コボルトダンジョン
王都から南へ数日。ルーキーパーティ3組と、引率よろしくあてがわれた明けの青星を加えた一行は、にぎやかに街道を進んだ。オーク戦の男の子2人組はすっかりハーメルンに懐いていて、道中ずっとアンパトの槍のギミックをみせてとせがんでくる。かっこよく片手で、付け替えをキメると、おおーーっと歓声があがる。悪い気はしない。
たどり着いたダンジョン都市ニルガルは、王都とはまるで空気が違った。露店には見たことのない武具と素材が山と積まれ、酒場は昼から冒険者で埋まっている。ダンジョンで食っている街の、剥き出しの活気。アンパトは目を白黒させながら、人波に流されるように、ギルド支部の扉をくぐった。
「ルーキーが入れるのは上層だけだ。いいか、これだけは覚えときな」
支部の指導教官は、説明慣れした口調で釘を刺してきた。
「胎内魔石がまだ小さいやつが深いところに行くと、濃い魔素にあてられて、前触れなくぱたりと気絶する。相棒が倒れたら、戦ってる最中だろうが引きずってでも引き返せ。置いていったら、そのまま帰らぬ人となるぞ」
匂いもしない毒の気が溜まっている、と現地の者は言うらしい。
(⋯⋯前触れなく気絶する、ね)
引っかかる言い方だ。戻れば助かるのか?毒なら、もっとこう、苦しむものじゃないのか??
説明は続く。区画ごとに入るパーティを分けるのが決まりであること。同じ獲物に複数パーティで群がると、魔素が散って全員が損をすること。そしてダンジョンの上層を縄張りにしているのはコボルトだと。
「犬っころみたいな魔物さ。魔石はノド。一匹一匹は弱いが――遠吠えはさせるなよ。群れを呼ばれたら、波状攻撃で削り殺されるぞ」
ダンジョンマップを元に担当区画の割り振りをおこない、一行は石段を降りた。
ひんやりとした空気。平らな面を残した壁、等間隔で灯された燐光。等間隔に並ぶ柱とおぼしき構造。天井は崩れる気配もない。風化してはいるが、これは――露骨に、人工物だ。
最初のコボルトは、通路の角からするりと現れた。膝丈ほどの、二足で立つ犬。手には欠けた石のナイフを握っている。
「犬の手でナイフ持てるのか!?」
「ゴブリンより賢くて器用なのよ。来るわ!」
速い。ゴブリンとは比べ物にならない敏捷さに面食らったが、慌てはしなかった。スライムで覚え、オークで命がけになった型が、体に入っている。ニリの投石で足を止め、吹き矢が注意を散らし、その一瞬に、アンパトの笛槍が喉元を点で突く。
一匹。二匹。波が途切れたら穂先を外して吹き矢で遠くの一匹を不意打ちし、また槍に戻す。切り替えは、もう手が覚えていた。
「アンちゃん、後ろ!」
「見えてる!」
振り向きざまの一突き。ニット帽がふきとび、髪が視界の端で暴れる。
(ああもう、邪魔だな⋯⋯! 男だった頃みたいに、もっと短くしとけばよかった)
ニリが注意をひきながら、アンパトがそれを仕留める。アンパトが注意をひきながら、ニリが不意打ちを入れる。
二人の連携は形になりつつあった。
戦いながら、アンパトは妙なことに気づき始めていた。
コボルトは、どこかひと懐こいのだ。物陰からこちらを窺うとき、後ろ足を折って座る。その姿勢が、妙に「お座り」しているかのようだ。ニリが声を上げると、敵意より先に、くいと首をかしげる。投げた石を、反射的に目で追う。
(くっ⋯⋯こいつら、なんでこんな⋯⋯かわいいの)
考えるたび、波が来る。まるで考えさせないためみたいに、と八つ当たり気味に槍を振るった、そのときだった。
長い遠吠えが響いた。
「――しまった、鳴かれた!」
ニリの顔から血の気が引く。通路の奥から、足音が幾重にも重なって迫ってくる。第二波、第三波。倒しても倒しても途切れない。二人の息が上がりきったころ、波の向こうから、ひときわ大きな影が現れた。
群れのボス格。人の背丈ほどもあるコボルトが、石ではなく、どこかの冒険者のものだったろう錆びた山刀を提げていた。
「嘘でしょ⋯⋯まだ来るの⋯⋯!」
そのとき、隣の区画から怒号と足音が飛び込んできた。
「ハーメルン! 加勢する!!」
オーク戦の、あの男の子2人組だった。遠吠えを聞いて、決まりも忘れて駆けつけたらしい。
「借りは返す! 言ったろ!」
即席の四人連携。二人が盾になって波を受け止め、ニリの吹き矢がボスの目を掠め、怯んだ一瞬に、アンパトは滑り込んだ。喉元の、首輪のあたり。そこに魔石があるのは、もう知っている。
笛槍の一突きが、ボスの喉を正確に貫いた。
巨体が崩れると、残っていたコボルトたちは潮が引くように闇へ散っていった。四人はその場にへたり込み、顔を見合わせて、どちらからともなく笑い出した。
疲労が限界に近づいたころ、奥の区画へ続く通路から、エオスとアルギレが「ちょうど戻ってきた」という顔で現れた。
「あら、ずいぶん派手にやりましたね。魔石だけ拾ったら今日はここまでにしましょう」
二人が現れた背後の通路に、真新しい戦闘痕がやけに多いことに、アンパトは気づいた。気づいたが、気づかないふりをした。
アルギレの感知魔法による、ルーキー達の魔石の反応も出発前よりはっきり強くなっているという。胎内魔石が、育っている。
夜。宿の食堂は、ダンジョン帰りの冒険者で賑わっている。
湯気の立つ煮込みをお腹いっぱい平らげたアンパトは、椅子に座ったまま、こくり、こくりと船を漕ぎはじめている。
そのそばで、ニリはフード姿の姫と向かい合っていた。
「ニリ。⋯⋯アンパトさんを、よろしくお願いしますね」
(王女殿下から、直々に、正式に、お目付の任を、仰せつかりました――!)
ニリは、直立してうやうやしく頭をさげるのだった。
真意は、ただの「相棒よろしく」である。だが震えながら「し、承知いたしました⋯⋯!」とおもわず貴族のお礼を三度も繰り返すニリに、エオスはにこにこと頷くのだった。誤解の深度は、本日も最深記録を更新した。
当のアンパトは、椅子の上で器用に丸くなって、完全に爆睡していた。
(⋯⋯すぅすぅ眠っておられるこの寝顔を、私が守るのね)
大賢者(予定)改め、お目付役(自称)の夜は、静かに更けていく。胎内の魔石が育ちきれば、王都で待っているのは、E級の魔力登録だ。




