・開店準備! パンを焼こう!
広場と大通りの境界線は公園になっている。そこは緑だけではなく赤や青、紫色の葉を付ける草木が生い茂る不思議な場所だ。
木の上ではネコヒト族さんが丸くなっていたり、ハーピィ族さんが毛繕いをしていたり、なんだかあたしも一緒になって木に上りたくなるような光景がある。
そんな不思議な公園を抜ければそこが大通り。大通りは朝から活発に魔界の人々が行き来していた。
荷車を引きながら数えてみれば、あたしの店はお城を出て5軒先。それも角地でお向かいさんは高級そうなレストランだった。
「わぁぁ……っ!!」
自分の店が見えてくるなり あたしは声を上げていた。元は石造りの建物に木張りの外装が施されて、すごく暖かみのあるお店になっていた。
「うっわぁぁーっっ!?」
内装もかわいかった。中も木張りの壁と床の温かい雰囲気のお店になっていて、まだ空っぽの棚とカウンターにワクワクした。
まだ小物もほとんどなくて飾り気がないけど、そこはご愛敬! これから物を増やしてゆくワクワクがそこにあった!
「かわいいお店なのです!」
「これはもう失敗できないねっ、がんばるしかないね……っ!」
お店からは新しい木材の匂いがした。白木を使った棚やカウンターが輝いて見えた。上手くいくかどうか不安だけど、ここがお客さんで賑わったら最高に嬉しいと思う!
「初めはこんなものでしょう。完璧に整っているよりは、やや荒削りな方が入店しやすいかと」
「いいっ、すごくいいよっ、ありがとうロベールさんっ!」
「いえいえ、では奥のパン工房の方へ」
「うんっ!」
カウンターの隣にはドアのない出入り口がある。ロベールさんは誇らしげな顔であたしの手を取ってその先に案内してくれた。
パン工房の方も壮観だった。パン焼き窯が本当に3台も用意されていて、大げさなくらいに広い調理場に息を飲んだ。
「あ、石臼もあるっ! えーっ、よくこんなに早く用意できたねっ!?」
「はい、全ては美味しいパンを食べるためです」
「あはは、さっすがロベールさんっ!」
本物のロベールさんはやっぱり食いしん坊だった。あたしは材料が保管されているという地下室へと下り、用意されていたコムギ袋を抱えて戻ると、早速製粉から始めた。
「うーんっ、楽し~♪ ごーりごり~♪」
「楽しそうなのですっ!」
「あ、ソフィーちゃんもやってみる~?」
「やるですやるですっ! ごーり……んごごごごーっ?! お、重すぎるのですぅぅ……っっ」
確かにこの石臼、昔ろうえきしていた頃の物より二周りくらいも大きい。
「はい、こちらは聖女コムギ仕様の特注となっております。どうでしょうか、重すぎるようなら調整を入れさせますが?」
「ううんっ、ちょうどいい感じ! ありがとう、ロベールさんっ!」
「ほぇぇぇ……お姉さま、しゅごいのです……」
「ソフィーちゃんは真ん中のここに小麦を入れてっ!」
「はいなのですっ! ほわぁぁ……しゅごい力……お姉さまはミノタウロス族よりきっと強いのです……」
ソフィーちゃんはそう言うと、ロベールさんが楽しそうに笑った。そんなことはないと思うんだけど、ロベールさんは否定してくれなかった。
彼は石臼から出た真っ白な小麦粉を銀色のボウルに移して、秤で計量をしてくれた。
「そういえば、貴女の部屋に忍び込んだ夢魔がいたようですが……」
「え、そ、そうなの……?」
「その者は命拾いしましたね。貴女がその力を怒りに任せて使っていたら、その者は惨たらしい肉塊となっていたでしょう」
告げ口はしていないと、ソフィーちゃんが首を左右に振っていた。
「そんなことしないし夢魔さんなんて知らないよーっ! それよりパン生地を作るよっ、手伝って二人ともっ!」
「はい、喜んでっ」
ロベールさんが楽しそうに言葉を弾ませた。
「宰相様はご無理をしない方がいいのですよ~。このお手伝いは楽しいですけど、後で筋肉が悲鳴を上げるのです……」
「お気づかいありがとう。ですが貴女よりも鍛えておりますのでご心配なく」
やっぱりあたし、無自覚に聖女の力を使ってるみたい。パン作りで筋肉痛になったことなんて一度もなかった。
「今日は[ガーリックバターバゲット]と[青林檎のジャムパン」を作ります! まずはバゲットを作るから手伝ってね!」
バゲットの材料は[小麦粉][パン酵母][塩][水]これだけ。それをレシピ通りの決まった配分で混ぜ合わせて、こねて、寝かせて、焼けばそれがバゲットだ。
「材料を混ぜるのはソフィーちゃんっ! それをあたしがこねてっ、ロベールさんが仕上げて整形して寝かせる! まずはあたしが全部やって見せるねっ!」
ボウルにはロベールさんが秤にかけた小麦粉がもう入っている。そこに適量の水を少しずつ加えながらお塩と酵母を入れて、水を足しながら粗く練り上げた。
「ざっくりまとまったらソフィーちゃんが『コムギお姉さまパスなのですぅ~』と、こっちに渡すっ!」
「ま、まねしないで欲しいのです……っ」
そしてそれをあたし担当の作業台に移して、あたしがこねてこねてこねてゆく。十分にまとまったらバゲット1本分ずつに生地を分けて、ロベールさんの台にパスッ!
