勇者が聖女になったわけ
骨の浄化の合間、修道院の講堂である。
聖魔法の座学が始まる前に、アンパトは、積年の疑問をぶつけてみた。
「なあ。なんでこの国は、勇者を聖女って呼ぶんだ?」
修道院長は、驚きもせず、静かに語り始めた。
初代勇者は、魔王を退けた大英雄である。――そして、その後が、問題だった。
英雄の血を求めて、各国が群がったのである。結果、初代様は、大変な子沢山であらせられた。認知されたお子だけで、二十人。勇者の子であると名乗る、出自の怪しい者まで数えれば、八十人を超えたという。
「さぞ、おもてになったのでしょうね」
やんわりとした言い方に、数百年ぶんの皮肉が込められていた。
「それは⋯⋯なんというか、昔の俺が、正直すまんかった」
写し身としては、頭を下げるしかないのである。
歴史は、続く。英雄の血を担いだ国々は、どこが正統な後継かを争った。子孫を名乗る者同士の内紛と内戦が、数百年。人類の生存圏は、争いのうちに大きく狭まった。そして荒れ果てた人類は、再び攻めてきた魔王軍に――なすすべが、なかった。
それを収めたのが、二代目勇者である。
女性、だった。
乱れた血統争いを鎮め、人心をまとめ、魔王を退け、聖女の御業をもって、後退した人類圏を再び拡げた。この国は、その二代目が興した国である。ゆえにこの国では、争いの種になった「初代勇者」と、国を建てた「聖女」は、はっきり区別して呼ばれるのだ。
(⋯⋯だから、か。だから、女なのか?)
男の英雄は、子種で国を割る。八十人も、割れる。だが女なら、産める数にいくらなんでも上限がある。争いが起きても、せいぜい王位争いで収まる規模だ。
ハイエルフを締め上げてでも問いたかった積年の疑問に、初めて、理屈が通った。
「⋯⋯理屈は、わかったよ。理屈は」
感情は、まるで納得できない。やってもいないことの責任を、自分で取らされている気分である。
話が一段落したところで、隣で神妙に聞いていたニリが、ぽつりと言った。
「⋯⋯私も、勇者の血筋では、あるのです」
勇者の血脈は、数百年をかけて、様々な国の貴族階級に取り込まれていったのだという。家格の古い貴族の家系であれば、歴史のどこかで勇者の血を迎えていることは、珍しくないのである。
修道院長が、静かに補足した。
「我々聖女教にとって、血の繋がりは、特別な意味を持ちます。もっとも――血の繋がりと申しましても、六世代も過ぎれば、混ざらずに残るものは一分五厘もございません。皇国の術をもってしても、血縁の証明は、できかねます」
それでも、と彼女は続けた。
「ジェゼロ王国のように、純粋な男系を謳う国は、いまだに少なくありません。そしてこの皇国の祭祀王は、聖女様の純粋な母系で継承されています。⋯⋯ですから私も、あなたの直系の子孫では、あるのです」
男系と女系。この二つの繋ぎ方だけは、何代隔てても、血縁が証明できるのだという。
つまり、目の前の修道院長の、母方の母方を延々と辿れば、聖女に行き着く。そして隣の相棒も、父方を延々と辿れば、あの子沢山に行き着くのだ。
(⋯⋯世間って、狭いな)
「ちなみに、教皇猊下も、初代様のご子孫ですよ」
「⋯⋯それは⋯⋯なんというか、昔の俺が、正直すまんかったな」
あの嫌なやつが血縁かと思うと、頭の下げ方が、少し雑になった。
骨の浄化の日々は、続く。




