・新装開店! 今日だけ無料配布中! - 狼の咆哮 -
ジャムパンが焼けた。もちろん試食した。期待通りのバッチリの味わいだった。焼いたことで風味が少し飛んでしまっていたけど、ほおばると青林檎の爽やかな香りが広がる傑作だった。
よっぽど口に合ったみたいでロベールさんはいきなり歌い出し、ソフィーちゃんは幸せいっぱいに肩と足を揺すって笑顔で食べてくれた。
ともあれこれで準備完了。あたしたちは店から棚と籠を軒先に運び出して、そこに[ガーリックバターバゲット]と[青林檎のジャムパン]を並べた。
「ここは宰相である私にお任せを。貴女よりは顔が――」
「ううんっ、最初はあたしが呼び込む! お膳立てをしてくれたのはロベールさんだけど、ここはあたしの店だからっ!」
「そうですか。貴女の剛胆さには尊敬の念を覚えます」
「宰相さまっ、剛胆は女の人に言う褒め言葉ではないのですよ……っ」
「……強い心の力を持っていると言ったつもりなのですが、ダメですか」
「女の子に『剛胆』は褒めてないのです……っ」
ロベールさんはこの国の宰相様だ。ただそこに立っているだけで町の人の注目が集まる。あたしはその注目を利用してハンドベルを鳴らし、声を張り上げた。
「皆さーんっ、あたしっ、今日からここでパン屋さんを開くことになったコムギっていいますっ、どうかこれからよろしくお願いしますっ!!」
ペコリとお辞儀をして、注目が集まっているうちに話を進めた。
「あたしはお隣のユーパトリウムの出身です! ユーパトリウムではこのパンという食べ物をライスの代わりに食べます! サジタリウス=ハレーの皆さんには馴染みのない食べ物だと思います! そこでっっ!!」
町の人たちの反応は冷ややかだ。何人かはあたしに興味を持ってくれたみたいだけど、ほとんどの人はロベール宰相を見ているか、そのまま素通りしていった。
でもここで臆したらダメだ。無関心や注目に負けたら言葉が出なくなっちゃう。あたしは勇気を振り絞って声を上げた。
「今日だけ無料で皆さんにこちらのパンをプレゼントしますっ!! どうか遠慮せず、うちのパンを食べていって下さいっ!!」
「味は私が保証しましょう。彼女はユーパトリウム王国一のパン屋です」
「おすすめはこっちの青林檎のジャムパンなのですっ! 記憶が飛ぶほど美味しいのですよーっ!」
二人のフォローに感謝して、あたしは続けパンの無料配布の呼び込みをがんばった。
だけど町の人はパンの並んだ棚に近付いてこなかった。興味を失って去る人も多かった。
魔界の人たちにとってパンはよくわからない食べ物だ。いい匂いだから気になってはいるはずだけど、どんなに声を上げてもあたしのパンに手を取ってくれる人は現れなかった。
「あの子、必死で呼び込んでるけどどうする?」
「どうするって……わからない物食べて腹壊したら困るしなぁ……」
「そもそもどうやって食べるんだ? 外側をむくのか? 手で食べたらマナー違反か?」
食文化の壁の分厚さを感じた。
それでも誰か一人、誰か一人でも食べてくれたら流れが変わると信じてあたしは声を上げる。
みんなでがんばって作った物が1つも売れなかったら落ち込む。プレオープンがそんな結末じゃ嫌だ!
「ふふ……いい気味」
「あ……リスティスちゃん……」
そんな弱り目のあたしの前にふわりと気まぐれな夢魔族が空から降ってきた。
「脳天気なアンタが泣きそうな顔してるところが最高! 悔しい? ねぇ悔しい? 誰も食べてくれなくて悔しいんでしょ?」
「うぅぅぅーっっ!」
脳天気なあたしでもそういう言い方をされたら傷ついた……。
「意地悪はダメなのですよーっ!!」
「最悪ですね、人として」
ここで口ゲンカをしたらプレオープンが失敗で終わってしまう。あたしは反論の言葉を引っ込めた。
「キャハハハッ、じゃあうちが食べてあげる!」
「えっ!?」
「嫌いなやつにはくれないのー?」
「う、ううんっ、嫌いなんかじゃないよっ!」
あたしが手渡しする前にリスティスちゃんが棚から[ガーリックバターバゲット]を取った。
「バーカ、みんなの前で不味いってけなしてあげるんだから……」
「ええええーっっ?!」
リスティスちゃんは空に浮き上がって、みんなの前であたしの力作を食べた。みんなの前で不味いって言う意地悪だけは本気で傷つくから止めて!
