ラバは、なぜ増える
街から街への、乗り継ぎの日々である。
荒れた道と、薄い空気。それでも旅が着実に西へ進むのは、5頭の同行者のおかげだった。
「リャマは夜警戒してくれるし、ラバは大量の荷物をもってくれるし、こいつら最高だな!」
夜はリャマが物音に長い首をもたげて群れの見張りをつとめ、昼はラバが黙々と荷を運ぶ。乾いた飼い葉に文句のひとつも言わない。旅の数十日で、すっかり情が湧いていた。ニリは、首筋を撫でる係が定着している。
街道沿いに立ち寄った宿場の焚き火で、アンパトは隊商の男に聞いてみた。なんで馬やラクダを使わないんだ、と。
「この道じゃ、馬はすぐ息が切れちまう。岩場と坂と、この空気だ。山の生きものが、一番よ」
なるほど、と納得する。高い山みたいな土地なのだ、ここは。
(⋯⋯山みたいに高い土地、ねえ。⋯⋯もしかして、古い文明は、水の底に沈みでもしたのだろうか?)
低い土地が全部沈んで、残ったのが、この高い場所――ありそうな話だな、と勇者はひとり頷いて、火に薪を足した。
翌朝。その宿場で、別の商隊が連れているラバの群れに、脚のひょろ長い仔ラバが交じっているのを見つけた。
「うわ、ちっちゃいのがいる!」
考えるより先に、駆け寄っていた。母ラバに寄り添う仔の、まだやわらかそうな鼻面。商隊の男に断って、そっと撫でる。温かい。
(⋯⋯ん? 馬とロバの子で、子はつくれないんじゃなかったか?)
前世知識が、一瞬引っかかった。
(⋯⋯いや、昔の人だって品種改良はやってた。長い年月をかけて、子を成せる品種にしたのか。大したもんだな)
感心した。仔ラバは可愛い。それでよいのである。
夜の判官流は、続いている。
その晩、稽古の途中で後ろから不意に手首を掴まれた。次の瞬間、アンパトの手は考えるより先に、するりとほどけていた。
「⋯⋯今、勝手に手が動いた」
「良い反射です。――小さな円で、大きな円を描くようにすれば投げられるようにもなりましょう」
エオスが満足げに頷く。だが、アンパトが頭ではなく体で覚え始めているのは、確かだった。
やがて一行は、アントニアディ公国最西端、国境近くの街に着いた。
次の国へ渡る旅人と隊商で賑わう宿場町である。行く先を塞ぐように立ち上がる崖壁の下には巨大な門が口を開け、その奥に地下路――国境ダンジョンが続いている。
そして、ここから先へ、動物たちは連れて行けない。
世話になった5頭は、街の旅物屋――旅の装備と動物を商う店――に引き渡すことになった。次の旅人に引き取られて、また荒野を歩くのだという。
「⋯⋯元気でね。次の人にも、可愛がってもらうのよ」
ニリが、1頭ずつ名残惜しげに首筋を撫でていく。アンパトはといえば、素っ気ないものだった。
「ん。世話になったな」
それだけ言って、さっさと歩き出す。歩き出して、数歩。
足が、止まった。
振り返ると、リャマが、じっとこちらを見ていた。
「⋯⋯⋯⋯ええい!」
駆け戻って、長い首をわしわしと撫でまわした。ついでにラバも4頭、順番に、わしわしと撫でまわした。
「⋯⋯最初からそうすればいいのよ」
「うるさいな!」
かくして別れを済ませ、旅装を整え直し、いざ、国境ダンジョンである。
なにせ、このまま地上を歩けば、目的地まであと三〇〇日かかるという。三〇〇日。聞いた瞬間、膝から崩れかけた数字である。
だが、この地下路には、それを三〇日に縮める「何か」が走っているらしい。
「何かって、なんだ?」
「乗ってのお楽しみです」
アルギレは、涼しい顔でそう言った。




