・100%中の100%のパン - アップルパイにシナモンは邪道 -
ソフィーちゃんは最後のパンを配布するとすぐに店のホウキにまたがって、お師匠がいる魔王城の塔へと飛んでいった。
厳しい魔女の修行があるのにあたしのために時間を割いてくれるなんて、ソフィーちゃんはすごくやさしい良い子だ。いつか恩返しをしなくちゃいけなかった。
「ただいまなのです! でもすぐ行かなきゃいけないのです!」
それから夜がきて、お城の食堂で夕飯を食べて、部屋でゆっくりしているとソフィーちゃんが戻ってきた。
「ごめんね、お店を手伝わせちゃったせいで……」
「そんなことないのですっ、毎日お手伝いしたいくらいなのですっ!」
「あ、そうだっ、これよかったら……っ」
荷物だけまとめてすぐに部屋を出ていこうとするソフィーちゃんに、あたしは特別製を渡した。
「ありがとうなのです、お姉さま! 一生ついていくですよっ!」
「あはは、大げさだよ」
ソフィーちゃんが窓から火かき棒にまたがって出て行くと、窓をそのままにしてあたしは調理場でお茶を入れることにした。
「あ、あの……なんかこのお茶葉、カビてませんか……?」
だけど調理場で貰ったお茶は緑色に染まっていた。ニャーさんはもう寝間着姿だった。寝ぼけているのかもしれない。
「あっはっはっはっ、アンタもしかして緑茶を知らないのかい!? 魔界じゃお茶と言ったらこっちのことさ!」
「え、そうなんですか……!?」
「慣れないと少し飲みにくいかもねぇ。……水にするかい?」
「いえっ、慣れてみますっ! 魔界の人たちにパンの味を押し付けるだけじゃ、不公平ですからっ! わっ?!」
大きなニャーさんがふわふわの胸にあたしを包み込んでくれた。ニャーさんは軽々とあたしを抱き上げて、猫がすり寄るように頭を頭を擦り付けてきた。
「アンタお人形さんみたいでかわいいねぇ」
「ニャーさんが大きいんですっ!」
ニャーさんの喉がゴロゴロ鳴ってなんだか癒された。やがて解放されるとあたしは黄緑色の不思議なお茶を煎れて部屋に戻った。
「ぺっぺっ、ニャーさんの毛が口の中に入ってる……。さてっ!」
緑茶をテーブルに配膳した。そしてその緑茶の隣にあたしは[特別製の青林檎のジャムパン]を並べた。
今日みんなに食べてもらったパンは普通だった。魔王様を快復させたすごい力を発揮しなかった。
それはそうなるように聖女の力を抑えて作ったため。そうしておかないとトラブルになるかもしれないと、ロベールさんが勧めてくれた。
「うー……なんかちょっと葉っぱっぽい……」
緑茶は葉っぱの味がした。香りが紅茶より強くて渋みがあった。
そんな苦い口にあたしは特別製を運ぶ。冷めて少しパサパサになってしまっていたけど、パンの食べ応えの向こうに青林檎ジャムの甘みがあってすごく美味しかった。
「うーん、どうなるのかな……。うーん、付け合わせがあると案外……美味しいかも、緑茶……」
この特別製は聖女の力を意識的にそそぎ込んで作った。これを食べたらどうなるか、自分で実験してみることにした。
さっきソフィーちゃんにあげたのは――その場の勢い。あと感謝の気持ち。
「ふぅ、ごちそうさまー」
お茶と交互に楽しんで全部食べ切った。すごく美味しかったけど、ロベールさんが言うような特別な力はなさそうだ。
「よかったぁ~。そうじゃないと、みんなにパンを食べてもらいにくいもんね……」
残しておいた緑茶を少しずつ飲みながら、開けっ放しの窓から空を眺めた。燭台のオレンジ色の光と[サジタリウスの目]の青白い光が入り交じって幻想的だった。
ところが見上げたその窓から思わぬ人が現れた。
「突然だけど、アンタの苦手な物って何?」
「リスティスちゃんっ、遊びにきてくれたのっ!?」
「ね、寝ぼけたこと言ってんじゃないわよっ! そんなことより、苦手な物はー!?」
「シナモン。あたしあの風味が苦手で……」
あたしはアップルパイのシナモンが許せない派。バターとパイ生地と林檎の香りだけで十分なのに、どうして余計な風味を加えるの?
