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青き月の都サジタリウス=ハレー - 改装費金貨728枚 -

「ありがとう、ロベールさん!」


「いえいえ、それで見積もり書は? おや、たったこれだけですか……?」


「えーーーーっっ!?」


 ロベールさんと一緒に具体的なところを決めた。

 壁紙は小麦をイメージした薄黄色と黄緑色を選んだ。


 テーブルとイスは予定通り白木で、丸っこくてかわいいやつ。大きい人や小さい人、色んな種族が座れるように各種用意してもらうことになった。


 後は魔法式の照明をカタログから選んで、装飾に猫と犬と鳥の小物も注文した。


「え、従業員!? い、いらないよぉーっ!?」


「一等地のパン屋が貴女1人だけで務まるはずがないでしょう。最低6名は必要でしょうね」


「えーっえーっえーっ、えええええーーっっ?!!」


「助言ですが、怠惰な種族は選ばない方がよろしいでしょう。コボルトやネコヒトは働き者ですが、ハーピーやサキュバスは定時に出勤するかも怪しい者ばかりです」


「えと、よくわからないのでそこはお任せします……」


 従業員の採用基準を決めてやっと終わりだった。


「しめてこんくらいなんですけどミャ……?」


 盗み見ると、見積書には魔界金貨728枚と銀貨8枚とあった。


「ええ、その条件で構いません」


「ホントかミャァーッッ?!」


「さすが宰相様……お金持ちワフ……」


 い、いいのかな……。

 大丈夫なのかな、これ……?


「フ……手堅い儲け話ですよ。彼女の力があれば、元が取れることくらいわかっていますから。では請求はホライズン商会にお願いします」


「わっっふぅっっ!! 今日は350gステーキわぁんっっ!!」


 業者さんもほくほくだった。

 話がまとまるとネコヒトさんが注文票を作って町に繰り出し、コボルトさんが仲間を呼んで内装工事を加速させた。


「あ、あのぉ、こんなにしてくれなくても……。商売、失敗するかもしれませんし……」


「何をおっしゃいます、貴女は魔王様の命を救って下さったお方です。むしろこの程度の謝礼ではとても足りませんよ」


「で、でもぉ……あれはただの偶然で……」


 ロベールさんは首を横に振った。


「魔王様があのまま逝かれていたら、世継ぎ争いに発展していたでしょう。混乱が長引けば人間どもが魔の森を越えてきたかもしれません」


 難しい話はわからないけど、ロベールさんはあたしのパンに特別な力があると思っている。

 事実、魔王様がああして快復されたのだから、ないこともないのかな……?


「大丈夫、私にもこの投資が具体的にどういった結果を引き起こすかわかっていません」


「ええええーっ!?」


「とにかくやってみましょう。きっと悪いようにはならないはずです」


 改装中のお店にはあたしが引いたチョークの線が残っている。こうしてみようという妄想が店中に走っている。

 許されるならあたしも挑戦してみたかった。


 なんか、思ったより、あたしってすごいみたいだしっ!


「あ、あたしっ、がんばりますっ! 美味しいパンを作って――」


「おや……?」


 せっかく一生懸命気持ちを伝えようとしたのに、ロベールさんがお店を突然出て行った。

 心外だ! と思いながらも不思議に思って後を追ってみた。


「お、おぉ……ロベール坊や、いいところであったなぁ……」


 そしたらあたしもすごいビックリした!!


