勇者ではなく、聖女として
検問を通ったとたん、呼び出しが来た。
旅塵を落とす間も、八〇日の旅路への労いもないまま、「すぐに登城するように」である。せっかちというより、こちらの都合を、はなから考えてもいない呼びつけ方だった。
そして教皇庁への道すがら、案内の者たちは、アンパトを一貫してこう呼んだ。
「聖女様、こちらへ」
「勇者だ」
「はい、聖女様」
「⋯⋯勇者、なんだが」
「お足元にお気をつけください、聖女様」
直らない。何度訂正しても、直らない。悪意がないのがまた性質が悪い。この国ではそれが当然すぎて、訂正が、訂正として耳に入らないらしいのである。
(なんで俺が聖女なんだよ!)
――諦めた。
謁見の間。玉座ならぬ聖座に座っていたのは、柔らかい物腰の、笑顔の男だった。教皇である。そして開口一番、こう言った。
「ようこそ、聖女様。⋯⋯先代の聖女様は、ジェゼロ王国に取られてしまいましたからな」
嫌味である。だが言葉の形だけは、あくまで歓迎の体裁を保っている。
値踏みは、続いた。
「同行がエオス姫とエルフ殿だけとは、各国の均衡を保つ英断でしたな。娘御とエルフだけというのは、とても、よろしい。あの王太子殿でなくて、まことよろしい!」
――なお、その王太子は既に帝国へ出立済みだという。前線は、着々と役者が揃いつつあるらしい。
この一人で勝手に話を進める感じ、そのうちとんでもないこと言い出しそうだなーと、ぼーっと眺めていたら、本題が来た。
「聖女様には、魔王討伐の後は、ぜひこの皇国にお戻りいただきたい。皇国で婿をおとりになり、正統に血統を引き継いでいかれるのが、よろしいでしょう」
(嫌なやつ。嫌なやつ。嫌なやつ!)
内心で、三唱した。
魔王と戦う話は、一つもしない。どの国が勇者を引き取るか。婿はどこで取るか。姻戚の駒の話しか、していないのである。隣のニリは借りてきた猫のまま固まり、エオスは完璧な微笑で受け流し、アルギレは無であった。
長い長い謁見が、ようやく終わった帰り際である。
教皇が、駄目押しとばかりに親しげな足取りで近づいてきて、アンパトの肩に、馴れ馴れしく手を置いた。
――瞬間、考えるより先に、体が動いた。
くるり。どすん。
気づけば、教皇聖下が、床に転がっていた。掴まれた肩を軽く回すだけで、力を円で返す。毎晩仕込まれた、あの反射である。それが、最悪の場所で、完璧に出たのである。
「ごめんあそばせ~。反射で技が、でてしまいましたわ」
すました顔で言った。反省の色は、ない。
衛兵が凍り、司祭たちが凍り、ニリの魂が半分抜けた。だが、政治屋は転んでも政治をするのである。教皇は衣を払って立ち上がり、笑顔のまま言った。
「⋯⋯聖女様の御力、しかと拝見いたしましたぞ! はっはっは」
最後までマウントを忘れない。
宿舎への帰り道。それでも憤慨の収まらないアンパトに、エオスが静かに言った。
「アンパトさん。力には、正面からぶつかる必要はありません。円を描くように、返すのです」
聞き覚えのある口伝である。判官流の教えは、そのまま外交の極意でもあった。合わない相手と、ぶつかる必要はない。受けて、流して、こちらは倒れない。
(⋯⋯姫は、こんなのを毎日やってたのか。したたかなわけだ)
そして、実務の話である。帝国の連合軍に参加するには、C級相当でなければ、そもそも受け付けてもらえないらしい。実力はC級に近いと言われたハーメルンだが、登録は、まだE級なのである。
「まずは、この国でクエストをこなして、D級ね」
「地道だなあ⋯⋯」
かくして、聖女(不本意)の皇国生活は、冒険者稼業から始まるのだった。




