・青き月の都サジタリウス=ハレー - 城下町 -
「共存共栄、それこそが偉大なる魔王ヨブ・アガートラム様の理想でございます」
「そうなんだっ!? あのお爺ちゃん、立派な人だったんだねっ!」
「ええ、今の平和はあの方のおかげと言っても差し支えないでしょう。……今のお姿からは想像も付かないでしょうが」
広場には大きな川が流れていた。ロベールさんが言うには、その川は都をYの字に横断しているんだって。
あたしたちはせせらぎが奇麗な川を大きな橋で越えて、川を行き来するゴンドラを見下ろした。すると川を泳ぐ人魚さんを見つけたりもした。
「広場の東部、あちらが魔界の社交場にございます」
「わぁぁーっ、なんか楽しそうな場所!」
「ハーピー族や人魚族は歌が好きでしてね、楽器を好むお調子者もまた多く……。まあ、そのような騒がしいパリピどもをどうにかするエリアがあちらです」
奇麗な女性の歌声、陽気で低い歌声、すごく上手な楽器の旋律が聞こえてくる。行ってみたいけど、寝不足のロベールさんにはつらいかもしれないと思って止めた。
「遠慮はいりません、さあ行きましょう」
「あ、うんっ!」
ロベールさんに手を引かれて――というよりフラフラして危ないのでそれとなくあたしが支えて、社交区と呼ばれる演奏場と木々がひしめくエリアを抜けた。
「お城の近くなのに緑がいっぱいでいいですねっ!」
「防音のためです、彼らは本当に騒がしいのでトラブルも多く……。静かに暮らしたい者と、その逆の者が共存するには――う……っ」
一緒に歌いたいくらいだったけど知らない歌詞ばかりだ。寝不足のロベールさんには大声がつらそうなので早足でそこから南に進んだ。
「こちらが歓楽街です」
「わーっ、すごーいっ!」
「酒と不埒な遊びがなければ生きていけないふとどき者たちのためのエリアです」
「ふらちな、遊び……?」
「このエリアには近付いてはいけません。いいですね?」
「どうして?」
「盛り場に若い女子が近付くのは危険だからです」
じゃあなんで連れてきたのと思わなくもない。
羽根の生えた奇麗なお姉さん、お兄さんをちらほら見るけど、みんな眠そうな顔をしていた。
そんな面白そうな繁華街に今度こっそり遊びにこようかなと思いながら、さらに奥へと抜けた。
「こちらが職人街、鉄や木を叩かずにはいられない勤勉で創造的な種族のためのエリアです。納期以外は信頼がおける方々と言えるでょう」
たくましい人たちでいっぱいの街だった。昨日見たミノタウロス族や、ヒゲモジャの亜人族も見た。ドワーフって言うのかな……?
「そしてあちらに見えるのが住宅街です。都の外周をぐるりと囲むように、種族ごとに快適な環境を整えています。遠くに見える塔ばかりの街は有翼種族の住宅街ですよ」
「へー……」
そこから今度は西に向かって、都を南北に走るという大通りに出た。
「あ、バザーだっ!!」
バザーの雰囲気はあたしの国と同じだった。外からきた商人さんや農家さんが集まっていて、朝からすごい賑わっていた!
「外部からの品が入り用ならばこちらです。ただし近付くならば護衛を付けて下さい」
「えーっ、そんなあてないよ!?」
「でしたら私を呼んで下さい」
「これ以上無理させられないよぉーっ!」
ロベールさんがバザーで美味しそうな青リンゴを買ってくれた。
「あ、甘いっ!! 香りは青リンゴなのに、味は赤いリンゴみたいっ!!」
「青リンゴのシロップ漬けが入ったパンというのもいいですね」
「それ名案かも!!」
バザーで野菜を売っていた頃があるあたしには、なんか落ち着ける賑わいだった。
でもロベールさんに無理をさせたくない。バザーを軽く回ると、お城のある北へと歩き出した。
一緒に街を歩くのが楽しかったけど、ロベールさんも寝不足だし、今日はここまでにしておきたい。
大通りを北に進めば進むほどに、建物が大きく立派になっていった。お城の前の広場が見えてくる頃になると、お店の格式も特別なものに変わった。
高級レストランにジュエリーショップ。立派な仕立て屋さんに、大きな事務所。お金持ちが集まるようなサロンみたいなのもあった。
そんな中で改装作業中のお店が目に付いた。
ここもどう見ても一等地だ。当然あそこにも立派なお店が入るのだろう。
「お気付きになられましたか」
「うんっ、看板も何もないから、なんのお店かちょっと気になっちゃって」
「知りたいですか?」
「知ってるの!?」
あたしが好奇心のままに言葉を返すと、ロベールさんがそのお店の前に立って大仰なお辞儀をした。
「こちらが貴女様のパン屋の予定地でございます」
へ…………?