「ま、魔王様……っ、な、なぜこちらに……?」


 魔王様がふらふらと大通りを歩いていたから……。

 あれだけ騒がしかった大通りが静かになっていて、あちこちの店から魔界の人々が声を上げて逃げ出していた。


 魔王様は相当に畏れられているようだった。建物から避難しなければいけない災害か何かに見えた。


「どこ、どこじゃ……ワシの家が見あたらん……。なあロベールや……ワシの育ったあの家は、どこじゃ……?」


 あたしは自分がしたことに畏れおののいた。

 そこにいるのは世界最強の徘徊老人だ。くしゃみ一つで部屋を吹っ飛ばすお爺ちゃんがふらふらとその辺を歩いていたら、誰だって目の前から逃げ出すに決まっていた。


「あの家はもうございません」


「ない……? なぜじゃ……?」


「ユーパトリウム国の人間に奪われたのです。そして貴方はマーサお婆ちゃんと共に、ここサジタリウス=ハレーに逃げてきた……」


「おお……そうじゃった……。やつらが、やつら鬼どもがワシの、ワシらの家を……ッッ!! 許さん……許さんぞぉぉ卑劣な人間どもぉぉぉ……っっ!!」


 大地が震えた。魔王様の怒りが『ゴゴゴゴゴゴ……!!!』と空気を振動させて、あたしはお店の中に逃げ込んだ!

 魔王アガートラムが巨大化している! あ、あたしが、瀕死から回復させちゃったから……っ!!


「マーサさんっ、このままでは街が吹っ飛びます!! こちらへきて下さい!!」


「ええええーーっっ?!!」


 でもお店が吹っ飛んだらあたしも困る。あたしはヨブお爺ちゃんの前に命がけで飛び込んだ。


「お、おお……マーサ……!」


「あ、あの、落ち着いて下さいっ! ここが吹っ飛んだらあたしたち困りますっ!」


 空気の震えが止まった。

 巨大な魔王アガートラムはみるみるとしぼんでいって、落ち着いた元のヨブお爺ちゃんに戻ってくれた。


「ほっほっほっ、マーサの振りをしてワシの目はごまかせんぞ、コムギちゃんや」


「あ、あはは……さすがヨブお爺ちゃんですねー!」


 初対面の頃からずっと、あたしをマーサさんだと思い込んでいたような気がするけど、振れないでおこう……。


「コムギさんはここでパン屋を始めることになりました。つきましては魔王様、こちらの廃材を圧縮魔法で処分していただけませんか?」


「そこのゴミかの?」


「はい、馬車を使うと件費がかかって仕方がありませんので、ぜひ」


 魔王様は改装で出た廃材を宙に浮かばせた。そして腕を突き出すと、黒い何かがソレを包み込んだ。


「ふんっっ!!」


 魔王様が拳を握り締めると、馬車の荷台3つ分はあった廃材が消えた。ううん、正しくは、廃材は押し潰されて鶏の卵くらいの黒い玉に変わった。

 さらに魔王様はすごく重いはずのそれを軽々とキャッチした。


「お見事です、魔王様」


「う、うそぉぉーーっっ?!!」


「ほっほっほっ、後はいつも通り、人間の領土に投げ込めば終わりじゃの。ソォォイッッ!!」


 仕上げは不法投棄。老人とは思えないオーバースローで魔王様は片足をしなやかに上げると、西の空へとその塊を投げ捨てた。


 こうして鋭い音を立てて廃材が山の彼方に消えた。あちら側でそれがどうなっているかなんて、考えたくない。

 ごめんなさい、あっちの世界の人……!


「じゃ、ワシは帰るの。パン屋さん、楽しみにしてるからのぅ、コムギちゃんや」


「は、はいっ、美味しいのを取りそろえてお待ちしています!」


「失礼……っ。魔王様、私も一緒に帰りますっ、さあ参りましょう」


「がんばってっ、ロベールさんっ!!」


 ロベールさんは魔王様の手を引いて、まるでやさしい孫のように自宅へと連れ添っていった。

 町や住民に被害が出たら大問題になるのもあるけど、それ以上に大切な人だからなんだろう。……ということにしたい。


「はぁ……やっぱりあたし、余計なことしちゃったんじゃ……」


 魔王ヨブ・アガートラムは魔界最強の守護者なのかもしれないけど、一方でそれはただの困った痴呆老人――あるいは気まぐれな破壊神そのものにも見えた……。


 ボケの治せるパンはありませんか……?

 ロベールさんたち魔界の民は切実に、魔王様を元の魔王様に戻す方法を探していた。


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