骨には、刃が通らない
滞在先として指定された修道院は、教皇庁と打って変わって、静かな石の院だった。
厚遇はしない。だが、目の届くところには置いておきたい。そういう指定の仕方である。政治屋のやることは、どこの世でも変わらない。
出迎えた修道院長は、聖女の直系女子にして、巫女頭祭祀王――祭祀を司る家の長だという。彼女もまた、アンパトを「聖女様」と呼んだ。
が、不思議と、腹が立たなかった。同じ聖女呼びなのに、値踏みの匂いがしないのである。
政治的駆け引きはない。
交換条件もシンプルだ。
「聖魔法を、お教えしましょう。代わりに、カタコンベのスケルトンの浄化を、手伝ってください。⋯⋯近ごろ、少し、増えておりまして」
カタコンベ。皇都の地下に広がる、歴代の亡骸を納める大墓所である。魔素を吸収することで葬られた骨がときおり起き上がるため、定期的な「浄化」という名の討伐が要るのだという。討伐はギルドの常設クエストでもある。
聖魔法の教えと、D級への実績稼ぎ。一石二鳥である。断る理由がなかった。クエストは、D級昇級のため、アンパトとニリのハーメルン二人だけで受けた。
案内役は、墓守のおじいさんである。スケルトンを倒しただけでは、浄化は終わらない。
「砕いた骨はまた、わしが元の場所に戻すでな」
回収袋を担いだ老人は、そう言って入口の詰所まで案内し、そこで足を止めた。討伐班の魔素吸収に交じらぬよう、討伐の間は離れて待つのが、この墓所の作法だそうである。
さて、初潜りである。
燐光の石壁に、骨壺がずらりと並ぶ。静まり返った通路の奥、暗がりで――かたり、と骨の鳴る音がした。
立ち上がった影。骨の兵。スケルトンである。
「よし、新しい国での初仕事――」
自慢の長巻きが、閃いた。結果。
滑った。
肋骨の丸みで刃が流れる。返す二刀目は、あばらの隙間を抜けわずかに骨に切り込みを入れただけだった。三合目でようやく腕を一本断ち落としても――骨は、倒れない。斬るべき肉が、そもそも、ないのである。
一方、その横で。
ガゴッ
ニリのメイス長杖が、快調に骨を叩き割っていた。一撃で骨盤が砕け、二撃目で核の魔石が離れ、スケルトンはただの骨に戻っていく。スライム同様、魔石の核が骨の体を動かしているのだ。
「アンちゃん、下がって!」
頼もしい。頼もしいが、なさけない。
(⋯⋯親方、すまん。刀が悪いんじゃない。スケルトン向きではないんだ)
初日の成果はニリの独壇場で終わり、しょんぼりと入口へ戻る。
話を聞いた墓守のおじいさんが、詰所の物置をごそごそやり始めた。出てきたのは、古びたケースに入れられた柄のようなものであった。
精霊の笛に嵌めることができる直角の握り。――見覚えのある、あの共通規格であった。
かちり。
嵌めれば、精霊の笛が、そのままトンファーになった。
翌日の掃除で、試し打ちである。骨の剣を、不壊の笛の腹で受ける。受けた力を、円の術理で回す。回した勢いのまま、返して、叩きつける。
バコシャ
骨が、砕ける。
(⋯⋯これだ。受けて、回して、砕く。判官流と、同じ回り方だ)
毎晩転がされ続けた稽古が、そのまま得物の取り回しに噛み合っている。骨の兵が、面白いように片づいていく。
「代々の聖女様が墓所の浄化にそれをつかわれていたそうで⋯⋯」
袋を受け取った墓守が、ぽつりと言った。それ以上は、語らなかった。
かくして、骨の浄化と聖魔法の日々が、始まった。




