次の国へ
ニルガルのダンジョンに通うこと一週間。王都に戻ったハーメルンを待っていたのは、ギルドの魔力感知装置による正式なクラスアップ審査だった。アルギレの見立てどおり、アンパトの胎内魔石は規定の大きさに達していた。受付のお姉さんが、いつものサバサバした顔のまま、少しだけ目を細める。
「魔力登録だ。ついてきな」
奥の小部屋で、真新しい金属札を両手で握らされる。言われるまましばらく握っていると、札がじんわりと熱を持ち、刻まれた記号が淡く光って――定着した。首から木札を外し、金属札を掛け直す。
F級ルーキー、卒業である。
「約束どおり教えてあげるよ。D級への道はね――討伐実績を積んで、ギルドの推薦をもらうことさ。でも焦るんじゃないよ、致命的な怪我が一番多いのはE級だ」
隣ではニリも金属札を受け取っていた。冒険者歴はこちらが先輩、ゴブリン戦の蓄積も長い。ダンジョンでの連戦が、最後のひと押しになったらしい。二人で札を見せ合い、意味もなくカチンと合わせる。
「ふふん。冒険者を始めたのは、私の方が先だったのに。おいつかれちゃったかー」
「先輩の指導のおかげです、お姉さん」
「うっ⋯⋯素直に言われると調子が狂うわ」
後ろで順番を待っていた別のルーキーチームが、しみじみと呟いた。
「俺たちなんて、もう三年もF級だったのになあ⋯⋯」
ギルド長が企てた保護者付きのダンジョン遠征は、もともとE級間近の面々を選んで組まれていたらしい。おかげで、オーク戦のときの怪我の影響で討伐数が伸びず今回は惜しくもE級到達をのがしたあの男の子ルーキー2人組をのぞいて、参加組はそろって金属札に化けた。ギルドの一角が、ちょっとした祝賀会場になる。
喧騒をあとにアンパト達はギルド長室に向かう。
「ギルド長!ミーティングスペース借りるよー」
「ああ、どうぞ、飲み物はいつものものでいいかな? そのドライフルーツ近所のおばちゃんにもらったんだ食べていいよ」
ギルド長は気安くアンパト達を部屋に招き入れお茶を手配する。
彼の部屋は断じてミーティングスペースなどではないのだが、テーブルにはそこはかとなく聞き出した彼らの好物が並べられていた。
貴族用の最高級紅茶、エルフ向けの野草茶、アンパト用の果肉の残った搾りたてフルーツスクイーズジュース。
それにお茶請けとして嫌味になりすぎない程度の高品質なものまで用意されている徹底ぶりだ。
無骨なカップ、木の皿に無造作に盛られた茶菓子。器だけ替えればそのまま貴族のティーパーティで出てきても不思議はない。
巧妙に計算しつくされたおもてなしの結果、誰も疑問におもわずに自然と全員がこの部屋で打ち合わせをするものと思い込んでいた。なぜならギルド長はとてもできる男なのだ。
エオスがテーブルに一枚の地図を広げる。
アンパトが初めて見る、この世界の広域地図だった。
中央に現在地、ジェゼロ王国。エルフの棲むシルティス大森林とは北西の断崖越しに接している。王都から西へ街道をたどった先に、魔法研究の中心アントニアディ公国――タルシス第二王子が向かった先だ。その先の南西の遠くには、聖魔法を奉じるドルフュス神聖皇国。さらにその南側には各国連合軍の駐屯するマリネリス帝国がある。ノアキス王太子が王の名代として向かった国だ。
そしてマリネリス帝国とクリュセ平原を挟んだ地図の西の果て、
その先は――
「ここから先が、魔王がいる迷宮。ノクティス大迷宮と呼ばれる渓谷です」
エオスの指が、地図の端の、入り組んだ亀裂の描き込みをなぞった。
アンパトは自分の知っているエルフの森とジュゼロ王都の距離元に、縮尺を頭の中で計算し直して、それでも信じられずに聞き返す。
「⋯⋯なあ、このノクティス大迷宮、見切れてるけどどれくらいでかいんだ?」
「渓谷の幅だけでジェゼロ王国がまるまる収まるほどあります。広いところは⋯⋯そうですね、王都からマリネリス帝国以上の距離よりも遠いと言われていますが果はわかりません」
(幅だけで200キロはあるってことか!? 全長どうなってんだよ。渓谷ってレベルじゃないだろ⋯⋯)
人類の活動領域より魔王の庭の方がよほど広い。
魔王はひきこもって出てこないと言っていたが、引きこもってるのはどちらだという話しだ。
国と国との間には魔の領域が横たわり、人の道は限られた街道と関所だけ。あらためて見れば、人の住む場所は、この地図の上ではほんの点々だった。
「E級になったのなら、王都での修行は卒業ですかね?」とエオスが言う。
「アンパト様、ジェゼロ王国で積める経験には、限りがあります。次の土地に進む頃合いかと」
エルフがあたりまえのように言う。
「魔法!」
元気よく手を挙げたのはニリだった。
「私、魔法が見たい。学びたいの。賢者への道は、魔法の本場にいかないと!」
魔石が育てば、魔法が使えるようにはなる。ただし学びは必要――ならば行き先は、魔法の国アントニアディ公国。
アンパトにも異論はなかった。魔法とやらが、いったいどういう理屈で動いているのか。この目で確かめてみたかった。
「では、私たちもご一緒しましょう。ちょうど活動を広げたいと思っていたのです」
エオスがにこやかに便乗し、アルギレが静かに頷く。
ニリの脳内では(お目付の私、護衛としてついてこられる姉君、エルフの記録官様⋯⋯なんて重々しい御一行なの)と、誰にも頼まれていない使節団が編成されていた。
出立の朝は、よく晴れた。
旅装を整える。町娘のワンピースにポシェット一つで城を飛び出したのが、ずいぶん昔のことに思える。あの用品店のニット帽は少し緩かったから、内側に鉢金を仕込んで締めれるようにした。防具と髪隠しで一石二鳥だ。腰には笛槍と短剣、背には路銀と旅の道具。我ながら、冒険者らしくなったものだ。
「アンちゃん、じっとして」
ニット帽をかぶろうとしたら、ニリが、長旅だからと手早く髪を編み込んでくれた。結ってもらうのも悪くない。⋯⋯と思ってしまってから、(悪くないのか、俺)と一人で戸惑う。
王都の門には、見送りが来ていた。惜しくもE級にあがれなかったあの男の子2人組だ。
「次に会うときは、俺たちもE級になってるからな!」
「おう。⋯⋯無理すんなよ。慣れた頃がやばいんだ。相棒が倒れたら、引きずってでも帰るんだぞ」
ダンジョンの受け売りで返すと、二人は笑って、それから少しまじめな表情をした。
油断と傲慢で命を落としかけたのを助けてもらっているのだ。
あっちにいけと人を追い払うルーキーの傲慢さは抜け、冒険者の面構になってきた。
門を抜ける。振り返れば、王城の尖塔が朝日に光っていた。
800年の眠りから覚めて、森を抜け、城で泣かされ、この街で仲間と、黒星と白星を重ねた。
この世界に何があったのか。その答えは、きっとこの道の先にある。
アンパトは地図を懐にしまい、前を向いた。
魔法の国へ。ハーメルンの旅が、また始まる。




