁぁ……なんか寝ちゃいそー……。お客さんきたら起こしてー……」


「リスティスお姉ちゃんは自堕落なのです」


「だってあたしらそういう生き物だもーん」


「うん、寝てていいよ。お昼になったらお客さんが『ブワァ~ッ!』ときてくれるんだから、体力温存しておいて!」


 二人が不安にならないように胸を張ってそう言い切った。そうすると胸から不安が消えて、新しいやる気があふれてきた。


 やる気に反して客足はその後も低調だった。

 聖女の力を込めた特別な[青林檎のジャムパン]が焼けると、二階のフードコートで早めの昼食にした。


「あはっ、ホントヤバいしょ」


「え、何が……?」


「アンタのこのジャムパンだよー。あーもうダメッ、全身から魔力が爆発しそう……っ、アハ、アハハハハッ!」


「一つ食べると2%も魔力が強くなるですよ。毎日コツコツ食べれば、ソフィーは来年には大魔法使いになってる計算なのですっ、キリッ!」


 味は普通に焼いたパンとあまり変わらない気がするけど、食べるとなんか元気があふれてくるような不思議な仕上がりだった。

 あたしは魔法とか使えないからよくわからないんだけど、二人はあふれる力に明るくしゃいでいた。


「アンタにシナモン味の蛇の夢を見せられる日も遠くなさそう。楽しみにしててよねー」


「そ、それは嫌だよーっ!?」


「じゃあエロい夢がいいー? リクエストがあるなら応えたげる。相手は宰相がいいよねー?」


「やだやだ無理無理っ、そういうのもあたしには早いよぉーっ!?」


「はぁ? せっかくあたしがいい夢見せたげるって言ってんのに、何言ってんの?」


 取り返しが付かないことをしているような気もするけど、だぶん大丈夫……。リスティスちゃんはそこまで悪い子じゃないから、きっと大丈夫……。だよね……?


「お姉さまが他のパンに力を込めたら、どんな効果になるですかねーっ!? 今度ソフィーが実験台になったげるのですよーっ」


「てかさぁ、宰相に浚われてよかったじゃん。こんな超ヤバい力があること悪いやつに知られたらさ、ろくでもないことになってたと思うよー?」


「ソフィーもそう思ったのです。きっとしゅごく大変なことになってたと思うのですよ……」


 いったいどんな想像をしてしまったのか、ソフィーちゃんは魔女帽の中に顔を引っ込めて怖がった。


「アンタよくわかってないでしょ?」


「え、うん……実はあんまり……」


「権力者たちがアンタを本気で奪い合ってたくさんの人が死んだり、誰にも奪われないようにアンタをどこかに監禁しようするやつが出たかもねー」


「えええーーっっ?! それはさすがに悪く考えすぎなような……!」


 でもよく考えてみたら可能性がなくもないかも……。

 公爵様や王子様にこのパンの力を知られたら、割と大きなトラブルに発展していたのかも……。


「あ、客だー、ちょっと行ってくるー」


「あ、いいよ、あたしがいく」


「接客はあたしの仕事でしょー。トロいアンタは後ろに引っ込んでればいいしー」


「う、うん……ありがとう、リスティスちゃん」


「はぁ? アンタを利用してやってるだけだしー」


 リスティスちゃんはまかないのチキンスープを一気飲みすると、ガーリックバターバゲットを口にくわえてパタパタと階段を下っていった。


「案外、いい人なのです……?」


「なんか態度、少しやわらかくなってきてるかも。このままお友達になれたらなぁ……」


「ソフィーもお姉さまと友達になりたいのです……」


 不安と期待を入り交じらせながらソフィーちゃんは言った。


「ありがとう! でもソフィーちゃんとはもうとっくに友達だよー! ポンポン菓子を一緒に食べたあの時からずっと!」


「そ、そうだったですかーっ!? えへへへ……しゅごく嬉しいのですっ!」


 両手を上げて喜ぶソフィーちゃんに笑いかけて、あたしは最後のパンを口に入れてスープを飲み干した。

 するとまたお店の鈴が鳴った。鳴った後にまた鳴って、店舗の方がだいぶ騒がしくなってきた。


「やったのですっ、今ので50人目のお客様の鈴なのですよーっ!」


「うんっ、さっすが一等地だねっ!」


「お姉さまの力なのです! ソフィー、お店手伝ってくるですよーっ!」


 席を立ってソフィーちゃんを見送るとまた鈴が鳴った。寝かしておいたパン生地を窯に入れると『チリン』。焼き上がったバゲットをナイフでカットすると『チリン』。


 それをフライパンでカリカリの[ガーリックバターバゲット]に調理すると、『チリンチリンチリン』と[幸運のドアベル]が鳴る。


「えっ、何っ、なんでこんな急に……っ。わぁぁぁ……っっ」


 気になってフライパンを抱えたまま後ろ歩きで店舗側をのぞきにいってみると、棚の前とレジの前がお客さんでいっぱいだった!