「あっそう……じゃ、苦手な生き物は?」
「蛇、かな……? へへへーっ、家が農家だから虫とかは平気なんだよーっ!」
「じゃあ今夜はその両方が出てくる夢を見せてあげる」
「……………………え」
あたしがゾッとするとリスティスちゃんはすごく楽しそうに笑った。
「はい決まり。今日のアンタの夢は何もかもがシナモン風味で蛇だらけの夢ね!」
「え、ええええーーっっ?!! やだ、それは絶対やだっ!!」
「だったらなおさらやるしかないしー! 夢魔族の恐ろしさを思い知れー!!」
逃げようとすると空を飛べるリスティスちゃんに回り込まれた。彼女はあたしに両手を突き出して、そこから黒い渦を立ちこめさせた。
「来たれ悪夢の夜、ナイトメアッッ!!」
「蛇はいやぁぁーーっっ!!」
黒い渦が飛んできた。魔法のことはよくわからないけど無我夢中であたしは腕を出して自分をかばおうとした。
「キャァァァーッッ?!!」
あ、あれ…………?
目を開けると飛んできたはずの黒い渦が消えていた。リスティスちゃんが絨毯の上に横たわって、苦しそうな顔で目を閉じている。
「リ、リスティス、ちゃん……?」
「ぅ……ぅぅ……うぅぅぅーーっっ?! い、嫌……ぁぁぁぁ……っ?!」
リスティスちゃんの周囲にうっすらと黒い渦が見えた。彼女は眠っていて、その眠りの中でうなされているように見えた。
「あ、あれ……? 何がどうなってるの……?」
なんで悪夢の魔法をかけようとしたリスティスちゃんの方が悪夢に襲われているのだろう。わけがわからなかった。
「はぁ、ビックリした……まだ心臓ドキドキいってる……。夢魔族さんと友達になるのって、難しい……」
揺すってもリスティスちゃんは起きなかった。床で寝かせるのも可哀想なのであたしのベッドに運んであげた。
「起きない、どうしよう……」
「お姉さまっ!!」
「あ、ソフィーちゃんっ、いいところにっ!!」
困っていると今度は窓からソフィーちゃんが帰ってきた。どこで拾ったのかわからないスコップにまたがってあたしの隣で着地した。
さっきの火かき棒やうちの店のほうきはどこに消えたのだろう……。
「お姉さまのパンはやっぱりすごいのですっ! さっきのお姉さまのパンを食べたら魔法の力が強く――はれぇ……?」
興奮しているみたいだったけど、ベッドでうなされるリスティスちゃんに気づいてソフィーちゃんは目を丸くした。
ソフィーちゃんとリスティスちゃんは昼間にパンを一緒に配布した仲だった。
「リスティスお姉ちゃん、何してるですか……?」
「う、うん、あのね……」
大まかにさっきまでの話をソフィーちゃんに説明した。するとソフィーちゃんは驚いて、こちらを尊敬の目で見ながらこう言った。
「魔法、跳ね返しちゃったですか!?」
「あ、そうなるのかな、この状態……?」
「しゅごいのです……っ!」
「……もしかしたら、さっき食べたこの特別製のパンと関係あるのかも……」
特別製の青林檎のジャムパンはまだ4つもあった。それをソフィーちゃんに出して見せると、彼女があたしに飛びついてきた。
「お姉さまっ、ソフィーにそれ全部下さいっ!!」
「え、全部……!?」
「それ食べてお師匠様のところ行ったらっ、スーパーソフィーになったのですっ!」
「ええっと……どういうこと……?」
とにかく全部欲しいとソフィーちゃんがいうので、残り4つをソフィーちゃんにあげた。
朝ご飯にしようと思ったけど、特別な力があるみたいだし、ご飯向けじゃないかな……。
「魔法がドカーンッと出たのです! お姉ちゃんのそのジャムパンを食べると、魔法の力が強くなるみたいなのですっ! ハグッ!」
絶賛うなされ中のリスティスちゃんの前で、ソフィーちゃんは小さな口でパンをほおばった。
喉が詰まりそうになると、ちょっとだけ残っていた緑茶をあげた。
「ぷぁぁぁ~っっ、きたきたきたっ、きたのでですよぉーっっ!!」
「わっ、わぁぁーーっっ?!!」
1つ食べ切るとソフィーちゃんの全身から明るい黄色のオーラが出てきた。
「ふっふぉぉぉぉーっっ!!」
「えぇぇっ、何それぇぇーっっ?!!」
「ふんぬーんっっ!!」
ソフィーちゃんが力を込めると、彼女から暖かい風が沸き起こって魔女帽を空に浮かせた。
ソフィーちゃんは帽子の下に小さな角を隠していた。あたしにそれを見られたことに気付くと、ソフィーちゃんは空を舞う帽子に飛びついて必死で頭を隠した。
「見ちゃダメなのですぅぅーっっ!!」
「え、なんで?」
「角、ちっちゃいから……見られるの、恥ずかしいのです……」
「かわいいと思うよ?」
「うう~…………」
ソフィーちゃんの角へのコンプレックスはいったん置いといて、どうやらこの[特製:青林檎のジャムパン]には魔法の力を高める効果があるみたいだ。
そんな力を持ったパンをお店で売るわけにもいかない。ロベールさんの提案通り、聖女の力を抑えてこねておいてよかった。




