・新装開店! 今日だけ無料配布中! - 夢魔の気まぐれ -
「はっ?! けっ、なんて甘ったるい食い物だっ!! 危ねぇ危ねぇ、あまりの甘さにカロンの河を渡りかけたぜっ!! 俺ぁ甘い物が大の弱点なんだよっ!!」
と言いながらも親分さんは全部食べてくれた。
「ヒューマンのお姉さんっ、僕たちも下さいワン!」
「あ、はーいっ、どうぞどうぞーっ!」
「テ、テメェらっ、何勝手なことやってやがるっ!!」
かわいくて素直な舎弟コボルトさんたちにそれぞれの好みのパンを手渡した。
「わふっわふっ、初めて食べるけど美味しいわふっ!!」
「こんなにバターが美味しくなる食べ物があったワン!?」
「親分のことは気にしないでほしいわふ! くぅぅん……毎日おやつに食べたいわふ……」
やったっ、やったーっ! かわいい人たちに美味しいって言ってもらえた!!
「明後日から正式にお店を開く予定なのでっ、よかったらお店にきてねっ!」
「行くわふっ! 次はお金出していっぱい買わせてもらうわふぅっ!」
「ケッ……食い物なんかに釣られやがって!」
そう言いながら尻尾をブンブン振り回す親分さんがかわいすぎた。
「お分かりいただけたようですね」
「へっ、口が甘ったるくて気持ち悪ぃが、味はまあ認めてやる」
親分さんはペロリと舌なめずりをして、棚のジャムパンをジッと見つめ始めた。あたしの気のせいかもだけど、すごくおかわりしたそうに見えた。
「兵士長が言うならきっと本物だ、1つ試食させてくれ」
魔人族のお兄さんがそう言ってあたしの前にきてくれた。あたしは笑顔で彼に[青林檎のジャムパン]を差し出した。
「あら、急がないとなくなっちゃうんじゃないかしら……? ごめんなさい、それ1つ下さる?」
「とにかく美味いらしいな! おまけにタダとなれば貰わない理由はない!」
「リスティスが迷惑かけてごめんね、あの子あたしら夢魔族の中でも跳ね返り者だから……」
様子を見ていた人たちが一斉に押し掛けてきた。あたしはそれが嬉しくて笑顔で応えて、ソフィーちゃんと一緒に焼きたてのパンを皆さんに配布した。
そしたらどんどん後ろから人が並んできた。人だかりが人だかりを呼んで、棚からパンが次々とつかまれて消えてゆく!
ロベールさんが店内と行き来して補充をしてくれたけど、欲しがる人が多すぎて10分ももたずに在庫切れになった。
「金なら払うっ、もっと作ってくれ!」
「こんなに美味しいなんて知らなかった! もっともっと!」
「わ、わかりましたっ! 焼き上がりまで少しお待ちいただけるなら……これから作ってきます!」
まだ焼かずにおいた生地がお店にある。それをすぐに焼いて、追加の生地をこねて、どうにかするしかない!
あたしは軒先を離れて工房でパンを焼いた。販売はロベールさんとソフィーちゃんに任せて、あたしはパン工房で力いっぱいパンをこねて、どんどん焼いていった。
作っても作ってもすぐにパンはなくなった。作れば作るほどに赤字になるけど、食べて貰えるのが嬉しくて気にしないで作っていった。
「こんな時に申し訳ありません……城で外せない急用が……」
「えええーっ、こんな時にロベールさん行っちゃうの!?」
「ええ……実は魔王様が、城内で徘徊を……。このままではまた町に……」
「それは大変っ、行ってあげて!」
「申し訳ありません、落ち着き次第戻りますので……」
でもどうしよう。ソフィーちゃんだけにパンの配布を任せるのは不安だし、ソフィーちゃんも不安だと思う。
やっぱり誰か雇えばよかった。あたしとソフィーちゃんだけではお店は回らない……。
ロベールさんは被害を食い止めるためにすぐに飛び出して行ってしまった。
困った、困った、どうしよう……。
「うぅ、開店効率を落とすしかないかぁ……。あたしも配布を手伝って、パンがはけたらそれから焼いて……うぅー……」
でもそれだとすごく待たせることになって申し訳ない。
「あれ……?」
パン工房で迷っていると、正面から風がなびいた。顔を上げるとなんと!