ここが……あたしの……パン屋……?
「えーーーーーっっ!!!?」
「ご不満ですか? ではあちらの店を魔王様に粉砕していただいて、直ちに建て直しを……」
「こ、こここ、困りますぅーっ!!」
あ、でもここなら買ったパンを広場でゆっくりしながら食べたりできていいかも。
でもでも、ただのパン屋さんが入るような土地じゃないよ、ここっ!?
あたしが働いていたお店が3つも4つも入っちゃいそうな広さだもんっ!
「どうか魔界の皆に貴女のパンを食べさせてやって下さい。ご心配ございません、魔王様直々の命令で動員をかけますので、初日から大盛況となるでしょう」
「む、無理矢理はダメですよーっ!?」
「さあ中へどうぞ。店の看板や必要な機材、席の配置から内装まで、ご相談したいことが山ほどございます」
ロベールさんが急に元気になった。彼はあたしを引っ張って工事中のお店に連れ込んだ。
中は床と壁紙がはがされていて、ホウキを持ったコボルトさんがチリトリを持ったネコヒトさんと大掃除をしていた。
「どんな店にするか、イメージはございますか?」
「今いきなり言われても困るよぉーっ!?」
「では今考えて下さい。我々はパンの聖女のために、どのような要望にも応えてみせましょう」
そう言うとロベールさんは壁に背中を預けた。そして彼は唐突に――寝息を立て始めた。
「どうするミャァ?」
「金箔張りにするかワフ?」
「そ、そんな悪趣味なことしないよ……っ」
「そもそもパンってどんな食べ物ワフか?」
「えっ、そこから……っ!?」
起こしちゃわないように声を潜めて、ロベールさんから離れて現場の猫さんと犬さんと話をした。
パンがいかに美味しいかを説明して、そのためにはどんな施設が必要なのかも熱く語った!
「い、いいの……? でもそれって、高いんじゃ……」
犬さんは白いパンに似合う白木のイスとテーブルを用意してくれると言った。
「安いよりは高い方がいいと思うワフ」
「うちとしても単価が上がる方が助かるミャァ」
猫さんは『これではロベール宰相に聞いていた額の半分にも満たないのでもっと贅沢してくれないと困る』と言った。
「じゃ、じゃあここに大きなパン焼き窯を3つ! 調理と販売は1階でやって、2階はお客さんの席にするというのはどうかな……!?」
チョークを受け取って区画分けをした。
入り口付近が販売エリアで、奥が調理場。地下が倉庫で、2階が食事スペース。チョークで床に線を引くだけで想像がどんどん広がっていった。
「軒先も店の敷地わふ。オープンカフェにしたらどうかワン?」
「そしたらテーブルとイスの分だけうちが儲かるミャ!」
「えぇぇ……でも、あたしのお金じゃないし……」
これ以上贅沢したら失敗した時が怖い。それはおいおい、お店が上手くいったらでいいかも……。
「構いません、全て用意して下さい」
「えええーっ、ロベールさんっ!?」
「すみません、眠ってしまっていました……」
「あっ!? まさか寝不足の原因って……ここっ!?」
「帰ってくるなり仕事が押し寄せてきただけですよ。ここの手配はその片手間に済ませただけのことです」
忙しい本業の片手間に、たった1日で場所の確保と改装工事をスタートさせるなんて、ロベールさんってどれだけ有能な人なんだろう。
寝不足の原因はやっぱりここの準備のせいだった。




