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・青き月の都サジタリウス=ハレー - 城門前広場 -

 魔界って不思議な土地だった。日没がやってくると空の半分を青白く染めるほどにとても明るい星が現れて、世界を幻想的に照らした。


 そうなると空の霧が深くなっていって、それがランプのシェードのように強い光をぼんやりと拡散させて、不思議な天気ができ上がる。


「気に入っていただけて何よりです。厳密に言えば、あれは雲や霧ではなく[大気中の魔力がもたらす作用]なのですが」


 難しい話が好きなロベールさんにそう教わったけど、あたしには違いが全然わからなかった。


「あの月は[サジタリウスの目]と呼ばれております」


 その星は大きかった。月の半分くらいの大きさがあって、言われてみれば星というよりお月様だった。


「あの星は実に興味深いのですよ、コムギさん。魔界の民はあの星の異常性に全く関心を持ちませんが、外からきた貴女ならばわかるでしょう」


 ロベールさんは学者肌なところがあった。でもあたしに難しい話をされても困った。


「[サジタリウスの目]はこの星の衛星ではないのです。その証拠に一年を通してあの星は、北のあの位置から動かないのです。不思議でしょう?」


 夜になったら空に浮かぶ大きな星があるなら、それは月でいいと思う。あたしは背伸びをしないでそう答えた。


「皆が皆、そう言います。天文学的にはおかしなことだというのに、誰も疑いもしない……」


 そんなわけで魔界の夜は青くてすごく奇麗だった。夜が更けると修行をしに行っていたソフィーちゃんが部屋にきてくれて、せっかくだから広いベッドで一緒に寝た。


 それから朝になるとロベールさんがやってきて、昨日も夕飯をご一緒したお城の食堂で朝ご飯を食べた。

 ここではお城のみんなが一緒にご飯を食べる。あたしが昨晩焼いたバケットは取り合いになってすぐに消えてしまった。


 ちなみに魔王ヨブ様は危ないからお部屋に隔離されている。うっかりで人を吹っ飛ばしかねない人だから、さすがにご一緒は無理だった。


「先日は申し訳ございませんでした」


「へ……っ?」


「無理矢理に浚った身であるというのに、職務を優先したことをお詫びいたします」


「ううん、全然だよっ! ロベールさんがすごく偉い人で驚いちゃったっ!」


 ロベールさんは真面目で細かいことを気にする人だ。あたしが気にしないと言っても、申し訳なさそうな顔をしたままだった。


 勇者様やパン屋のご夫婦。別れたくない人たちもいたけど、これでしつこい公爵様と妹と距離を置けた。

 だからむしろ、『浚ってくれてありがとう!』と感謝したいくらいだった。


「城下を案内いたしましょう」


「本当!? あたしポンポン菓子食べたい!」


「そ、それは……」


 いつだって紳士なロベールさんがちょっと嫌そうな顔をした。


「もう吹いたりしないよぉーっ!?」


「いえ、気にしていません」


 ううん、気にしている顔だった。


「ポンポン菓子は今度にするとして、さあ行きましょうか。せっかく早起きをして――おっと……」


 その時、ロベールさんの足下がふらついて彼が倒れかけた。それに気付いたあたしはロベールさんの肩に飛び付いて、よいしょと支えた。


「も、申し訳ありません……っ」


「だいじょうぶ? あ、もしかして、全然寝てないんじゃ……?」


「2時間半も寝れば十分です」


「不十分だよっ!? 寝ないと死んじゃうよ!」


「一日中平気で働いていた貴女には言われたくはありませんね。さあ行きましょう、貴女に急いで見せたいものがあるのです」


 寝不足のロベールさんと魔王城を出た。彼の体調が心配だったけど、言っても聞かない人だし、城下町のことも気になっていた。

 ソフィーちゃんはお城のお師匠様のところで修行。できたら一緒に行きたかった。


「うっ……何度もすみません……」


 ロベールさんの足取りが右に左に揺れていて、倒れそうになったところをまた支えた。


「早めに切り上げて寝よう! 無理はよくないよっ」


「フフ……大地がまるでプリンのようです」


「えええーっ?!」


 フラフラと危なっかしいので、ロベールさんの手を取った。女の人のようにやわらかくてみずみずしい手だった。

 彼はあたしのすることに驚いていたけど、あたしは明るく笑い返して前へと引っ張った。


「わ、これが城下町……!?」


 お城の立派なエントランスホールを抜けて城門を背にして立つと、あたしは彼方に広がる魔界の城下町に驚いて足を止めていた。


「フ……なかなか見事なものでしょう」


「すごい……!! こんなにおっきな都初めて見た!!」


「この地は[サジタリウス=ハレー]と呼ばれています。長いのでもっぱら『都』とだけ呼ばれることの方が多いですがね」


 建物のその向こうに建物、建物、建物。それはどこまでも町並みが続く巨大な都だった。


 だけどあれ? 目をこらしても防壁がどこにも見あたらない?

 13歳になるまで防壁の見える郊外で暮らしていたあたしには、ちょっと不思議な感じがする光景だった。


「この都を貴女にお見せしたかった」


「へーっ、すごい面白そうな街! なんかゆとりがあって、自由な感じが好き!」


 城下町サジタリウス=ハレーには塔がいっぱいあった。無秩序に走る道に、無秩序に色んな建物が立っていた。

 防壁のせいで土地が狭かったユーパトリウム王国の都とは正反対の都だった。


「整然と建物が敷き詰められたユーパトリウムの都も、機能的で素晴らしいと思いますが、私はこちらの方が落ち着きます」


「こっちの方がいいよっ、広いもん!」


 城門から下りてすぐのところは広場になっていた。よく見ると朝から露店が立っている!

 あそこにポンポン菓子のお店もあるのかな……!?


「え、あれって、人間……?」


「ええ、あれは貴女と同じヒューマンです」


 ところがその広場に同族の姿を見つけた。ここは魔界なのに、なぜか人間が普通に暮らしていた。


「な、なんで……っ!?」


 今日まであたしは魔界では人間は暮らせないと教わってきた。


「彼らは南方の商人、あるいは人間の世界にいられなくなった者たちです」


「で、でも……あの人たち、魔族さんたちに食べられちゃったり、しないんですか……?」


 魔族は人間が大好物で、もし見つかったら食べられちゃうって話を信じてきた。


「おかしなことを言いますね。貴女は人間を食べたりするのですか?」


「するわけないですよーっ!?」


「ならそういうことです。隣人を食べる隣人がいる社会なんて、我々も望みません」


 魔王軍はあたしの世界では悪者だ。いつか人間同士で力を合わせて倒さなければいけない敵だと教わってきた。


 だけどおかしいのはあたしの国だったのかもしれない。あたしの知る限り、魔王城の人たちはみんな親切だった。


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