「独り言うざっ」
「あ、リスティスちゃんっ!?」
リスティスちゃんがあたしの頭上で腕を組んで見下ろしていた。
「手伝ったげる」
「…………えっ!?」
「猫の手にも劣ると言われる夢魔の手を借りたいなら、特別に貸したげる」
「い、いいのっ!?」
そう聞くとリスティスちゃんの方が驚いた。それからまた気に入らないそうで、空の上でひっくり返った。まるでコウモリだった。
「アンタのパン、不思議。食べるとなんか元気がみなぎってくる……」
「えへへへへ……」
「調子に乗んな、これは取引なんだから。そのパン、くれるなら手伝ったげる」
「嬉しい!! ぜひお願い、ありがとう、リスティスちゃんっ!!」
「はっ、バカじゃないの、アンタ……。じゃ、配布手伝ってくるね」
嬉しくてリスティスちゃんの後ろ姿を見送ってしまった。そしたら入れ替わりで別の人がお店に入ってきた。
「よぅ……宰相が呼び出しだってな」
「あ、ガルちゃん親分さんっ!」
「今日は暇でな、宰相の代わりをしてやらねぇでもないぜ……? その代わり、多めに融通してもらえるか?」
「いいんですかっ!? ぜひお願いします!」
さっきはロベールさんに難癖を付けていたけど、親分さんはやっぱりいい人だ。
「べ、別に俺様が食うんじゃねぇぞ!?」
「あ、はい」
「あの甘ったるくてキツいジャムパンな、舎弟どもが食いたがってる! 舎弟どものために! やつらのために特別に手伝ってやる!」
「じゃああたしと一緒にパンを作りましょう! 力持ちな方は大歓迎です!」
「お、俺が、料理を……!? じょ、上等だぁっ!」
追い風を感じながら、あたしは強面だけど舎弟想いのやさしいコボルトさんとパンを焼いた。
大柄で力のあるガルちゃん親分は予想通り頼りになった。
「ば、化け物かよ姉ちゃんよぉっ?!」
「え、何が?」
「巨大な石臼を軽々と回し……俺様でも腕がビキビキするパンをこねる仕事をこうも涼しい顔でこなすたぁ……」
「あー、コツがあるんですよー、これ」
「こりゃコツも何もねぇ力技だろがよ! なるほどな、宰相が姉ちゃん浚ってこなけりゃ、いずれ俺たちは敵になってたかもしれねぇな……」
楽しかった。ガルちゃん親分は顔は怖いけど明るい人で、一緒にお仕事していて楽しかった。
そんなわけで順調快調。飛び入りで手伝ってくれたガルちゃん親分とリスティスちゃんのおかげで、その日のプレオープンは大成功で終えることができた。
提供したパンの数は1/2カットのジャムパンが360食。輪切りのバゲットがたぶん800食くらい。それが全部、魔界の人々の胃袋に消えた。
もちろん、そのまま戻ってこれなくなってしまったロベールさんにもそれらを報告した。
「恐れ入りました。まさかあのガルムレックまで懐かせるとは、貴方には敵いそうもありません」
「いっぱい集まってくれたから、いっぱい赤字が出ちゃいましたけどね……」
「何も問題ありません。まずは顧客を増やさないことには何も始まりませんからね」
「明後日きてくれるって人もいっぱいいたよ! あと、あたしのパンを食べると元気が出るって、リスティスちゃんが……」
「彼女をなびかせたことと言い、貴女のパンはつくづく不思議ですよ」
あたしの報告をロベールさんは一句一句嬉しそうに聞いてくれた。
「この先もきっと上手くいきます」
「うんっ、がんばるよ、あたし!」
正式オープンに向けて一緒にがんばろうとロベールさんと誓い合った。