「はむっはむっはむっ……んっんんっ、んんーっっ、こ、これ……っ!!」
ところがリスティスちゃんは無言だった。一口食べると止まらなくなって、結局みんなの前で全部食べてしまった。
「あ…………」
「あ?」
全部食べきってからリスティスちゃんは我に返った。
もしかしてお口にあったのかな……?
「うーー……」
「うー?」
「嫌い!! アンタなんか嫌い!!」
「えーーっっ、突然何ーっ!? あたしは嫌いじゃないよっ! わぁっ!?」
リスティスちゃんが鷹みたいに降りてきて、棚からまた[ガーリックバターバゲット]を奪った。
「不味いっ、過去最悪に不味いっ!! こんなに不味いの食べたことないんだからーっっ!!」
「えええーっ、不味いのになんでおかわりするのーっ!?」
「バカバカ嫌い嫌い!! けなしてやろうと思ったのにーっっ!!」
「もうけなしているよぉーっ!? あっ、待ってっ、あーっ!?」
リスティスちゃんはさらにもう一切れ棚から奪ってから、空の彼方に飛んでいってしまった。
「災難だったな、姉ちゃん」
「でも大したものよ。性格ねじくれ曲がってる夢魔族にあれだけ言わせるなんて、すごいわあなた」
「味は悪くないみたいだな。……お?」
怪我の功名?
リスティスちゃんが不味いって言ってくれたおかげで、町の人の興味が集まった。あれだけがっついてから不味いって言っても誰も信じないし、町の人には逆の意味で受け止められた。
「よぅ、ロベール宰相殿」
「あ、あなたはお城の!! いらっしゃいませっ!!」
二人目のお客様は、お城で何度か顔を合わせた強面の大きなコボルトさんだった。彼はあたしを無視してロベールさんを睨んだ。
「どうも、ガルムレック兵士長」
「気にいらねぇな……。国営商会の金を使って好き放題やってるそうじゃねぇか」
ガルムレックさんの後ろにはコボルトさんたちがいっぱいいた。ガルムレックさんは雰囲気が鋭くて怖いけど、舎弟のコボルトさんちはみんなかわいかった。
「いけませんか?」
「何言ってやがる、こりゃ立派な職権乱用だ」
「ホライズン商会はロベール様もお財布じゃないわふっ!! ……と、親分が言ってたわふ……っ、キュゥゥン……」
舎弟さんたちは親分さんの背中に隠れた。ガルムレック親分さんはそんな舎弟たちを片腕を広げてかばった。
「ロ、ロベールさん……っ?」
「ケンカはダメなのですよ~……っっ」
棚のこちら側にいたロベールさんが回り込んで親分さんの前に立った。すると後ろのコボルトさんは親分さんを捨てて遠くに逃げ出してしまった。
「なんだ? 俺の言っていることは間違っているのか、えぇ?」
「いえ、正論です。ですが……」
いつの間にかロベールさんは[青林檎のジャムパン]を手に持っていた。彼は親分さんと睨み合いながら、静かにこんがりと焼けたパンを差し出す。
「そ、それは……っっ」
「どうぞ」
「な、なんのつもりだ……!?」
「食べればわかります。私がユーパトリウムでの任務を捨てて彼女を連れ帰った真相が」
突っぱねられるかと思った。けど親分さんはあたしのパンを受け取ってくれた。
「へっ、こんな甘ったるい食いもんなんて、俺様の口には合わねぇんだけどな……」
「面倒な人ですね、貴方も」
「うるせぇっ!! ……うっっ?!!」
親分さんが[青林檎のジャムパン]を口に運んだ。
するとすごいことになった。ワイルドに逆立っていた全身の毛がしんなりとボリュームダウンした。
それだけじゃない。親分さんは大きな尻尾を嬉しそうにぶんぶんと振り回した。
「きゅぅぅ~ん……おいちぃ……♪」
誰の声か一瞬わからなかったけど、それは幸せに目を輝かす親分さんの鳴き声だった!




