・おかしな朝、プレオープンの朝
「お姉さまっ、大丈夫ですかーっ!?」
「あ、ソフィーちゃん……。あれっ、あなたは昨日の……リスティスちゃん……?」
「この夢魔の人知ってるですかーっ!? この人がお姉ちゃんに変な夢を見せてたですよーっ!」
リスティスちゃんはまた不満そうにあたしを睨んでいた。なぜこんなに嫌われているのかわからなくて、あたしは苦笑いを返した。
「やるじゃん……」
「リスティスちゃんもすごいよっ! 人の夢を操る力があるんだっ!?」
リスティスちゃんに頼んだら小人になってお菓子をいっぱい食べる夢を見れるかもしれない。すごい、夢魔族さんってすごい!
「そこは怒るところなのですよーっ、お姉さまーっ!」
リスティスちゃんはため息を吐いた。
わからないけど、あたしに怒ってほしかったのかも……。
「はぁー、エッチな夢見せて動揺させようと思ったのに、想像以上にお子ちゃまだったー……」
「だってロベールさんがあたしに変なことするわけないもん」
「……ま、いっか。魔力は十分吸わせてもらったし、だる~い身体で今日一日がんばってねー、キャハハッ!」
「こらーっ、なんてことするですかーっ! あ、待てぇーっ!!」
リスティスちゃんは窓から空に飛び出していった。ソフィーちゃんはそれを追って、大きな立て掛けランプにまたがって飛んでいった。
あたしは朝から元気いっぱい。なんだかんだちょっと刺激的な夢を見せてくれたリスティスちゃんに感謝して、カーテンの裏に隠したジャムの壷を確かめた。
「あれ、開いてる……?」
誰かが勝手に開けたらわかるように、ろうそくで封をしておいたところが割れていた。
「犯人はリスティスちゃん? それともソフィーちゃん……?」
どこの誰かわからないけどやられた。夢の中では無事だったのに、誰かにつまみ食いされてしまっていた。
そこにノックが響いた。
「コムギさん、おはようございます」
「ひっ、ひゃぃぃっっ?!」
「ん……? コムギさん……?」
「お、おはようございます、ロベールさんっ!」
さっき夢の中で夜ばいをかけてきたロベールさんがドアの外側にいた……!
「どうかされましたか? まさか、誰かが大切なジャムに手を付けたとか!?」
「い、いえっ、そういうわけでは――あるんですけどぉ……」
「なんですって!?」
ロベールさんがあたしの同意を得ずに部屋に入り込んできた!
「ピィィッッ?!!」
驚いたあたしはジャムの壷をそのままにして窓辺まで逃げた! 心臓がまた激しく暴れていた……。
「あまり減っているようには見えませんね。……スプーンを持ってこなかったことが悔やまれます」
「もうちょっとの我慢ですから我慢して下さいよぉーっ!?」
スプーンがないとつまみ食いができないお上品さがちょっとかわいかった。どうやらつまみ食いの犯人はロベールさんではないみたいだ。
「ひうっ?!」
ロベールさんは諦めてこちらにやってきた。
「どうかされましたか?」
「な、なんでもない……っ、大丈夫っ、全然大丈夫……っ」
「なぜ逃げるのです?」
さっき夢の中で襲われたからです!!
だなんて言えない、言えるわけない!! ロベールさんの顔を見ているだけで恥ずかしい……!!
「顔が赤くないですか? もしかして熱があるのでは……?」
「大丈夫っ元気いっぱいですっ! わっわわわわーっ?!」
「……そうですか」
近付くと磁石みたいに反発して逃げるあたしに、ロベールさんは不思議そうに首を傾げた。
リスティスちゃんに変な夢を見せられたせいで意識しまくりだなんて言えるわけない!!
「まあいいでしょう、それよりも朝食にしませんか? 今日はプレオープンの大切な日。早め早めの行動を心がけましょう」
「で、でも、ソフィーちゃんが出ていったばかりで……」
そうあたしが言うと、ロベールさんはメモ帳を破いてペンを滑らせてテーブルに置いた。
「さあ行きましょう」
「ピャァッ?!」
ロベールさんに軽く手を取られた。夢の中のロベールさんならあたしをベッドの方に押し倒しただろうけど、現実の彼はいつだって紳士だった。
「熱があるように見えるのですが……今日は中止にしますか?」
「ち、違いますっ、これは病気の熱じゃなくて……っ、うぅぅーっ!」
『リスティスちゃんめーっ』と言い掛けて言葉を引っ込めた。ロベールさんに言いつけたりしたら、ますます嫌われてしまう。
「ふむ……。2階はまだ途中ですが、1階のパン工房と売場は突貫工事でどうにか完成しました」
「は、早い……」
「当面の材料も地下室に確保しました。後は貴方の体調次第なのですが……」
熱いくらいに赤く染まった顔をロベールさんにのぞき込まれた。見られるとますます顔が熱くなるのに、それはもうシゲシゲと観察されてしまった……。
「だ、だから、これは違うんです……っ、は、恥ずかしくて……こうなってるんです……っ」
「普段、あれだけ大胆な貴女が……? それはまた突然ですね」
申告するとロベールさんがあたしから手を離してしまった。言わなければよかったと、そう思ってしまう自分自身に少し驚いた。
「ん……この魔力の気配は……夢魔族の、術……?」
「あっ、えっとっ、行きましょうっ! ご飯食べてっ、元気いっぱいでお仕事に取りかかりましょうっ!」
今度はこっちからロベールさんの手を引っ張って部屋の外に連れ出した。
「何かあれば私に相談をして下さい」
「はい、そうしますっ! 全然問題ないですっ、全然大丈夫ですっ!」
それからお城の食堂に行って、朝早い兵士さんたちに混じって朝ご飯を食べた。ソフィーちゃんが少し遅れて戻ってくると、話題はパン屋のプレオープンのことに切り替わった。
ソフィーちゃんはロベールさんに告げ口したがったけど、リスティスちゃんのことも自分でどうにかしたい。
リスティスちゃんからすれば、あたしは宰相に取り入って一等地に店を開こうとしている悪い女だ。でもそうじゃないって、自分で証明しないといけない。
「よーしっ、がんばろーっ!!」
「が、がんばるのですよーっ!」
「魅惑のジャムパンのためです、身を粉にして働きましょう」
食べ終わるとあたしたちは荷車に重たいジャムの壷を乗せて、本日プレオープンのパン屋さんに向かった。
魔界の人にどうにかあたしのパンを受け入れてもらえたらいいなと、不安と期待を胸に。荷車にソフィーちゃんを乗せて、ロベールさんと一緒に引いていった。
なんでかな。あの夢のせいかな。ロベールさんの顔を直視するのがまだ少し恥ずかしい。




