相棒の再契約
会議の夜。宿の部屋の隅で、ニリはまだ膝を抱えていた。アンパトは、いつも通り、装備の手入れなどしている。
長い沈黙のあと、ニリが絞り出した。
「⋯⋯騙されてた、わけじゃないのよね。アンちゃんは、ずっと、本当のこと言ってた」
デビュー初日から、嘘は一度も言っていない。信じなかったのは、私のほうである。ぐうの音も出ないニリだったが、それでも、言うべきことが一つ残っていた。
「⋯⋯あのね。身分を隠してたのは、お互い様なの。私、実家が――貴族なの」
「えっ、そうなの!?」
アンパトは、普通に驚いた。全力で驚いた。
「どこからどう見ても平民だったろ!? 薬草摘みのカゴずっと破れてたじゃんか!?」
「い、いろいろあるのよ、貴族にも!」
関係性が変わってしまうかもと、勇気を振り絞った告白が、秒で流された。ニリは逆に脱力して、ふ、と笑ってしまった。膝を抱えていたのが、ばからしくなった。
笑って、それから、あらためて居住まいを正す。
「では⋯⋯これからは、ゆ、勇者様と、お呼びして」
「やめてくれよ」
即答だった。
「アンちゃんでいい。――相棒だろ」
「⋯⋯うん」
呼び方が、元に戻る。勘違いの上に組まれていたパーティは、この夜、本当のパーティに組み直された。
――後日。エオスが提案した。
「外交の役割は、タルシスと随行の者達に戻します。私達は一度、皆でダンジョンに行きましょう。勇者様の、ここまでの成長を確認する必要があります」
かくして4人、公国管理ダンジョンの深部へ。
魔法をまとったニリの長杖が、先頭で魔物を叩き伏せる。アンパトの魔法が床を凍らせ、湯気で目を眩ませ、スリングショットの魔石球が急所にあたって小さな爆発をおこす。エオスの盾と剣が抜けてきた一匹を危なげなく斬り伏せ、アルギレの矢は、そもそも近づく前に数を減らしている。
魔法と、新装備と強い連携。噛み合っている。深部の魔物が相手でも、危なげがない。
「戦闘力だけなら、C級に近いものがあります。短い間にずいぶん伸びましたね」
アルギレの評に、二人で拳を突き合わせた。
そして、ミノタウルスの縄張りに入った。以前の迷い個体とは違う、本来の主である。だが、こちらには実戦で掴んだ戦術があった。
「こいつ、足が蹄だから、床を凍らせれば滑る! 足元を狙え!」
凍らせた床に巨躯が滑り、体勢を崩したところへ全員の攻撃が集中する。特効であった。討伐完了である。
勝ってから、アンパトは、ふと引っかかった。
(ん。⋯⋯蹄?)
手は、人間さながらだった。なのに足には、牛や豚みたいな蹄が残っている。そういえば、オークは人間みたいな足をしていたな。牛や豚は、蹄のある偶蹄目。ならばオークは、偶蹄目ではない。であれば――なんだ?
考えるのを、やめた。やめるために、宣言した。
「よーし、俺は今後、ミノタウルスしか食わんぞ! 宗教的理由だ」
アルギレが、無表情のまま静かに言い放った。
「ミノタウルスはこのエリア以外ではあまり見かけませんので、では、今後は一緒にどんぐりを食べましょう」
強めの菜食主義が現れ、勇者は怯んだ。
「⋯⋯ミノタウルスがない時は、オークも、しかたないかも」
弱めの宗教に、即日改宗した。
(⋯⋯真実を知るエルフが菜食主義者になるのは、偶然か?)
内心の疑問は、それ以上、言葉にしなかった。
戦闘に迷いは不要だ。
ミノタウルスを倒すのにも慣れた頃、帰路の道中で、それは起きた。
油断があったわけではない。倒した魔物の手放した斧が、不運にも壁にあたって角度を変え、前衛のニリの肩口を裂いたのだ。
「ニリ!!」
血の気が引く。自分が前衛に出ていれば! アンパトを後悔の念が襲う。
すぐにアルギレの持っていたポーションで、手当てをしたので傷口は表面上きれいに塞がった。
だが、ニリの顔は晴れない。
「⋯⋯痛みは残るわね。動かすと筋が、つれるような感じ」
「ポーションも神聖魔法も、胎内魔素に左右されます。胎内魔石が小さいうちは、回復の効きも悪いのです」
強くなった。噛み合ってきた。それでも、まだ足りないものがある。
「⋯⋯防御や回復のこと、本気で考えないとね」
肩を押さえたニリの一言に、次の目的地の輪郭が、見え始めていた。




