・完成、ガーリックバターバゲット
それから生地を寝かせてから1時間が経つと、パン焼き釜にバゲットの生地を入れた。バゲットの方が焼き時間が長い。
それと今日は作るのは[ガーリックバターバゲット]だ。焼き上がったものに一手間加えることになる。
30分くらいするとバゲットの香ばしい香りが店内に広がった。
「ほわぁぁ~……いい匂いなのです……」
「ええ、香りだけでもう、バゲット1本をたいらげられそうですね」
「宰相様はパンガチ勢なのです……」
「あはは、あたしもパンが好きだけど、パンの匂いをおかずにパンを食べれるほどじゃないかな……」
さすがはおやつ感覚でバゲット1本食いのロベールさんだった。
「貴女の作ったパンだからですよ。きっと貴女のパンなら私は無限に食べられるでしょう」
冗談抜きの真顔でそう言って、ロベールさんは紙にペンを滑らせていった。
あたしも時々パンの様子を見ながら、掃除をしたりソフィーちゃんとお喋りをして時間をつぶした。
どれくらいで焼けるかはパン焼き窯次第だ。店の備品として大きな砂時計を3つ買おうと決めた。
「そろそろいいかも!」
「ソフィーもちょうどいい匂いだと思うです!」
窯の中でバゲットがいい感じのきつね色になると、あたしはミトンに指を通して、3台のパン焼き釜からふかふかのバゲットを取り出した。
みんなで力を合わせて作ったバゲットは少し不格好だったけど、すごく美味しそうで、あたしもつまみ食いをしたくなった。
「では試食を」
「うんっ試食は大事っ、ちょっと食べてみよーっ!」
「やったのですぅーっ!!」
「でもその前にジャムパンを釜に入れちゃうね!」
「手伝いましょう」
バゲットと入れ替えでジャムパンをパン焼き釜に入れた。焼き上がりが楽しみだ。
「お疲れさまっ、それでは……試食ターイムッ!!」
「わーいっ!!」
焼き上がったパンはパレットに乗せてあら熱を取る。そこからミトンの手のまま1本を抜いて、輪切りを3本作った。
生地のしっかりしたバゲットも焼きたてはやわらかい。熱々のそれをあたしたちは口に運んだ。
「うんっ、美味しいっ!」
「はむはむ、あちちっ! 口の中が香ばしくてっしゅごいのです……っ!」
「自分で作ると、料理とはこれほどまでに美味しくなるものなのですね……」
「わかるですっ! ソフィーたちが手伝ったパンがこんなに美味しくてっ、しゅごく嬉しいのですっ!」
二人とも幸せそうに笑ってくれた。実際そのバゲットは改心の出来だった。
「しょうがないな~、もうちょっと食べるー?」
「ええ、できれば1本いただきたいです!」
「それはダメです」
二人が食べている間に地下へ降りて、バターとニンニクを探した。見つけてパン工房に戻ると、二人はジャムの壷を囲んでいた。
「迷っているうちに戻ってきてしまいましたか……」
「うぅぅー、つまみ食いしておけばよかったのです……っ」
「言い出しっぺはソフィーです、私は止めました」
「嘘なのですっ! 最初に気になるって言い出したのは宰相さまなのですよぉーっ!?」
「もーっ、あとほんのちょっとの我慢でしょっ、ここまできたら焼き上がるの待ってよっ!」
カマドに大きなフライパンを置いて、そこにバターを乗せた。
「フレイムッ!」
「ありがとう、ソフィーちゃん!」
「えへへ~、火が欲しいときはいつでも言ってほしいのです」
魔界の人たちは魔法を使える人たちが多いから、あまり薪を使わないそうだ。だから薪は贅沢品らしい。
カマドの魔法の炎でフライパンがあぶられ、バターがとけてゆく間にニンニクを刻んだ。
バターにニンニクを入れて香りを移したら、その油で輪切りにしたバゲットの裏表を揚げて塩と乾燥パセリを振れば[ガーリックバターバゲット]の完成だ。
「試食っ、試食っ!」
「確実にわかります。これは美味しいっ、間違いありません!」
「ちょっとっ、二人とも落ち着いてっ、いいけど冷まさないと口火傷しちゃうよっ!?」
バゲット3本分を調理すると、フレイムの魔法を解除してもらって、冷ましておいた物を試食してみた。
「誘拐魔になって、よかった……」
「お姉さまを誘拐してくれてありがとうなのです宰相さまっ!!」
「いえいえ……勇者と敵対しただけの価値がありました……ああっ、なんというカリカリ味……っ」
「ザクザクしっとりでオイリーなのですっ!」
いつもいつも大げさな人たちだった。
揚げたところはカリカリ、揚がってないところはしっかりもっちり。バターの香りとパンの香りが重なり合って、実際まあすごい美味しかった。
「バターとガーリックッ、そして小麦のマリアージュ……」
「ま、まり……え?」
「ああ、一生これだけを食べて生きたい……っ!」
「ソフィーもなのですっ、ソフィーはお姉さまのお家の子になりたいのですっ!」
大げさすぎていまいち参考にならない……。
でもこの仕上がりならいけるはず! 最初は難しくても、口にさえ入れてもらえたらいけるかもしれない!
「そして次は、本日本命の、ジャムパンですね……フ、フフッ、気が高ぶって声が1オクターブ上がってしまいますよっ!」
「昨日からずーーっと、つまみ食い我慢してきたですっ! 死ぬなら食べてからがいいですっ!」
自己申告だけど、つまみ食いの犯人はソフィーちゃんではないそうだった。だったら犯人は、誰……?
「あ!」
「どうしたですかー?」
ふと窓を見るとリスティスちゃんの顔がそこにあった。リスティスちゃんはあたしと目が合うと驚いて逃げていった。
もしかしてあたしのパン、食べたかったのかな……?
「ああ、彼女ですか。調理中、ずっとここを見ていましたよ。……それはもう、物欲しそうに」
「そうなんだっ、じゃあお裾分けしたら仲良くなれるかなっ!?」
「どうでしょうね、夢魔族はひねくれ者も多いですから」
「そっかぁ……仲良くなりたいなぁ……」
「いったいなぜ? 宰相の身で言うのも不適切ですが、彼らは困った種族たちですよ?」
「だって面白い子だもん! 友達になったら絶対楽しいと思う!」
あと、ちょっと妹に似ている。容姿じゃなくて、突っかかってくるところとか、なんか懐かしい感じ……。
アムリスちゃん、王子様と幸せにやれてるといいな……。
「腹に据えかねるようなことがあればご相談を」
「ソフィーにも言うのですよっ!」
「いらないよーっ、絶対仲良くなってみせるっ!」
そうしていると甘い匂いが立ちこめてきた。卵と牛乳を加えた生地と、林檎ジャムの甘い匂いが少しずつ広がっていっている。
リスティスちゃんもどこかでこの香りを嗅いでお腹を空かせているかと思うと、手渡しで食べさせてあげたくなった。
リスティスちゃんならきっと食べてくれる。そんな気がしていた。




