聖遺物だけもらって逃亡する
黒い笛のようなものと、短剣がお盆に載せられて運ばれてきた。
長老がこちらの動揺などお構い無しに説明を続ける。
「精霊の笛と呼ばれる勇者の象徴でございます。
剣の達人による一撃を受けても傷ひとつつかず、鉄を溶かす炎をもってしても熱くならぬ、今では失われた古代技術にて鍛えられた聖遺物でございます」
隣には、銀色に輝く短剣。別のエルフが説明を続ける。
「オリハルコンの短剣は、我らエルフの伝統に則った贈り物でございます。精霊の笛の硬さには及びませんが、オリハルコンは現在の技術でつくれる最高硬度となります」
アンパトは訝しみながら笛を手に取った。驚くほど軽い。つや消しの黒、吹き口と音孔のようなものが開いている。腰から胸元にかかるほどの長さがあった。
「で、その勇者様なるものはこの後何するの? 魔王退治?」
長老が説明する。本来なら、勇者が目覚めるのはあと3年8ヶ月ほど後のはずだったのだという。予定では骨格の成長を待ったのちに筋肉を鍛え、睡眠学習がおこなわれるはずだったが、この度の事故により途中覚醒をしてしまったのだと。
「で?」
「勇者様には座学と実技修行の両面で、膨大なご学習をお積みいただく予定となっております。具体的にはこのもの達から座学と、お稽古をしていただくことになります――」
壁に立ち並ぶエルフ達が、自己紹介がわりに担当教科を告げる。
歴史、古代史、世界地理、地政学、法学、王国憲法、国際条約、科学、精霊学、魔物の分類学、植物学、地質学、天文学、占星術、各国民族学、各国の貴族年鑑、紋章学、古エルフ語の文法、古エルフ語の詩篇、修辞学、哲学、君主論――
ここで、立ち並ぶエルフ達の折り返し地点。
祭式作法、貴族礼法、修辞話法、武芸一般、剣術、槍術、弓術、魔法の基礎理論と実践、精霊術、舞踊、音楽奏法――、琴、笛、竪琴、リュート、鼓、作曲、書道、絵画、お花、刺繍、食事作法、馬術、狩猟――
「などなど、そのほか勇者様に相応しい諸々の教養をお身につけいただく予定でございます」
アンパトは思わず顔をしかめる。うげぇ。
「人族の寿命は短いですが、大体のところ、毎日朝から晩までみっちりとやれば予定通りに収まりましょう」
さて、と、長老は左右を見やる
「勇者様の側付き決まっておるか?」
若いエルフが一歩前に出た。
「は、ここに。アルギレでございます。若輩ものながら、始祖たるハイエルフ様の目となり耳となり、勇者譚を記録してまいります」
「勇者様。この者も予定ではまだ修行中であるゆえ、供に学習、稽古されるのがよいでしょう」
「稽古も学習も⋯⋯、すごく嫌なんだけど」
長老たちは動揺もせずに続ける。
「では、まず感情封緘をいたしましょう」
「感情封緘??」
「気持ちの起伏を抑える精神魔法です。勉強や稽古、やらねばならぬのに嫌なものから逃げてしまう。そのような時にも有用です」
「感情を魔法で封印⋯⋯する? もしかして、君たちもそれしている?」
「はい、我らも。歴代の勇者様は睡眠学習中に感情封緘をなされてきました。痛みや苦痛にも動じにくくなりますので、魔物との戦いで判断を鈍らせることがなくなります」
黙って、考え込む勇者。
感情を封印されるなんて嫌だな。
なるほど、エンジョイか。
先輩、悪くないアドバイスだ。
返事のないミイラと視線を合わせると、スッと立ち上がった。
「帯と、細い紐みたいのちょうだい」
精霊の笛を帯に挿し、皮紐で髪を後ろに雑に束ねる。短剣を抜き、長過ぎる髪をざくざく切り揃えた。
「この短剣、悪くない切れ味だ。もらっておくね」
じゃ、と手を振り、勇者は長老の間をあとにした。




