・魔界でパンを布教しよう! - 夢魔族のリスティス -
部屋に戻るとソフィーちゃんはベッドで大の字になって眠っていた。起こすのも可哀想なのであたしは部屋を出て、調理場で大きな麻袋を借りた。
「あの……忙しくない時間に、お鍋を1つ貸してもらえないですか……? 林檎のジャム、作りたいんですけど……」
「買い物も人を頼らず自分でこなすってわけかい! ますます気に入ったよ!」
「だって元気が有り余ってますからっ! わっ、ふわふわぁ……」
調理長さんはふわふわだ。料理人にあるまじきふわふわさだ。ふわふわの太い腕にあたしは抱き締められた。
「ちょうど今頃農家がバザーに集まってくる頃さ。がんばってきな、応援してるよっ!」
「ふわふわをありがとう、調理長さん!」
「あたいの名前はニャルミェールさ。ニャーさんとでも呼んでくんな」
「あたしはコムギッ、ありがとうニャーさんっ!」
麻袋を抱えてあたしは注目を浴びながら魔王城を出た。お城の前の広場には朝から屋台が出ていて、後で余裕があったら寄っていこうと決めた。
ご飯を食べはぐれそうなフィーちゃんのために買って帰れば、ついでにあたしも堂々と屋台物を食べれる完璧な計画だ。
狙いはポンポン菓子と、バターたっぷりの焼きトウモロコシ。香りだけでよだれがあふれてきた。
ところがそんなあたしの目の前に、すごくかわいい女の子が立ちはだかった。
黒いコウモリの翼に猫の耳、赤い髪。純白のビスチェをまとったちょっと気の強そうな子だった。
「あ、どうもこんにちは~」
挨拶をして隣を抜けようとすると、その子は軽やかに羽ばたいてあたしの進路を塞いだ。
「あ、あの……何かご用ですか?」
その子は答えてくれなかった。ただあたしの前で腕を組んで、宙に浮き上がりながらこちらを見下ろしていた。
「あ、あたし、バザーに行かなきゃいけないんですけどっ、ど、どいてくれませんかっ!?」
「やだ」
「えーっ、困りますよぉーっ!?」
「なんか気に入らない」
「え、あたし!? な、なんでぇー!?」
この子ってもしかして、不良……?
あたし今、因縁を付けられているの……?
ど、どうしよう……。
「アンタさー、宰相に取り入ってやりたい放題やってるそうじゃん」
「う……っ。やっぱり、そう見える……?」
「いいよねー、強い男に取り入れば楽に生きられるしー?」
「い、いつかは恩返しをしようと思っていますっ! 今はご厚意に甘える他にないので、言い訳とかできないけど……」
「ふん……そんなこと言ってもうちの目はごまかせないんだから。ほら、さっさと行けば?」
「あ、ありがとうっ!」
これからがんばろうと決意を新たにして、あたしはその子の隣をすり抜けた。
「ワブゥッッ?!!」
「キャハハハハッッ、やーい、引っかかったぁーっっ!!」
「えっえっ、な、なんで水が降って……ううっ、ずぶ濡れだぁ……」
「悔しかったら帰って宰相に言いつけたらー? 夢魔族のリスティスにぶっかけられたってさー」
夢魔族。すごく不真面目で困る種族だってロベールさんが言っていた人たちだ。
「さすがにひどいですっ! それにあたしっ、あなたが思ってるような人じゃないですからっ!」
「はぁぁーっ、楽しかったーっ! バイバーイッ!」
リスティスちゃんは人をずぶ濡れにして、騒がしい人たちが集まるという広場の東側へと飛んでいった。
あたしは服と髪を絞って、お城には引き返さずにバザーに向かった。
宰相に取り入った人間の女。人からそう見られてしまっても仕方なかった。それだけのご厚意をあたしはロベールさんから受けていた。
濡れたまま大通りに出て、開店準備が進む自分の店を見上げた。立派だった。立派過ぎて自分の店だというの足がすくんだ。
がんばろう、がんばろうと自分を励ましてバザーのある南の方に歩いた。
「おっおっとっととっっ?!!」
少し進むとあたしは何もないところでつまずいた。
