銭湯で、ばれる
ギルドの納品口で、背負ってきた肉は上物だと大歓迎された。
二人は、されなかった。
「あんたら、そんな状態で入ってくるんじゃないよ!」
青い血と煤にまみれた冒険者は、扉の外で桶の水を頭からかけられ、服のまま、ざぶざぶと洗われた。屈辱である。討伐したのはこっちなのに、である。
ずぶ濡れたまま宿に戻っても「その汚れで湯は貸せない」と、きっぱり断られた。代わりに、女将が教えてくれた。汚れ仕事のあとは、ドワーフ名物の公衆浴場に行くものだよ、と。
たどり着いた公衆浴場は、立派な構えだった。鍛冶場や工場で余った熱で湯を沸かす、工業都市ならではの温泉である。蒸気を溜めたスチーム風呂まであるという。
(風呂だ。お風呂だ⋯⋯!)
アンパトは感動に打ち震えた。城の風呂には、寄ってたかって磨かれるトラウマの記憶しかない。だが、誰にも磨かれない風呂は――天国である。
――が、のれんの前で、足が止まった。
女湯に入っていいのか⋯⋯? いや、しかし、この見た目で男湯に堂々と入っていくのも。どちらに転んでも、大惨事の予感しかない。
入口でまごつくアンパトを見て、ニリが察した。
(そうよね。さすがに、女装王子を女湯に入れるわけにはいかないわよね)
善意の配慮、全開である。
「か、髪の毛のこともあるし、ちょっと番頭さんに相談してくるわね」
番頭の知恵は、こうだった。
「地獄風呂っていう熱々の風呂なら、あっちは人が少ないよ。なんか事情があるなら、あんたら二人の貸し切りにしてやるよ!」
案内された地獄風呂は、名前に偽りのない極熱の湯だった。縁からこぼれた湯で、床の敷石まで裸足では立っていられないほど熱い。道理で人がいない。人が来ないので、余計に熱々になっている。
(温泉にタオル巻きで入るのは、それは⋯⋯いや、待て。巻かずにニリと入るほうが、よほど犯罪的か)
ここは外国。水着で入る混浴温泉みたいなものだ。そう自分に言い聞かせ、ドワーフ特製の石鹸で、どろどろの汚れを頭から爪先までしっかり落とす。ああ、石鹸すら素晴らしい。それから、タオルを巻いて、いざ、湯へ。
「あぁあっっっつぅぅうう!!!」
あまりの熱さに、湯に入った瞬間、タオルを跳ね飛ばして裸で飛び出す。湯に濡れたタオルまでが熱い。真っ赤に茹だった体で、とっさに覚えたての魔法を回す。生まれた細かい氷を、全身に塗りたくりながら転げ回った。
ダンジョンではあれほど冴えていた実戦魔法の、あんまりな日常デビューであった。
湯けむりの向こうで、ニリが凍りついていた。
(え? え?? ⋯⋯女装⋯⋯じゃ、ない⋯⋯???)
湯けむり越しにも、それだけは、はっきりわかってしまった。
水で薄めなんとか2人して湯船に入れたが、ニリは上の空だ。
長らくニリの中で不動だった「女装した第二王子」説が、音を立てて崩壊していく。待って。待って待って。じゃあ何。じゃあ、誰。頭が沸騰する。いや、実際に沸騰したのは湯のせいもある。混乱の極みでのぼせたニリは、湯あたりして沈みかけ、結局、当のアンパトに引き上げられて介抱される始末となった。
帰り道。アンパトの背に、おんぶである。
ふやけた頭の隅で、それでも再計算だけが勝手に回り続けていた。
女性、だった。王家のような炎銀の髪。国宝の精霊の笛。オリハルコンの剣。王女殿下の随行。
(⋯⋯じゃあ、この子は、一体、何者なの?)
考えて、考えて、答えが出なくて、ニリは背中の主に、直接聞いた。
「⋯⋯アンちゃん。アンちゃんって、姫様の弟じゃ、ないの?」
「ん? 弟というよりは⋯⋯ひい婆ちゃん、かな?」
嘘は、何ひとつ言っていない。
だが、湯あたりのふやけた頭には、冗談か、聞き間違いにしか聞こえないのだった。
「⋯⋯もう、やだ⋯⋯わかんない⋯⋯」
ニリは、余計に混乱した。