 魔界の人たちが笑顔でトレイにパンを乗せていた。


 ソフィーちゃんの勧めで2階に上がってゆく人もいて、午前はゆっくりだったお店がすごい勢いで回転していっていた!


「ちょー、何サボってるしー。さっさとそれ仕上げてよ、チンタラしてると棚が空っぽになっちゃうよー?」


「あ、そうだった……! あたしがんばっていっぱい作るねっ!」


「はいはい、店はあたしに任せなよ。接客はあたしだけで十分だし、フライパンはソフィーに任せたらー?」


 リスティスちゃんはレジでお客さんをさばきながらそう言ってくれた。

 なんか、すごく、リスティスちゃんが頼もしいんですけどっ!


「ありがとう、お店お願い!」


 にぎわうお店にソフィーちゃんもあたしも浮ついていた。あたふたしながらパンをこね、フライパンでバゲットでカリカリにした。


「チリンチリンチリンチリンチリンなのですっ!」


「すごい、何がどうなってるんだろっ!?」


「わかんないですけどっ、パンを切らしたらダメなのですよーっ!」


「そうだねっ、せっかくきてくれたんだから、みんなに食べてもらいたい!」


 今が忙しさのピークと踏んで一生懸命がんばった。大変なお仕事だったけど、棚に並べるなりあっという間に商品が消えてゆく光景にやりがいを感じた。焼いて、並べて、こねて、また焼いた。


「大変お待たせいたしました」


「あ、ロベールさんっ!」


「夕方までの余裕ができました。何か私に手伝えることはございますか?」


「え、でも……いいんですか?」


「当然でしょう。この光景を見たくて貴女を浚ったのですから、仲間外れは困りますよ」


 ロベールさんがヘルプに入ってくれるとすごく楽になった。ロベールさんは力持ちで、それでいてテキパキとよく動いてくれた。


「これだけの重労働をこうも楽々とこなすとは……貴女にはまったく恐れ入ります」


「ロベールさんの方がすごいよ、宰相様をしながら商会を運営して、さらにうちまで手伝ってくれてるんだもん」


「まあ、非常に忙しくはありますね」


「夜会でかばってくれた頃からは想像もつかないよ。まさかあの食いしん坊のお兄さんが、魔界の偉い人だったんて!」


「ああ……思えばあれが貴女とキュルクレインとの親交の始まりでしたね」


 まだ1ヶ月ちょっと前の話だけどなんだか懐かしい。ロベールさんは勇者様との友情を捨てて、今のこの繁盛をあたしにくれた。

 勇者様のことは今も気がかりだけど、今のあたしにはどうにもできないことだ。


「あれ……? でもどうして魔王軍の宰相様が、ユーパトリウムの都にいたんですか?」


「そのことですか。あれは魔王様のご命令でした」


「へ……?」


「魔王様は世間知らずな私に、外の世界をもっと学べと叱って下さいました。私はユーパトリウムを監視する諜報員としてあそこにいたのです」


「ええええーっ!? あ、あのお爺ちゃんがそんなこと言ったんですかっ!?」


「時々あの方は正気に戻られるのです。魔界の賢王と呼ばれていた聡明なお姿に」


 あのお爺ちゃんが賢王。とても想像できない。

 あたしはロベールさんが粗くまとめたパン生地を受け取って、空想の翼を膨らませながらそれをこねた。


「いくら見ても貴女の手は不思議です。これだけ重くどっしりとしている生地を、まるで枕でもこねるように軽々と……おっと、失礼……」


 その時、生地の受け渡しでロベールさんの手があたしの手の甲に触れた。


「あ、大丈夫です。一昨日はあの……色々あって、あたしが一人でビックリしちゃってただけですからっ」


「そうだったのですか。私はてっきり機嫌を損ねてしまったのかと……」


 今度はあたしからロベールさんの手の甲に触れて、明るい笑顔を送った。一昨日はリスティスちゃんに変な夢を見せられたせいで過敏になっていたとは言えなかった。


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