「ぷぷぷ……だっさー♪」
転んでしまったけど、持っていた麻袋をシートにして怪我だけはなんとかしのいだ。
リスティスちゃんの声に辺りを見回しても、彼女の姿はどこにもない。
「こっちこっち」
「あっ、そんなところに!」
リスティスちゃんは空から転んだあたしをせせら笑っていた。
「ぷぷ~、だっさ~♪ それじゃバイバーイッ!」
彼女が空から消えると、おかしなことに気付いた。何もないところで転んだはずが、あたしの足下に大きなカボチャが転がっていた。これに足を引っかけたみたいだ……。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
「あ、はいっ、なんとか!」
露店のおじさんに声をかけられた。彼はロベールさんと同じ魔人族の人だった。店を離れてあたしの前までやってきて助け起こしてくれた。
「リスティスのやつ、うちの飾りに何をしやがる」
「ご、ごめんなさい! あれっ、このカボチャ、顔があって……あははっ、面白い!」
「ジャック・オ・ランタンを知らないのかい? これはそういうもんだ」
「へーーっ、あ、弁償します!」
「気にするな、夢魔族のやることにいちいち腹を立てていたら切りがないよ」
お店の人に感謝して、あたしは麻袋を抱えてバザーに向かった。
「すみませんっ、ここの林檎全部下さいっ!」
「全部!? え、一人でその袋で全部持って帰る気かい、お客さん!?」
「はいっ、力仕事は得意ですからっ!」
金貨で林檎とお砂糖を買うと、銀貨のお釣りがいっぱい出た。それも全部麻袋に入れて、結構重かったけどがんばってお城に引き返した。
「それも宰相に頼めばいいじゃん。わっかんないなー、なんで自分でやろうとするのさー?」
「あ、リスティスちゃん!」
「ちゃんを付けるなーっ!」
「お店の人が怒ってたよーっ、ダメだよ、あんなことしたらーっ! わぁぁーっっ?!」
お店の人の代わりに怒ったら、空から水の塊が降ってきてあたしは飛び退いた。
「チッ……お嬢様のくせに意外と動けるじゃん……」
「あたしお嬢様じゃないよっ、農家の娘だもんっ!」
「嘘つくなーっ、偉い貴族のお姫様って聞いてるもんっ! バーカッ!」
リスティスちゃんは怒って空を飛んでいた。
もうちょっかいかけないでほしいなと願いながら、あたしはお城に引き返した。
彼女のちょっかいはそれっきりだった。ずぶ濡れで厨房に戻ると、ニャーさんに笑われた。
事情を説明すると、お店の人と同じことを言った。
「そりゃ災難だったね。だけど夢魔族のすることをいちいち気にしてたら切りがない、無視しとけばそのうち飽きるさ」
「魔界の人も大変なんですね……」
「ロベール坊やには黙っておきたいんだろう? ソフィーに服を乾かしてもらうといいよ」
「そうします。乾いたらお手伝いしますからっ、後でお鍋貸して下さいねっ!」
「けど気を付けな、夢魔族は夜の方が厄介――ありゃ、もう行っちまったよ、落ち着きのない子だねぇ……」
部屋に戻るとソフィーちゃんはまだ眠っていた。あたしはパジャマに着替えてからソフィーちゃんを起こして、ずぶ濡れの服を見せた。
「お腹、空いたです……」
「ごめんね、買って帰ろうと思ったけど、色々あって……」
「しゅーん……」
「お駄賃あげるからっ、お願いっ!」
「こんなに!? やるですっ、お菓子いっぱい買えるですっ!」
ソフィーちゃんはすごかった。バルコニーまで行くと、熱風の魔法であたしの服を5分もしないうちに乾かして、ホウキにまたがってお菓子を買いに飛び出していった。
あたしは着替えて、調理場で働いて、それから明日のために青林檎のジャムを大鍋でありったけ作った。
すごくいい匂い。これをふわふわのパンで包めば絶対に美味しい。
明日のプレオープンで胸を張ってお出しできる最高の林檎ジャムが出来上がっていった。




