・おかしな夜、おかしな出来事
ロベールさんもフィーちゃんも青林檎のジャムを舐めたがった。ちょっとだけ舐めさせてあげたら、よっぽど口に合ったのかもっと舐めたがった。
「紅茶に入れてみましょう」
「しょっぱいビスケットにはさむのもいいと思うですよ!」
「では至急どちらも用意するということで」
「ダメだよーっ、これはパンの具なんだからーっ!」
そりゃ紅茶に入れたら絶対美味しいに決まってる。ビスケットではさむのも間違いない。
だけど二人からの甘い誘惑を拒否してジャムを入れた壷を部屋に隠した。
それから――えーと、なんだったっけな。
お客様がきたような覚えがあるけど、それが誰だったか記憶があやふやだ。けどジャムだけは死守したはずだった。
「おやすみ、ソフィーちゃん」
「おやすみなのです。お店のお手伝いは緊張するですけど、明日が楽しみなのです」
「ソフィーちゃんなら心配いらないよ。すごくしっかりしてるもん」
「えへへ……」
あたしはカーテンの裏にジャムを隠して寝た。ソフィーちゃんはいい子だからつまみ食いなんてしないと信じた。
窓辺からは[サジタリウスの目]の青く神秘的な光が差し込んでいて、目さえ慣れてしまえばランプ要らずの素敵な夜だった。
ベッドに横たわっていると一日の疲れが一気に押し寄せて、あたしはソフィーちゃんの寝息を聞く前に眠ってしまっていた。
・
コツコツと誰かが厚い絨毯の上を歩く音がした。
おぼろげな意識で『まさかジャム泥棒?』と疑うも、眠くてまぶたを開けられなかった。
「フ…………」
それから数秒、たぶん数秒の間だけ意識が飛ぶと、ベッドに誰かが乗り込んできた。
フィーちゃんがトイレから戻ったのかなと思いながら、そっと目を開いた。
「え…………?」
「おはようございます、愛しき人よ」
「…………へっっ?!!」
そしたらあのロベールさんがあたしの隣に寝そべっていた!
仰向けに眠るあたしに身を寄せて、お腹の上で組んでいたあたしの手に彼が自分の手を重ねてきた!
「何を驚いているのです」
「だ、だってっ、な、なんで……っ!?」
「強引に誘拐されて、まさか何もされないとお思いでしたか?」
わけがわらかなくなってロベールさんから視線をそらして天井を見た。時刻はまだ青い月光の差し込む夜だった。ビックリしすぎて心臓が激しく暴れていた。
どうしよう。これがロベールさんの本性なのだろうか。そんな人だとは思え――
「あっ、ちょっとっ、あーっっ?!」
横寝をしていたロベールさんがこちらに倒れてきた。大きくてなめらかな手があたしのお腹の方へと滑っていった。
「ぴっぴゃぁぁっっ?!」
「せっかく魔界にきたのです、大人の遊びをこれから教えて差し上げましょう」
「へ…………?!」
驚きに言葉を失っている間にロベールさんはあたしの上にまたがった。大きな体を折り曲げてあたしの顔をのぞき込んで、すごく悪い顔をした……。
「け、結構です……っ、あ、あたし、お子ちゃまでかまいません……っ!」
あれっ!? お子ちゃまといえばソフィーちゃんはどこ!?
「いえそうおっしゃられず」
「わっわぁぁぁーっっ、近い近い近い近いですぅぅーっっ!!」
ロベールさんが体重をかけてきた。押し退けようとしてもすごく重くて無理。彼は人の同意なんて聞かずにあたしの唇を狙って近付いてくる……!
「大丈夫、すぐに貴女も癖に――キャァァッッ?!!」
迫るロベールさんの顔にあたしは頭突きを入れた!
「ご、ごめんなさいっ、でも他になくてっ!! ……って、キャァ?」
「な、何をするっ! 宰相であるこの俺にこんなことをして、どうなるかわかっているのかっ!?」
「ん……俺?」
急にロベールさんが軽くなった。あたしはロベールさんを押し退けてベッドから飛び退いた。
なんだか変だ。このロベールさんはロベールさんらしくない。なんか性格も軽くて身勝手な感じがする。
よく考えたら真面目なロベールさんが夜ばいをかけてくる時点ですごく変!
「あの、あなた、誰……?」
「クックックッ、どこからどう見ても私は宰相ロベールだろう」
「違う、ロベールさんはこういう人じゃない」
「男は誰しも人の皮をかぶった狼なのですよ」
あたしはカーテンに駆け寄った。そこに隠しておいたジャムの壷を確かめた。
「あ、やっぱり! ジャムを開けた跡がない!」
「な、何……ジャム……? だ、だからなんなのだ……っ!?」
「あれだけあたしのジャムを狙ってたロベールさんが、あたしを襲う前につまみ食いをしないなんておかしいよっっ!!」
「な、なんなんだそのイミフな理屈は……っ!?」
間違いない、このロベールさんは偽物だ。どこの誰か知らないけど、ロベールさんの姿を借りて寝込みを襲ってくるなんて悪い人だ。
「あなたはロベールさんじゃないっ!」
「お、お前は宰相をなんだと思っているんだっっ!!」
「すごくカッコイイすごい食いしん坊の親切な人っ!!」
「こ、この子……っ、はっっ?!」
偽物は突然何かに驚いて飛び退いた。そう思ったらあたしの目の前から消えちゃって、続けて世界がグニャリと歪んでいった。
「わっわっ、何これっ、わぁぁーっっ?!」
あたしはグニャグニャの世界に飲み込まそうになった。でもそれは――
「はっっ?!」
それは夢だった。夢の世界からあたしは飛び起きた。
現実はもう朝だった。[サジタリウスの目]が光を失って、薄桃色の朝日が部屋に差し込んでいた。




