はじめての狩り、はじめての解体
朝食を済ませたばかりなのに、アンパトは不満げな表情を浮かべていた。
「もっと、こう、腹に溜まるようなものをだな⋯⋯」
エルフであるアルギレが用意してくれたのは、何かの野草と何かの木の実がわずかばかりに、あるかないか、どちらかというと、ないよりに煮込まれた、お湯だったのだ。朝食を済ませてからまだ小一時間も経っていないが、すでに空腹を訴えていた。
「空腹を感じるのはいい傾向ですね。それでは、鳥か角うさぎでも道中狩っていきましょうか」
両手を広げて森の風を感じながら先をゆくアンパトに、アルギレが提案する。
「角うさぎ?」アンパトが首をかしげた。「うさぎに角でも生えてるのか?」
「アンパト様の時代には、角がなかったのですか?
硬い地面に巣穴を掘るのに角なしに、どのように掘っていたのでしょう?」
「どうって⋯⋯」
アンパトは記憶を辿る。うさぎ。白くて、耳が長くて、跳ねる動物。確かに言われてみれば、うさぎはどうやって穴を掘るのだろうか? うさぎはスコップとかは使えないし、硬い何かがあったほうが便利ではあるだろうが⋯⋯うさぎの爪?歯??
うんうんと考え込む勇者。
歩の歩みを緩めた勇者の前に回り込むと、アルギレはポシェットから白い針状のものを数本取り出した。
「エルフも狩りの初歩は、吹き矢での的あての練習をします。まずはこのダーツで吹き矢を作りましょう」
アルギレが手に持っているダーツの針は中空で細く白いストローのようでもあった。
「鳥の翼の骨ダーツです。これに薄く破れず丈夫なラッパかずらの葉っぱをこのようにダーツに巻き付けて⋯⋯っと」
ゴムのような弾力をもつ葉をダーツの尾部にまきつけ、スカート状に整えると細いツルで器用に固定した。瞬く間に、一本の吹き矢の弾が完成する。
「目立つ吹き流しも付けておきましょう。弾道が追いかけやすく、矢を失くさずに済みますから」
手渡された数本のダーツを、アンパトは物珍しそうに眺めた。
「精霊の笛は、本来は楽器ですが、吹き矢の筒としても使われたと伝承にあります」
『精霊の笛』を手に取ると、ダーツを挿し込む。
笛の中程で葉が広がりダーツが装填された。
笛の側孔を指で塞ぎ、ぷっと短く息を吹き込むと、シュッ、という鋭い風切り音と共に、尾ひれをなびかせた矢が空を切り、ちかくの巨樹の幹に深々と突き刺さった。
「ほう、意外と威力あるな⋯⋯」
はじめのうちは、ほんの数歩離れただけで、吹き矢は全く狙った場所に飛ばなかった。だが、ほっぺたが痛くなるほど息を吹き込み、一時間近い練習の末、ようやく数十歩分離れても木の幹に命中するようになった。慣れない筋肉を使ったせいか、頬のあたりが少し痛む。
「鳥はまだ難しいかもしれませんが、うさぎなら当たるかもしれませんね。いそうな場所を探してみましょう」
食痕を探しながら森を進むと、アルギレがふと足を止め、指を口に当てて静止を促した。
エルフが指し示す先。巨樹の根元にある大きな巣穴の前に、それはいた。
体長はこれまでの常識にあるうさぎと変わらない。だが、額の真ん中から、螺旋を描く硬そうな一本の角が突き出している。
アンパトは慎重に息を整えた。
笛を構え、穴を塞ぐ。照準を、何かを感じて周囲を警戒し後ろ足で立ち上がったうさぎの胴体に合わせる。
「フッ!」
鋭い呼気。
放たれた矢は、狙いよりわずかに下に逸れたが、角うさぎの尻のあたりに突き刺さった。
「キィッ!」
甲高い鳴き声を上げ、うさぎは脱兎のごとく巣穴の中へと逃げ込んでしまった。
「おい、逃げ込んでしまったぞ!」
悔しがるアンパトを、アルギレは穏やかに宥めた。
「うさぎではあの針を抜くことができません。針は中空になっていますから、そこから血が抜けて、やがて動けなくなります」
あの白いストローのようなダーツ、そんな武器だったのか。えげつないな。
「とはいえ、引きずりだすのは大変ですね。今回は初めての狩りですので、エルフの魔法でお助けいたしましょう」
アルギレが手持ちの紐に何かを囁くと、紐が意志を持っているかのようにくねり、蛇のように巣穴の中へと滑り込んでいった。
数分後、紐をひっぱると、ぐるぐる巻きに縛られ、力なく項垂れた角うさぎが引きずり出されるのであった。
「お見事です。初猟の成功ですね」
「あ、あぁ⋯⋯」
アンパトはこれまで狩りをした経験などない。
これほどあっさりと、命を頂いたという結果に、少しどぎまぎしていた。
「さあ、次はこれを解体しますよ」
アルギレは当たり前のように言った。
「え、これを⋯⋯さばくの?」
「エルフのことわざに、『手を動かさざるもの、食うべからず』というのがあります。アンパト様、自分で食べるものはご自分で」
自分はこんなことをしたことがない。だが今、それは関係ない世界だった。
震える手で、最初の一歩を踏み出した。
「⋯⋯ひぃ」
アンパトは、突き出されたナイフを、おそるおそる受け取った。




