涼しい国と、でべその義務
長い地下トンネルの旅が終わった。
世話になった専用トロッコは、終点の管理小屋のドワーフが良い値で引き取ってくれた。板バネと長毛クッションの快適仕様は、王宮貴族コースに違いない。
地下路の出口を抜けると――目の前に、見覚えのある、しゃぼんの膜が立ちはだかっていた。
(ん? なんでここに結界が?? ⋯⋯ここは、荒れ地なのか?)
くぐる前に、あたりを見回す。ダンジョンの入口の、ずっと向こう。乾いた地平の先にも、淡い虹の帯が、うっすらと立ち上がっている。
結界の中に、結界。
この国も、膜を重ねて張っているのである。
だが、結界が覆う範囲を狭くしているぶん、あちらこちらに結界を張っているようだ。
膜をぬっぷりと抜けた先の第一印象は、公国に似て、それでいて、まるで違った。
機械音と煤の代わりに、家畜の声と、緑の畑。
鐘の音が、遠くで鳴っている。祈りと、農の国である。そして目を引くのは、そこかしこに点在する、ドーム状の結界。しゃぼんに覆われたドームの中では草木が育ち、羊が草を食み、畑が広がっている。荒れ地の中に、暮らせる場所が、ぽつり、ぽつりとあるのだ。
「へえ⋯⋯きれいな国ね」
「ああ。⋯⋯あと、静かだ」
耳が、公国の槌の音を覚えていた。
国境の街で、再びリャマとラバの混成部隊を買い入れる。アンパトは初対面の動物たちに、今回は最初から駆け寄って、わしわしと撫でまわした。
「また世話になるな!」
「⋯⋯成長したわね、アンちゃん」
「何がだ」
そこから、二〇日の国内移動である。
道すがら、この国の気配が少しずつ濃くなっていく。路傍に立つ、白い聖女の像。列をなして歩く、白衣の巡礼者たち。そして、あるドームのそばでは、人々が火を焚いて、腰の高さの巨大つくしに祈りを捧げている姿を見かけた。
祈りの形も、国それぞれである。一行は会釈だけして、通り過ぎた。
やがて、地平の先に、白い皇都が見えてくる。
思えば、都合八〇日の長旅だった。尻は板バネに守られ、判官流の稽古は続き、綴りは見違えるほど上達した。それでも――長かった。誰の顔にも、さすがに疲れが出はじめている。
街に入る検問の列に並んでいるあいだに、アンパトはおもむろに服の裾をまくり、へそを出した。
「アンちゃん、街にくるとおヘソだすよね。公国は暑かったからわかるけど、ここ涼しいから、冷えるよ?」
「気にするなニリ。これは勇者の義務だ。後世に誤った伝承が伝わらないようにする必要があるのだよ」
なにやら得意げだが大真面目である。ニリには、まるで通じていない。
だが、一人だけ、深く頷く者がいた。
「⋯⋯アンパト様、でべそが治ったのが、よほど嬉しいのでしょうか」
アルギレが、真顔で記録帳に何かを書きつけていた。
「おい、何を記録した」
「後世のために」
「消せ! いや待て、内容によっては消すな!」
列が、進む。門が、近づく。
「聖女様に会えたら、ニリ、肩を治療してもらおうな」
「⋯⋯もう、ほとんど良くなったけどね」
強がりまじりの一往復を置いて、一行は、皇都の門をくぐった。
回復と神聖魔法の本場。祈りの国の中心で、勇者を待っていたものは――。