「とここでー『フッ、どうか私にお任せをコムギさん……』とロベールさんが言ってー、もう少し捏ねてからバゲットの形にしてくれるよーっ!」
「わ、私はそんなにキザではありません……」
「はわっ、自覚なかったですか……っ!?」
生地に切り目を入れて長いバゲットの形にしたら、それをパレットに乗せて寝かせる。
生地を寝かせてから整形するところもあるみたいだけど、ご夫婦のところはこうだった。
「ふぅっ! こんな感じで手分けしてやってくれるかなっ!?」
「お、お任せ下さいなのです……っ!」
「仕上げを任せていただけるとは……光栄です、全力を尽くしましょう!」
同意が得られたので作業に入った。
ソフィーちゃんはたどたどしく、ロベールさんは普通に下手っぴだった。
「そうじゃないよーっ、こうだよーっ!」
「も、申し訳ない……」
「大丈夫っ、ロベールさんならすぐ覚えちゃうよっ!」
ロベールさんの手を取って教える勇気は出なかった。あんな夢を見せられたから、今日はスキンシップ控えめでいたい……。
「ヘクチュッッ!! ぷぁぁぁっっ?!!」
「ソフィーちゃんっっ、うわぁぁーっっ!?」
最初は手探りもいいところだった。二人に細かいところを教えたり、クシャミでわき上がる粉塵から店舗に逃げたり、粉まみれになったソフィーちゃんを外で払ってあげたりした。
バゲットの生地が出来上がったらその次はジャムパンの生地作りだ。こっちの生地には卵と牛乳を加える。
注意しなければいけないのはジャムを入れる時で、ジャムがついた部分は生地が開きやすくなってしまう。だからそこはあたしが担当した。
じゃないと、ドロドロドロォ~ってジャムからパンが流れ出て大惨事!
「お疲れでは? 私が代わりましょう」
「宰相さまもお疲れなのですよーっ、ここはソフィーに任せるです!」
「貴女の魂胆はわかっていますよ、ソフィー。大方、青林檎のジャムをつまみ食いするおつもりでしょう?」
「そ、そういう宰相さまだってっ、目がお菓子を食べるときの目になってるですよーっ!」
「フッ……育ち盛りの貴女と同じにしないでいただきましょう」
どっちも食いしん坊だから信用できない。責任を持ってあたしがジャムをパンにはさんで閉じた。
とても大事なところなので、新人さんには任せられないのもあった。
「ふぅぅ~っ、取りあえずはこんなものかなっ! 売れ残ったら寂しいし、足りなくなったらあたしが裏に回って作るってことでっ!」
全部の生地の完成まで1時間弱かかった。ロベールさんもソフィーちゃんもヘトヘトで、お店から運んできたイスに座って腰を折り曲げていた。
かと思えばロベールさんはお店のカウンターを使って、自分のお仕事を始めちゃうんだからやっぱりすごい人だった。
すごい勢いで書類にサインを入れてゆくけど、これってちゃんと見ているのかな……。
「て、手伝い……は、いらなそうですね……」
「はい、十分過ぎるほどに助けていただいております。貴女がきてより、不思議と魔王様のボケが少し落ち着きましてね」
「そ、そうなんですか……?」
「貴女の雰囲気が祖母に似ているからでしょう。最近は貴女の話題が多い」
なんというハイスペック男子だろう。なんでもこなす上に、さらに老人介護もできるという……。
「フフフ……あまつさえ次の魔王に聖女コムギを指名すると言い出す始末です」
「えええええーーーっっ?!!!」
「いやいや、なかなかそれも悪くありませんね」
「困りますよぉーっ、そんなのぉーっ!?」
「向いていると思いますが」
「向いてませんっ、偉い人の世界はもうこりごりですっ!!」
パン生地が発酵するまでまだだいぶある。あたしはその話を打ち切るためにホウキとチリトリを持って軒先に出た。
「あ!」
「わっ!? もうっ、いきなり出てくるなぁーっ!!」
「リスティスちゃんっ、きてくれたんだーっ!?」
「別にのぞいてないしーっ! 宰相もアンタもあくせく働いてバッカみたいっ!」
リスティスちゃんが窓からお店をのぞいてた。あたしが笑顔で迎えると、一瞬だけだけど笑顔で返してくれた。その後、怒って空に飛んで行っちゃったけど……。
軒先を掃除すると町の人が声をかけてくれたり、店に興味を少し持ってくれた。
「パン? パンってなんじゃ?」
「ふわふわの香ばしい食べ物です!」
「ほーー……煎餅みたいなもんかの?」
「せんべい? ってなんですか?」
パンの美味しさを広めるのは難しそうだった。




